異能が特産、水鳴町!
七沢楓
■1『異能力が当たり前の町』
第1話『この町でのシノギ方』
転校初日くらいまともに授業受けようとしたら、びっくりするくらい授業に集中できなかった。
映画の撮影とか悪ふざけのドッキリか、あるいは俺が知らない内に非合法なクスリでもキメていたか、あらゆる可能性を考慮したが、どうやらそうではなかったらしい。
外でアニメさながらの異能力バトルが繰り広げられていたら、誰だってこう考えるだろう。
俺の席は窓際一番後ろ。転校生がいきなりド真ん中に座るってのも居心地がよくないだろう、ということで、急遽持ってきたのであろう列から一つ飛び出したようなその席をゲットしたのだが、それが良くなかった。
窓際なので、校庭で繰り広げられている異能バトルが詳細に見えてしまうのだ。
黒髪ロングに、この水鳴西高校の制服である紺色のブレザーを来た女子が、数人の男女混合グループを相手取って戦っていた。
男女のグループは、何かあからさまに手からエネルギー弾みたいな光の球を放っていたり、魔剣と言われたら納得しそうな大剣を振るっていたりしているのだが、驚くべき事にその光景を、俺以外がまったく気にしていない。
なので、通報するべきか未だに迷っていて、ポケットの中でスマホを握り締めたままだった。
汗が滝の様に流れ出るのが止められない俺は、もう教師の話など聞いておらず、窓の外を見つめたまま固まっていたのだが、いきなり肩に手を置かれて驚き、勢い良く振り返る。
どうやら前の席に座っていた女子が、俺の肩に手を置いたらしかった。
眠たげな目に茶髪のボブカット、まだ春先だっていうのに赤いニット帽を被っている少女は、なんでもなさそうに口を開く。
「いつものことです」
「そうなの!?」
授業中だというのに大声を出してしまった俺に、クラスメイト達や教師が振り返るが、何か事情を察したみたいにすぐ視線を黒板に戻した。
「えっ、え? ごめん、いつもの事ってなにが?」
「外の光景です。あれに驚いているんですよね」
その通りだったので、頷いた。
それと同時に、あの光景が俺にしか見えていないわけではないらしい事に安心していた。あれは非日常を望み退屈を嫌う男子高校生のソウルが生み出した幻覚では無いらしい。
「はじめまして。私は
「え、ああ……そう、そう……」
そう、前浜色葉が俺の名前。つい先日、この水鳴町に引っ越してきた高校二年生。
現実確認も兼ねているところが、なんだか酷く手慣れている感じがする……。
名前と年齢まで現実じゃなかったら、俺は哲学とか齧り始める。
「いいですか、あれは現実です。一週間に二、三回あります」
「バイトか何か?」
「賃金は発生していません」
そうなの? じゃあ何の得があって、ご近所に見られたら三代恥を抱え込みそうな光景繰り広げてんの?
「赤城ぃ、新人にこの町でのシノギ方を教えるのはいいが、もう少し静かにやれー」
と、教師が鬱陶しそうに眉を潜めていったので、赤城さんは「了解ですよボス」と振り返らないまま手を挙げた。
ティーチャーをボスって呼ぶのはさすがに初めて聞いた。
え、っていうか何? シノギ方って何? 生きてくのに特別な手段がいるの?
「やばい、こんなに状況から置いてかれた事ないから泣きそう」
「すぐに慣れる。慣れなきゃ胃潰瘍」
それだけは絶対に嫌だ。親戚のおばちゃんが胃潰瘍やらかしてクッソつらそうにしてたもん。
「順番に説明していくからしっかり聞いて」
「あ、あぁ……」
「まず、この水鳴町では、生まれながらに変な能力を持った人が多い」
「えぇ……」
俺はいくつかのアニメの設定が頭をよぎったが、黙っておいた。これはアニメじゃない、アニメじゃない……。
「例えば色葉さん、あなた、例えばアニメの必殺技とかが自分で再現可能だったらどうします?」
俺は少し考えて「試す」と短く言った。
「そう。つまり、この町ではその感覚で能力を試しまくる人間が多い」
――なんだろう、この……転校した町がデトロイトだったみたいな感じ。どっちがマシかと言われると、ちょっとパスポートも持ってない俺には判断できない。
親父の仕事の都合とかすっとろい事言ってないで、前の町に残ってりゃ良かった。
俺がそんな風に、人生の決断を間違えた事を嘆いていたら、何故か赤城さんにビンタされた。
「イッテぇ! なんで!?」
「なぜメモらないんですか?」
やっぱりバイトじゃないか。
俺は仕方なく、まだ何も書いてないルーズリーフをビニールから引き抜いて『水鳴=魔界』と書き込んでおいた。
「その解釈で間違ってないですね」
「ええー……?」
君、地元民なんだよね?
地元をそんな風に言ってもいいの?
