ハクモクレンと処女の自殺

沢田チヨ

慈しむハクモクレン



その女はすらっとした体つきをしていた。

体にまとっているやや黄ばんだ白いワンピースはちょっと良い古着屋で購入したアンティークのウェディングドレスだ。

簡素なで清楚な雰囲気のある作りで長すぎた丈は足くびのあたりでジョキジョキと切り落としてある。

このドレスはなかなかお値段がはったろうがこの丈が女なりのこだわりなんだろう。

なんにしろ地下鉄から吹き上げた風でオーガズムを感じてるマリリン・モンローのようには見えないシンプルなドレスだ。



女の顔を見てみよう。

残念ながらすごいブロンドおっぱい美人というわけではない。

目は細くつりあがり鼻も口も整っている。

綺麗な子だ。

ただエキゾチックな美しさなんて女は欲しくないし大嫌いだったのだ。


黒髪は長くさらさらと清潔ではあるがいかにも自分で切りましたという様子、

自分でぱっつりと切った毛先は彼女のメンタルの弱さを表していた。


女は自分の背の高さを気にしていた。

17歳で170センチをゆうに越えていた。

でももう気にしなくていいのだ。


私は美しくない(切れ長のつり上がった目は魅力的だと思うのだが)ことも

背が高すぎることも

心がしぼるように苦しいことももうどうでもいいのだ。

ぜんぶぜんぶどうでもいいんだ。


なぜなら女はこの夕暮れ、閉鎖された公団アパート群の屋上にいる。

灰色の古ぼけたコンクリート壁にできたひび割れは誰かのダイイングメッセージのようだ。

女は非常階段を静かにゆっくり用心深く登った。

なぜ自殺を夢見る人は用心深く怪我しないように歩くのだろう?

女はそろそろ死ぬ。もう少し待ってね。


理由はこうだ。

そう、女は苦しいことがあると腕をカッターでスッスと切り裂く。血がじんわり出る程度に。

三年前の中学生の頃にやり始め、今では両腕の内側は細かい白い傷跡だらけだった。


ああ、理由を伝え忘れた。

女を自殺に追い込んだのは好きなバンドと集団レイプだ。

何度も心を救ってくれた曲を書いて演奏した人たちに集団でレイプされ、なかったのだ。

ライブの後ファン仲間とバンドマン達に家に誘われたのだ。もちろん飲んでヤるためだ。

みんなが暗闇で喘ぎ声やいやらしい音を立てて乱交している中、女に誰も触れなかったのだ。


女は大きなショックを受けた。

好きな人たちに犯されたかったのだ!

抱きしめてかわいいねと囁かれたかった!

キスして乱暴にねじ込んで欲しかったんだ!

全てのメンバーに(女の一番は相互フォローしていてたまにレスをくれるベースの物静かな彼だったが)

体をもてあそばれたかった。

心も体もみんなと繋がりたかったのだ。

女は知らない、

先にバンドマンと繋がった友人が

女はリスカ癖のめんどくさい女とか

推しは別バンドのだれそれだ性病もちだとか

なんとかかんとか酷い事を吹き込んでいたのだ。


醜い友人たちは女がこの先どんどん美しくなり邪魔になることに気づいていたのだ。


何も知らない女は打ちひしがれた。

そして自殺をすることに決めた。

17歳にとってそれは死ぬには十分な理由だと。

悩んだ末に重力を利用した上から下に落ちるオーソドックスな方法を採用した。


誰かに見てもらいたかった。

でも寂しかった。

だから偶然誰かに見てもらいたかった。

処女の自殺を。


その公団アパート群はマッチ箱を並べたような作りで

真ん中に大きなハクモクレンの木がある。

廃墟のなか堂々と立ち、黄身がかった分厚い花びらを開かせ、

どさりどさりと重たい音を立てて落ちる様は実に見事だった。


男は廃墟好きのカメラ趣味だった。

この団地はいつかいってみたいと思っていたが

(どれだけ怖いかというとホラー映画の題材にもなったくらいだ)

解体の重機がもう唸りを上げ始めがりがりと貴重な絵ヅラを齧り始めたのだ。

Twitterでそれを知った男はカメラを手にし、あしばやにその団地に向かった。


ハクモクレンの季節が終わろうとしていた。


男はカメラを構え、ハクモクレン越しの女に気づき、

30過ぎて太り始めた体に鞭打って走って非常階段を踏み抜きながら女を救った。

二人は恋に落ちた。

18歳になるまではセックスしないよ、君の事を愛してるから。


というのはただの私の妄想だ。

そんな不思議のひと触れなんておこるわけない。


男はハクモクレンにピントを合わせ、

不気味な黒い空気に光るハクモクレンを撮影した。

撮影している側から白い腐れた花びらがどすどす落ちてくるのを見て、

まるで白い古びたドレスの女が落ちてくるようだと思いそのヴィジョンを振り払えなかった。

男はぶるっと震えたがそのまま撮影を続けた。


ハクモクレンから落ちる腐れた重たい花びらはニュートンの法則に従い、

同時に哀れな女が飛び降りるのをぴったりカメラから覆い隠した。

物悲しい団地を齧る重機の音は女が地面にめり込む音を上回っていた。


白い女は最後までひとりぼっちだった。


優しいハクモクレンはそれを見ていた。

女を自分の花びらの変種と捉えその心をすすすと吸い込み回収した。

来年も綺麗に咲いて立派にぼとりと落ちるのよ。


ハクモクレンの優しさから毎年女はこの時期に激しい痛みを伴う自殺を繰り返すのだ。

1年、5年、10年、ハクモクレンが最後のため息をつくまで女は飛び降り続けるのだ。

それが回収した心にかすかに残っていた女の願いだったからだ。


男のカメラには成熟しきったハクモクレンが艶めかしく輝いていた。

Twitterにそれなりにいい写真をアップして中本のカップ麺をすすった。

撮影したはなびらの向こうの話を知るのはワイドショーだろうが、

明日は早くからパチスロに並ぶらしいのでその事実を知ることはないだろう。

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ハクモクレンと処女の自殺 沢田チヨ @chiyosawada

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