第2話『泣きっ面に左ジャブ』
俺が「もうやだ……おうちかえる……」と呟いてみるも、舞夏はすぐ「ニットの中にしまっちゃいますよ」と妙な脅しを繰り出してきた。
それの何が怖いのかはさっぱりわからなかったが、これ以上何か言ってよりグレードの高いおしおきにされても困るので、黙って保健室に連行され、ベットに文字通り叩き込まれた。
ちょっと硬いスプリングに腰を少し痛めたが、レバーに比べれば全然マシである。
ベット横に置かれた椅子に腰を下ろして、わざとらしくため息を吐く舞夏。なんだその疲れた表情、俺の方が疲れたからね。
「少しリラックスして休んでください。引っ越してきた人達は異能力を見たくらいで驚きすぎて困っちゃいますね……」
「地元民と一緒にしないでくれる!? こっちは一七年かけて培った常識が死にかけてんだからね!?」
小学校に入る前くらいには漫画みたいな事はこの世の中で起こらない、と悟っていたのに……。
まさか本当に異能力があるなんて、世の中は広い……。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。大体、何をそんなに慌てる事があるんです?」
「何を、って、異能力持ってないとイジメられるんだろ……?」
「そんな3DSじゃないんですから」
異能力と3DS一緒にすんな。大体、3DS持ってないとイジメられるのか?
この街のローカルルールか。そっちも持ってねえぞ俺ぁ。
「別に、異能力持って無くても普通に暮らしてけばいいじゃないですか。そうしている人は多いですし、大人になるほど使わなくなる傾向にありますよ」
「……そうなん?」
「ええ。何せ危険なモノでもありますからね。大人になると、ほら、遊びがシャレで済まなくなりますし」
あぁー……。なるほどねえ。怪我させたら傷害だもんな。今すげえ親父が羨ましい。早く大人になりたいと小学生以来思ったわ。
「でもそれってさぁ……高校生の内は結構使ってるやつ多いってことだよな……? さっきも校庭でバトってた連中いたし……」
無言で目を反らす舞夏。
やめろや不安になるだろ!! 励ますなら最後までしっかり励ませ!!
「まあ、大丈夫ですよ。近くのヤンキー校はヤンキー漫画と異能バトル漫画を合わせた設定盛々の散らかり漫画みたいになってるみたいですけど、ここはそうでもないですし」
実はそっちの高校に入学するかもしれなかった俺は、めちゃくちゃ血の気が引いていた。あっぶねえわマジで。そっちの高校行ってたら俺死んでたんじゃねえか?
「――いや、ちょっと待って。高校は違っても近所にいるんだよね? ウチの高校大丈夫? 的にされたりしてない?」
「大丈夫です。ウチの高校には地元最強の異能力者、金城鞠がいますから。ウチの生徒に手を出したら高校ごとなくなりますからね」
地元最強の異能力者、というスケールの小ささに一瞬笑いかけたが、笑い事じゃねえよ。俺が知らないだけで、他にも異能力者が生まれる町があるのかもしれないが、おそらくここだけだろうし、ここで地元最強ということは
世界最強という可能性すらある。
「でも関わらない方がいい人間なんだよな……?」
「そうですね。超がつくほどわがままなので」
ひえぇ……。
俺はもう泣きたかった。というか、事実泣きそうになったので、布団にくるまった。
こんなに布団が頼もしく思えるなんて……。
「金城鞠にさえ関わらなければ、それなりに普通の生活が送れますよ。だからそう気を落とさないでくださいよ」
「……まあ、それもそうだな」
こうして普通に舞夏と会話もできているわけだし、別に異能力者だからって人間じゃないわけでもない。
厄介なやつに目をつけられないように生きる。そんなのはよく考えたら普通にやってることだしな。
「悪い、舞夏。失礼な事言ってた」
「いえいえ、お気になさらず。人間、当事者にならないとわからないことがたくさんありますからね」
まったくその通りである。
漫画とかで登場人物が化け物だとバレて、モブから「この化け物め!」とか言われるシーンを見て「守ってくれたんだしよくね?」なんて思う時がよくあったが、実際自分が体験すると意外とそんなことを考えてしまうものなんだなぁ。
やはり俺はモブってことか。
なんだか落ち着くどころか達観してしまった気がする。
「落ち着かれたようで何よりです。どうです、色葉さん。今日は放課後、街を案内しましょうか?」
「ん……いや、今日は家帰って、片付けしなきゃいけねえんだ。明日でどうだ?」
「ええ、いいですよ」
おぉ、女の子とデートの約束までしてしまった。
転校初日にしてはかなりいい一日なんじゃないの?
