路地裏の怠け者
須能 雪羽
第1章:街道上の序曲
第1話:走り出した少年
懐かしき、我がミーティアキトノの面々が居るカテワルトの町へと、ボクはエコリアを走らせていた。
とは言ったものの、実際に走っているのは二頭のエコだし、その手綱を握っているのは御者のおじさんだ。
懐かしいというのだって、たかだかひと月ほど離れていたに過ぎない。
嘘ばかりみたいになってしまったが、つまりはそんな虚飾を言葉にしてしまうほどに帰還が嬉しいのだ。
乗っているのは国の指定商人がやっている公共エコリアだけあって、客車の中はそれなりに整っている。
普通は荷物用の車に幌をかけてあれば上等というくらいなのだけれど、この客車には無骨ながらも丈夫そうな革張りのベンチがあった。
今は客がボクも含めて四人しかおらず、それぞれベンチを一脚ずつ使って寝転ぶという贅沢な旅路だったが、そんなこととは比較出来ないほどに到着が喜ばしかった。
カテワルトにだいぶん近づいたこともあって、ただ寝転んでいるのも飽きたというのもあって、ボクはコンケと名乗った御者さんの隣に座らせてもらっていた。
「この辺りは歩きの奴も多くてなあ。気をつけてなきゃ、はねちまう」
「ああそれは本当に気をつけましょう」
仮にもプロの御者さんなのだから、ボクなどに言われるまでもないことだろう。
もちろんその発言が冗談なのはボクも分かっていて、とは言え性格的に「じゃあ景気づけに二、三人いっときますか」なんて黒い冗談も言えず、普通に返した。
笑いながら「こりゃあ参った」と言うコンケさんに、徒歩の旅人が多いのに理由があるのか聞くと
「さっきロンジトゥードを通ったろう」
と言われた。
この国の言葉でトゥードは街道。ロンジトゥードは、この国を南北に貫く大街道だ。
確かにその街道を横切ったが、それがどうしたのかは分からなかった。どういうことか首を捻っていると、また笑いながらコンケさんが言う。
「ロンジトゥードはこの辺りで、ぐにゃっと曲がってるのを知らないのか?」
「ああ――知ってます」
「そこをショートカットするためだよ」
一般的に、正確な地図を見る機会は少ない。そもそも
それに権力者は、民衆が余計な知恵を付けるのを喜ばない。
しかし販売や入手を禁じられているわけではないので、求める気になればそれほど難しい買い物でもない。
だからボクは職業柄というのもあって、地図は何度も目にしている。
その記憶によれば、確かにロンジトゥードはカテワルトの西方で一度大きく曲がって元に戻る、という軌道を描いている。
今このエコリアが走っているエストトゥードと交わるのは、その曲線が元の軌道から最も逸れる辺りだ。
大きな森を迂回するためだが、特段そこに危険があるでもなく、確かに徒歩ならばまっすぐ突っ切ったほうが早いのかもしれない。
ボクが旅をするとして経路を考えると、スタート地点はカテワルトになる。ちょうどその迂回している辺りを通ることはない。
だから地図を見たことはあっても、迂回している事実が何を意味しているのかまで考えたことはなかった。
「なるほど……。でも、街道を整備するときに、まっすぐにしなかったんですね」
「そうだなあ。まあ偉い人にも都合があるんだろ」
確かに大きな森だし色々あるのかもなと、あらためて近くから遠くまでを見渡した。
誰かが手入れしているのか、自然にこうなっているのかは知らないが、大木の間には若木が生え、必要十分と思える日光も降り注いでいる。
大木のほうは一体いつから育てばこんなにも大きくなるのかと、気が遠くなるようなものさえちらほら見えた。
「鎮守の森――か」
今は誰も呼ばない、古い文献で目にした二つ名を口にした。
と、
「んん?」
コンケさんの訝しむ声が、割と大きく発せられた。
何かおかしなことでも言っただろうか、と考えかけたがそうではなさそうだ。
コンケさんの視線は前方の遠くのほうへ投げられていて、それでもはっきり見えないのだろう。腰を浮かせて首を動かし、何かを見極めようとしているようだった。
「何か見えるんです?」
ボクも同じように遠くを見ると、赤い点のようなものが行く先にあるのが見えた。
定規で引いたようにとはいかないが街道は概ねまっすぐ伸びているので、街道上かその脇といったところだろう。
「まずいな」
舌打ちと共にそう言ったコンケさんは、エコリアをこれまでとは比べ物にならない速度で走らせ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます