第1話 俺の日常とグミ
*これはプロローグより前の話です
今は春、そして今日は一学期の始業式の日だ。
生徒たちはまだ始業式が始まらないので落ち着きがなくざわついている。
体育館ステージ裏では放送委員がアナウンスしようとスタンバイしている。
そろそろ始まる時間か。
別に緊張はしていない、演説、スピーチには家柄なのか慣れている。だが、いい加減にやるつもりもない。すべて完璧にこなすのが俺のモットーだ。
「皆さん、静かにしてください」
放送委員がアナウンスをして生徒たちは徐々に静かになっていく。
「・・・では時間になったので、これから天橘院高等学校始業式を開始します。」
生徒たちは軽く礼をする。
「初めに生徒代表、そして新生徒会長の・・・え?順番?・・あ!ちがった・・!最初はえっと・・」
放送委員のアナウンス担当の子が進行順を間違えたらしく慌ててうまく次の言葉に繋げられないでいる。生徒たちは少しざわつき始める。
「落ち着いて、大丈夫。先に俺が出るから。」
俺はその子の肩に手を置き、そう言ってステージに足を踏み入れた。
よし行くか。
「おはようございます。出遅れてすみません。生徒代表、新生徒会長を務めさせていただきます、二年一組の胡桃沢滉治郎です。」
生徒たちは静かになった。
「寒さが続く冬が終わり朗らかな春が来ました。そして今日から新学期が始まります。皆さん春休みが恋しいですか?僕も恋しいです。夜遅く寝て、朝も遅くに起きるという習慣が定着した頃に学校というものは始まってしまいました。短かかったですね・・春休み・・。
しかし、学校が始まったということは今の自分よりももっと成長できる機会がきたということです。新しい友達、先生との出会い、去年よりも高め合える部活動、そして甘酸っぱく切ない恋の進展など。去年できなかったさまざまなことを今年全てやってみましょう。退屈でつまらない学生生活だ、なんて思ってる人もいるでしょう。ですが、それは自分自身の行いや考え方で180度変わります。退屈だなんて思ったら変えましょう。つまらない生活を思いっきり楽しみましょう。学校という閉ざされた狭い世界の中でどうやったら楽しく生きられるか考えてみましょう。狭い世界だからこそ自分にとって何が大切なのかが見つけやすいと僕は思います。だから大切なものを見つけるために、この退屈でつまらない学生生活を全力で素敵なものにしましょう。
新入生のみなさん。こんな素晴らしい学校に入学できたこと、今後心から喜ぶ日が必ず来るでしょう。
生徒会長として全校生徒のみなさんが快適に高校生活を送れるよう雑務や行事関係の仕事などをしっかりサポートさせていただきたいと思います。今はまだまだ未熟ですが、皆さんと一緒に成長し、皆さんのため、そしてこの天橘院高校のために力を尽くし全力で頑張っていくことを誓います。どうぞよろしくお願い致します。ご静聴ありがとうございました。」
これで今日の学校での大仕事が終わった。少しだけ長くなってしまったけれど校長の話よりは退屈にならずに済んだだろうか。
「やっぱりすごいよね胡桃沢くん。校長の話をすっ飛ばしてはなしちゃうなんて。」「なんか綺麗事っぽい気がするけど胡桃沢くんが言うと本当に素晴らしいスピーチに聞こえるよね!」「新生徒会長おめでとう!」「胡桃沢くんが生徒会長なだけでもう素敵な高校生活送れちゃうよ〜」
生徒たちがまたざわつき始める。
みんなしっかり聞いてくれたんだ。ありがたい。
ステージ裏にはけた後、先ほど慌てていた放送委員の子が近づいてきてお礼を言ってくれた。
「胡桃沢くん!ありがとう・・」
「いやいや俺は自分のすべきことをしただけだよ。多分この後の校長の話はいつもより結構短くなると思う。それは君のおかげだよ。みんな喜ぶ。」
笑顔でそう返すと頰を赤らめ、ほっとした笑顔になってから会釈をされた。
スピーチもなかなかうまくできたし、新生徒会長としての言葉もうまくいったように感じる。今日もいい日になりそうだ。
始業式が終わり、生徒たちがそれぞれ自分のクラスに戻っていく。
「よ!イケメン生徒会長様!」
自分のクラスに戻っていると後ろから友人に声をかけられた。
「やぁイケメン売れっ子俳優くん」
「おい〜やめろよ〜照れんじゃん」
この男子生徒の名前は市川圭吾。圭吾は顔を見れば一目瞭然、とっってもイケメンだ。ただのイケメンじゃない売れっ子俳優なのだ。
「二年の前期に生徒会長になっちまうなんてさすがすぎだろ滉治郎。立候補しないで推薦だけで勝つとか人望ありすぎんだよ。」
「本当にありがたいことだよ。」
「しかも生徒代表にもなってたよな。お前また学期始テスト満点だったのかよ。」
「ああ、満点だったよ。今回は前回よりも簡単になってた気がするな。」
「嫌味かよ〜てか全部満点ってことは授業料全額免除制度だって勝ちとっちゃったってことだろ?驚きだよ。お前金持ちなのに。」
「金持ちだからといってなりふり構わず金を使っていいものじゃない。あれは俺の金じゃないしな。節約という名の親孝行みたいなものだよ。」
「俺も言ってみたいよそのセリフ。」
「なら次のテストで頑張ることだな。」
「お前はいつも余裕だよなー。」
「何言ってるんだよ。俺はちゃんと努力してるんだぞ?」
「俺だってまぁまぁ努力してるんだけどなー。」
「お前は仕事の方を頑張ってるしな。自分のやりたいことを一生懸命やっててすごいと思うよ。俺なんかよりずっと将来のことを考えてて関心するよ。」
「あはは、将来のことって。俺だってこれからのことなんて全然考えてないよ。ただもらえる仕事をこなしてるだけ。でも滉治郎に言われるとなんか、俺ってめっちゃ頑張ってる気がしてきた。」
「おい、調子に乗って羽目をはずすなよ、ぽっと出かもしれないけど一応売れっ子俳優なんだからな。」
「褒めてから堕としにかかるのやめろよ〜。」
「まぁがんばれよ。」
圭吾と話し終え、次に生徒会室に行かないといけないので、生徒会に必要な物を準備しようと教室に戻った。
「うお〜〜!こうじろう〜〜〜〜〜!!!」
「うわ、なんだよ戸部。」
いきなり声をかけてきたこの男子生徒の名前は戸部慎。お世辞にも頭がいいとはいえないやつ。自分で言うのもなんだが、俺は教えるのは結構上手い方だ。だが戸部は俺が教えても必ず赤点をとる。赤点常習犯だ。なぜなんだ、戸部。
「俺学期始テスト三つ赤点で補習なんだよ〜〜まただよ〜〜。」
「なんとなくそんな気はしてたよ。」
「もう最悪だよ今日はバスケ部の新入生歓迎会でカラオケに行くんだよ〜!しかも希世子ちゃんも今日は参加してくれるって言うんだ!なのに!なのに・・・!!生徒会長の力でなんとかしてくれよ〜!こうじ
「無理だ」
「そんな!!!即答しないで!!なにか策は
「ない」
「こうじろ〜〜!!」
「戸部!うるさいし邪魔!」
「うわっ永明。」
「あんた、もう終わったことをいちいちぐちぐち言ってないでさっさと補習終わらせて歓迎会に参加すればいいでしょ。ほんとイライラする。あとそこ通るからどいて。」
この女子生徒は永明栞。もうぶっちゃけよう。多分戸部のことが好きだ。このわかりやすいツンツン具合が特徴のハーフアップ(髪)女子だ。
「お前には関係ないだろ。話に入ってくるなよ。」
「は?!あたしはここ通りたかっただけよ!はやくどいて!」
「まぁまぁ落ち着けって。とにかく戸部は補修に行け。」
「こ、こうじろ〜〜!」
「もう俺は生徒会に行かないといけないんだ。永明、戸部の相手をしてやってくれ任せた。」
「はあ?!ちょっと胡桃沢!」
俺は必要な物を準備し、教室を出て生徒会室に向かった。
「失礼します」
「お〜くるみ〜新生徒会長おめでと〜う」
生徒会室に着くとすでに書記がいた。
書記の名前は桃澤ゆりか。桃澤は俺とは違うクラスの同級生。おちゃらけた性格だが書記の仕事は完璧と言ってもいいだろう。
「ああ、ありがとう」
「あたし絶対くるみが生徒会長になると思ってたんだよ〜当たった当たった〜」
「「むりだよ〜三年生には勝てない勝てない」っていってたような気がするんだけど?」
「そうだっけ〜?まあいいじゃん。」
「賭けに勝ったんだから今度お昼のパン奢ってくれるんだろう?」
「そういえば学年主任の先生からこれ頼まれてくれってお仕事がきたよ。生徒会長になったばっかだけどくるみならできるだろうってさ。」
なんか今、普通にスルーされたような気がする。
「あーこれか。わかったやっておくよ。他の仕事もあったよな?」
「他は書記にもできることだったからあたしやっといたよー。」
「お、桃澤、今日はなかなか行動が早いな。」
「なんかさ松崎先輩に生徒会室の備品が不足してるから買い出し付き合えって言われちゃって今から行くとこなんだよね〜。で、くるみの分の仕事もできるならやれって言われちゃってさ〜、まあしょうがなくだよね。」
「なるほどな。松崎先輩にも感謝だな。じゃあしっかり買ってきてくれよ。」
「りょうかい〜。いってくる〜。」
桃澤が買い出しのため、生徒会室を出て行った。
よし、俺も早く仕事終わらせてあそこに行かなければ。
「これで、終わりっと。」
やったぞ!!!おわった!!!早く帰ろう。あ、鞄教室じゃないか。
頼まれた仕事がおわったので、早々に鞄を取りに教室に戻り、帰る準備をする。
教室には誰もいない。もうみんな帰ったのだろう。
「あれ?胡桃沢くん?」
声がした方を見ると同じクラスの吉丘かなこが教室に入ってきた。
「吉丘、残ってたのか。」
「うん。部活の集まりでちょっとね。」
「そうか。お疲れ様。」
「ありがとう。胡桃沢くんは、、生徒会?」
「ああ、そうだよ。」
「お疲れ様です。」
「ありがとう。」
吉丘はもう帰る支度はすませてたみたいでさっさと教室を出て行こうとしている。
「じゃあね〜胡桃沢くん。」
「ああ、じゃあなよし
「あ!そうだそうだ!」
吉丘が何かを思い出したらしく鞄をガサゴソと探っている。
「あった!これあげる!」
というと俺になんか投げつけてきた。
「うわ!なんだこれ。」
「鹿肉グミ!意外と美味しいんだよ!鹿肉に見立てたグミの絶妙な食感と風味と香りがくせになるんだ〜。」
「あ、ありがとう。でもなんで?」
まずいからとかいう理由じゃないだろうな。
「学年末テストの時に勉強教えてくれたでしょ?学年始テストがほぼ学年末テストと似たような問題だったからまぁまぁ解けたんだ。で、赤点がなかったから補習もない。だからそのお礼だよー」
全然違った。すまない。
「ああそういうことか。」
「そそ、めっちゃおいしいから食べてみてね。じゃ、また明日ね胡桃沢くん。」
「ああ、また明日。」
吉丘は教室を出て行った。
わざわざお礼を用意するなんて律儀な奴だな。教えたこと全然覚えてなかった。
それにしても鹿肉グミ、めちゃめちゃ不味そうだぞ。
でも案外うまいって言ってたよな。それにお礼にまずいものなんてあげないだろ。
よし食べてみるか。
パク
今までに食べたことのない苦味酸味甘み臭み・・・・とにかく
めっちゃまずいよ吉丘・・・・!!!!
俺は吉丘にもらったリアルな鹿の頭が描いてある鹿肉グミのパッケージを握りしめて、涙をこらえた。
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