「そんじゃあ俺も落ち着いたし、戻るか……」
「え? 戻るんですか。サボりましょうよ。先生も水鳴ショックの生徒には優しいですよ。色葉さんが「不安だから一緒にいてくれ」と言っていたなんて言えば、私のサボりも見逃されますし」
そりゃさっきまでエラい取り乱し方してたし、信じてくれそうだな。
ならサボっちまっていいか。
「どうだい? ここで一気に仲を深め合わないか」
元気が出てきたので、もう少し元気になっておこうと布団を捲り、舞夏を招き入れようとする。
「一週間待ってください。今ちょっと私の適正体重よりも二キロ少ないので太ります」
「すげえなお前」
この場の返しとしてはかなり高得点だ……。
しかも痩せるではなくちょっと太るとか言い出してるのが「私は痩せてますし男心もわかってます」というアピールになってる。
俺はこの女とめちゃくちゃいい友達になれる予感がしていた。
■
結局、放課後になるまで舞夏と保健室でくっちゃべっていたので、予感はほとんど確信になっていた。
なんだか昔から知っていたような、あるいは舞夏が男っぽい感性を持っていたからか、妙に話がはずんでしまった。
放課後のチャイムが鳴った辺りで「そろそろお開きにしましょうか」という舞夏の一声で、俺も帰る事にした。
――ちなみにだが、俺は自転車通学である。
家から高校まで歩くと三〇分という、妙な遠さがあるので、こっちに来てすぐ自転車を買った。
前の所だと近場になんでもあったし、遠出する時は電車に乗ったしで、実は自転車なんて小学生の時以来乗ったのだが、結構乗れる事に少しだけ驚いた。
別にマウンテンバイクとか乗るほどやんちゃでもないし、こだわりもないので、ママチャリを買ったのだが、つやつやの青いカラーリングが地味に気に入っていて、親父が「急な転勤に付き合わせちゃったから」という理由からそこそこいい乗り心地のものを厳選してくれた。
まあ、ようするに若干高いのである。
「やられた……」
俺は高校の敷地内にある駐輪場で、呆然と俺のチャリンコが停めてあった場所を見つめた。不自然な空白ができているそこには、当然何もない。正確には、つけていたチェーンロックが、カギの位置ではなく途中からぶった斬られた状態でその場に放置されていた。
盗まれたのである。転校初日に、学校で、チャリが。
「マジかよぉ……」
その場にしゃがみこみ、頭を抱える俺。なんでだ? カギはしっかりつけたんだぞ? 高校の敷地内なんて目立ちそうな場所でどうやって。
そこまで考えて、すぐにわかった。
異能力があれば、チャリンコパクるくらい簡単か……。しかしなんで隣のチャリンコパクられてないんだよ。隣のマウンテンバイクのがいいだろうがよぉ。
歩いて帰るしか――その前に、職員室行って報告するか。
めんどくせえなぁ……。一応防犯登録はしたけど、帰ってくるかどうか。
「くっそぅ……!」
やるせなさが爆発して、俺は思わず地面に落ちていた小石を蹴っ飛ばした。
やらなきゃよかったと、次の瞬間めちゃくちゃ後悔した。
その小石は綺麗な放物線を描き、ちょうど曲がり角から出てきた女子生徒の頭を直撃したのだ。
「あっ……」
やっべ、と思い、駆け寄る。そんなに大きな石ではないから、ちょっと小突かれたくらいの痛みだろうが、女子にそんな狼藉をすると、ちょっと今後の高校生活で重大なペナルティを背負いそうなので、なんとかそのペナルティを帳消しにしようと、彼女の元に駆け寄る。
「悪いっ! 大丈夫か?」
目の前で何か動いた、そう思った瞬間である。
カミソリのような切れ味と、音速ジェット並のスピードを併せ持つ左ジャブが、俺の右頬に小さな切り傷を作っていた。
「私に石をぶつけるとは、いい度胸してるね? モブ男子」
頬から流れる血が幻なのではないかと触って確かめていたら、地味に傷つく言葉が飛んできた。真っ黒な長い黒髪が非常に男受けしそうなのだが、顔はどちらかと言えば厳しくスパルタな気の強さを思わせるつり目である。
スタイルも高校生離れしていていい。今、世界を制するほどの左を見せられていなければ、見惚れていただろう。
そして、この威圧感ですぐに気づいた。
こいつ、金城鞠じゃん!! と。
関わっちゃいけない女トップって舞夏に釘刺されてたばかりなのに、もう絡まれてるんですけど!
