第3話『持ってないほうが変わってる』
高校生にもなって二千円も持ってねえのか、と言われたら、顔をほんのり赤くして頭を掻きながら、曖昧な笑みを浮かべるしかないのだが、とにかく持ってないのである。
なんで?
バイトしてねえからっていうのと、今が月末だからっていうのが理由だ。
だって俺の小遣い、毎月一日支給だし。
それを金城に説明しようとしたのだが、その前に、なぜか金城が俺の黒い革財布を開いて、中身を見ていた。
「えっ、あれ!?」
尻ポケットを叩いて確認するが、そこに財布はなかった。
まさか、俺が考え事をした一瞬でスッたのか?
時でも止められたみたいに早すぎる。
「シケてるなぁ、たった五二四円って」
「今月は入り用で……」
「ま、いいや」
金城は俺の財布から五百円玉を取り出し、それを指で弾いてから、俺に財布を投げて返した。いきなりだったので、危うい手つきながらもなんとか受け取ると、金城は自分の財布を開き、その五百円玉を財布でキャッチしてポケットにしまった。
やだ、普通にちょっとかっこいいと思っちゃった。
「初回サービス。五〇〇円で助けてあげるよ」
「金取るんだ……」
「あったりまえじゃない。この町じゃ、自分の異能を使って金稼いでるやつ多いのよ。あたしも、こうしてトラブルを解決したり、喧嘩売ってきたやつを返り討ちにしたりして稼いでるってわけ」
後者はどう言い繕っても、カツアゲと言うのではなかろうか……。
俺のそんな半グレを見るような目を感じ取ったのだろうか、金城は唇を歪めて笑い「この街じゃあ、弱いやつが悪いのよ」と言ってきた。
その理屈は弱者に厳しすぎる。
よくもまあ引っ越してきたばかりの無能力者に向かってそんなことが言えたもんだ。
「……まぁ、助けてくれるってんなら、それはそれでありがたい話なんだけどさぁ。どうやって俺の自転車見つけるつもりなんだよ」
何か捜し物をするのにいい能力とかを持っているんだろうか。でも、それだとこの街最強になるのは難しい気がするし。
異能力は一人一つ、なんてルールが無い限り、こいつはそういう捜し物向きな能力も持っているんだろう。
「そうねえ……んじゃ、こういうのはどう?」
いきなり、金城が足払いで俺の体制を崩して、お姫様抱っこの要領で抱きかかえると、膝を曲げ、ジャンプした。
普通のジャンプと思うなかれ。相手は人類最強と噂される金城鞠。彼女の垂直跳びである。
遊園地で、座ってるといきなり真上にカチ上げられるフリーフォールって物に乗ったことがあるだろうか。
俺は一度しか無いが、あれを思い出した。
やつにお姫様抱っこをされた瞬間、一気に体が魂を置いてふっとばされたような感覚になり、気づいたら屋上にいた。
「お、え……あぁ……! わぁぁぁぁぁぁッ!?」
驚きから徐々に状況に気づいて、段々感情の波が恐怖に変わっていって、思わず叫んでしまった。人の手で、一瞬にしてここまで運ばれたという驚きと、人の手なんて頼りないもんで逆バンジーに近い事をしてしまったという恐怖。
こうなるのも仕方ない話じゃないか?
「うるさいッ!!」
しかし、普段からやってるのだろう金城にとってはそんなこともなかったらしく、俺の体は陶芸家が納得の行かない作品をそうするみたいに、地面に叩きつけられた。
背中をアスファルトに叩きつけられ、俺は「ほごぉッ!」と情けない悲鳴を上げ、肺の中の空気をまるまる吐き出し、呼吸ができなくなってしまった。
「おっふ……ほぉっ、ほぉぉ……」
「なにその、釣り上げられてそろそろ死にそうな魚みたいなの。ウケるー」
金城はスマホで俺が悶ているところを写真に撮った。やめろよ、なんで出会って五分もしない内にそんな酷いことしないことすんだよ!