「さて、そこで、あなたのような
そう言って、赤城さんは窓の外を――つまりは、異能バトルでよろしくやってる連中を指差した。
少し目を話した隙に、グループの方が負けてやがる。
「今、あの校庭で唯一立っている女――
「それは俺も思った」
よくわからないが、異能力者を相手に、丸腰で、しかも異能力を使った気配すらなく、数分で叩きのめしたような女だ。あれに近よるくらいならまだミサイルに近寄ったほうが安全だ、という事はよくわかった。
「ほう、やりますね前浜さん。ここで暮らしていく素質がありそうです。私のことは舞夏でいいですよ。私も色葉さんと呼びます」
「ん……、あ、そう……。よろしく……」
女子から下の名前で呼んでいい、というお達しの嬉しさがマイナスになるほど、この町で暮らせる素質があるって言葉が嬉しくなかった。
高校ミスった。
……というか、町選びからミスったんじゃねえかな。
「……あれ、え、ちょっと待って?」
俺は一つの事実に気づいて、眉間を揉む。
「はい? なんですか」
「あのさ、えと……舞夏も地元民なんだよな?」
「ええ。水鳴生まれ水鳴育ち、悪そうなやつには塩を撒きます」
いい事だね。
「ってことは、その……持ってるの? ああいう……」
いい年こいて『異能力』という言葉を口にするのが恥ずかしかったので、もじもじと言葉を濁したのだが、舞夏は何の躊躇いもなく「あぁ、異能力ですか」と言ってのけた。
すげえ、さすが水鳴生まれ水鳴育ち。
「私もありますよ。とは言っても、ああいう戦闘タイプの物ではないですが」
すげえ、なんで現代日本でそんなナメック星人みたいな人種の分け方が存在するんだろう。もしかして龍族とか存在すんのかな?
「それは、人に簡単に教えてもいいやつ……? ケツの穴を見せたりエロ本見せるくらい恥ずかしい、みたいなローカルルールあったりしない……?」
「戦闘が日常な人にはそういう人も居るみたいですけど、私は別に教えても大丈夫ですよ」
戦闘が日常って傭兵かよ、と言いたかったが、それを言う前に、舞夏はニットを脱いだ。静電気の所為か、ちょっと「パチパチ」って音がして、髪の毛が数本立っていた。ニット脱いだ女の子のペタッとなった髪っていいよな。
俺がそのペタっとなった髪を見つめていると、舞夏はニットの中に手を突っ込んで、中から何故かリンゴを取り出していた。髪に触っていたリンゴってかじるの嫌だな、と思っていたら、何故か次いでスイカ(バスケットボールくらいあるやつ)がニット帽から出てきた。
言わなくてもわかると思うが、こんなもんがニット帽の中に入ってたらでかいコブ作ったみたいになるが、当然そんなもん俺は確認できてない。
「これが私の能力『四次元ニット』です。とても簡単に言うと、このニットの中にあらゆる物をしまいこめる能力です。発動条件とか少し厳密なものがありますが……、まあ言わなくても大丈夫ですよね」
「あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁ……」
「――色葉さん?」
頭が真っ白になったが、顔は真っ青だった。
俺は思わず窓を思いっきり開けて、窓枠を掴んで、体を半分くらい乗り出した。
「助けてぇ!! 俺ダメだ! この町ダメ!! 親父ぃ! 引っ越そう!!」
おそらく今頃職場でパソコンのキーボードをパチパチやっているだろう親父に向かって叫んだ。
もう俺の精神が耐えられそうにない。異世界に転生してチート能力もらって、奴隷の女の子でも買って人生を謳歌しようと考えたことはあるが、こんな夢を見た覚えはないんだけど!!
「あちゃー……。急すぎましたか……。すいませーんボス。色葉さんが水鳴ショックを起こしたので保健室に連れて行きます」
「おいおい赤城、だから一気に詰め込みすぎるなって言ったろ」
そんな会話をしているのが耳に入っていたが、完全に精神錯乱を起こしていた俺は意味を理解しておらず、赤城さんに羽交い締めされて、教室から引張り出された。
その途中、さすがに抵抗しすぎたのか、舞夏もイラッと来たらしく、思いっきり俺の脇腹にリバーブローを叩き込んできた時は、精神錯乱どころか、心を支える柱が何本かポッキリ折れてしまい、大人しく保健室に連行されることとなった。
耳元で舞夏が、
「やはり暴力が一番ですね」
と言っていたのが、この町に根付く文化を表していて、とても帰りたくなった。
この状態になると、もう布団に寝転がってマッチョな外国人が画面狭しと無双する映画を見ないと心の柱の再建築は不可能である。
普通に見える女子が異能力使ったり、肩を叩くくらいの感覚で思いっきりレバーブローを叩き込んできたりする。そんな土地で暮らせというのは、どう考えても無謀である。
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