今日どんだけツイてねえんだよ!?
「――んで、あんた誰? あたし、金城鞠」
知ってる知ってる、と頷こうとしたが、それよりも先に自己紹介だと焦った。機嫌を損ねるわけにはいかない。
さっきの左ジャブが顔面なり鳩尾なり、急所にクリーンヒットしたら俺は死ぬ。この女の間合いにいることがかなりの恐怖なのだが、どういう躱し方をしても一瞬で殺される未来しか見えねえ……。
「ま、前浜色葉ですぅ……」
「色葉ね」
ジロジロと、俺を頭の先から爪先まで見つめる。
性別が逆だったらセクハラで訴えてるからな。
「すいませんすいませんほんとワザとじゃないんですぅ……!」
「その言葉に嘘は?」
「無い無い無いマジで無いっす! イライラしててつい蹴っ飛ばしたら当たってしまっただけなんです!」
鼻の頭を人差し指で二度ほど撫でてから「ならいいわ。次は顎撃ち抜くから」と言って、ため息を吐いた。
「それで、なんでイライラしてたの?」
「……えっ」
まさか理由を尋ねられると思わず、というか、そのまま許したら立ち去るだろうと思っていたので一瞬狼狽えた。
「買ったばかりのチャリが盗まれてたからだよ……」
「そんなのちゃんとカギかけないから盗まれるんジャン」
「かけてたよ! ほらっ! ぶった斬られてんの!」
金城は、俺の見せたカギをちらりと一瞥して鼻で笑う。
「なにそれ。市販品じゃん。ちゃんと水鳴町の人がやってる鍵屋で、異能力で作ったカギじゃないと、ここじゃカギって呼ばないよ。……もしかして、あんた、
えぇー……。
いや、でもまあ、確かにそうか……。なんか防御能力とかついたやつじゃないと、ここじゃこうして、普通にぶった斬られて終いなんだもんなぁ……。
あぁ、っていうか、隣のマウンテンバイクは異能力のカギがついてるから、盗まれてないのか……。
「それで? 自転車どうするの」
「どうするって……職員室に報告して、警察に届けて、出かけるついでに探すくらいだけど……」
「いいのそれで? 返ってこないかもしれないよ? 外じゃどうか知らないけど、ここでは自転車隠すくらい簡単なんだから」
それはまあ、確かにそうだけど……。
舞夏のような能力があれば、自転車を誰にも気づかれないよう隠す事も簡単だ。
「返って来た方がいいのは間違いないけどさ、どうしようもねえよ。俺は金城が言うように無能力者なんだぜ」
さっき舞夏と話して、ここでの生活に対して心構えができたつもりだったが、ちょっとへこたれてしまった。
さっき舞夏に折られた心の柱の再構築もまだ済んでないのに……。
悲惨な状態になった俺の心を思いながら、深いため息を吐く。
そんな俺の状態など、最強異能力者さんは想像もできてないのだろう。何故かブレザーのポケットから赤いエナメルの財布を取り出し、中身を覗き込む。
「……いくら出せる?」
と、俺を見つめていやらしい笑みを浮かべる金城。
「いまカツアゲされたら俺不登校になる」
ちょっと一日に体験していい量の不幸ではない。もう心の柱は腐る。
「違うって。――そうねえ、二千円出してくれたら、私が色葉の自転車、取り返してあげてもいいけど?」
あまりにも予想外の展開に、俺は面食らった。
そして、さらに面食らった事が一つある。
俺、今二千円も財布に入ってねえ。
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