「お、おまへぇー……ごっほ、ごっほ……!」
「ったく。これだから
「お前に言わせりゃ全人類が貧弱だろ!」
やっと呼吸が回復したので、立ち上がって怒鳴った。あぁ、息が吸えるってすばらしい。
「なんなんだ、お前。いったいどういう能力持ってりゃ、あんなことできるんだよ?」
「どんな、って。……あぁ、そっか。無能力者だから、知らないわよね。あたしの能力なんて、この町の常識なのに」
そんな規模で知られてんのに、対策とか練られないんだろうか。
「あたしの能力は、物の密度を操る事。筋密度、肌密度、骨密度なんかを操作して、身体能力を強化できるのよ」
全然意味がわからなかったので、俺はズボンのポケット取り出したハンカチをできるだけ小さく折りたたんで、それを掌に乗せて突いてみた。
「こういう事?」
どんなものでも重なれば固くなる、まあ、つまり強くなる、みたいな意味だったのだが、それが伝わってくれたのか、金城は目も口も丸くして驚いていた。
「おぉー。わっかりやすい。そういう感じ」
ぱちぱち、と小さく手を叩いて褒めてくれたので、俺はなんだか金城と仲良くなれそうな自信が湧いてきた。我ながら単純である。
「ちっ、ちなみに……名前とか、あるのか?」
「名前ぇ?」
金城は、何故か信じられない物を見るような目でこっちを見てきたが、それは俺がしたい目であって、それを向けられるのは非常に腹が立つ。
「なんだって名前なんて決めなきゃなんないのよ?」
「それは……」
むっ、なんでだろう。
俺が読んできた異能モノのラノベなり漫画なりは、全員能力の名前を持っていたが。確かに無くてもいいよな、似たような能力でない限り、混ざるってことはないし、混ざっても困ることが思いつかない。
でも、それでも名前はあったほうがいいと思う。
「なんか、名前がないと気持ち悪くねえ? 異能にも名前があるのは文化だと思うんだよ」
金城は髪をかき上げ「あっそ」と言って、屋上から落下するのを防ぐためのフェンスに向かっていく。
「んなら、あたしの能力名はあんたが決めていいよ」
「マジ? ……いや、それはなんか恥ずかしいな」
漫画とかラノベとか書いてるやつなら、そういうの考えるだろう。普段考えているだろうから、そういうセンスもあるだろう。でも俺はそういうの一切ないのよ?
センス云々の前に恥ずかしいわ。
その旨話して断ろうと思っていたら、つむじ風が俺の頬に傷をつけていった。
背筋が凍るこの感覚、金城のジャブによる拳圧がかまいたちを作り、俺の頬を切ったらしい。
ええ……。
唐突すぎて恐怖すら抱けない絶対的な一撃やめて。
遅れて一撃を把握してから俺の足が震えだした。
「……で? その能力で、ここに来たら俺の自転車見つけられるのか」
なんとか足の震えを無視して、話を進めた。
俺の恐怖心くらいでチャリンコが返ってくるのなら、俺はちびるくらい許すよ。
今回はちびってないけど。
「いや、自転車よりも、先に見つけないといけない人間がいるのよ。そいつがいると、捜し物がすっごく楽なんだけど……」
もう一度大きくジャンプして(ペットボトルロケットみたい)、校舎の下を空中でぐるりと見回す。
「居た!」
「居た? 誰――がぁッ!?」
降りてきた金城は、俺の首を掴んで、またジャンプして、校舎の下へ飛び降りる。
バカバカバカ! 人間の首は結構あっさり折れるし、息の根も結構あっさり止まるんだぞ! ぬいぐるみみたいな扱いすんな!?
「ぐえっ!」
金城が地面に着地し、放り出された所為で、また背中を打った。非常に痛い……。もうやだ。そろそろ俺、この町が嫌いになる……。
「うひゃー、びっくりした! 姐さん、ほんとどこから現れるかわかんないなぁー」
正門の前くらい、ようするに、帰宅する連中がまだそれなりに行き交っているところで、どうやら金城は一人の女子生徒の前に着地したらしかった。
死んでない事を安堵しながら、その女子生徒を見た。
めっちゃくちゃ明るい茶髪を、これまたドキツイほど明るいショッキングピンクのデッコデコにしたシュシュでサイドテールにしている、見るからにギャルな女子生徒だった。
彼女は困ったように笑いながら、金城によって幼女が買ってもらったばかりではしゃいで振り回しまくっている熊のぬいぐるみみたいになった俺を見て「あぁ」と納得したように手を叩いた。
「姐さん、バイトですかぁ?」
「そうそう。んで、
俺を天井からバンジーさせるだけでバイトって言っていいなら、イジメに賃金が発生することになるからな?
もう恐怖を感じすぎて、感じてるんだか感じてないんだかわかんなくなってきた。
もしかしたら俺の感覚が死んでしまったのかもしれないが、この町で暮らすのなら、逆に死んでるくらいがちょうどいいかもしれない。
「どもども。見ない顔っすね! 私は
「あぁ、よろしく。俺ぁ前浜色葉。つい先日引っ越してきたばかりの転校生」
「へぇ!?」
なぜか驚いたみたいに、紫葉が俺の体をジロジロ見ていた。
やめてよ。脱ごうか?
「って、事は、異能が使えないんですか?」
「……うん」
なんだろう、この、みんな流行ってんのにあのおもちゃ持ってないの?
って言われた小学生時代みたいな切ない気持ち。
持ってねえよ。
「へぇー……ほぉー……。すっごいっすね! ほんとに異能持ってない人とかいるんだー。あたしぃ、外の人はじめて見ましたよぉー」
「俺もォー! 異能持った人はじめて見たぁー!」
「うっそぉー! 姐さんの方があたしよりすごい能力持ってるのにぃー!」
と、無理にテンションを上げてみたら、紫葉が受け入れてくれたので、なんか楽しくなってしまった。
こいついいヤツだなぁー。
異能が特産、水鳴町! 七沢楓 @7se_kaede
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