第5話

そういうと男は帽子をゆっくりと外し、その顔をあらわにした。


「クックックこの顔に見覚えはありませんか?」


「......いや、すまん。見たことないな」


冗談とかではなく、本当に記憶にないから分からない。

記憶力は割といいほうなんだけどな。


「まぁ、初対面ですからね」


「ふざけんじゃねーよ!!!」


シリアスな雰囲気が台無しだ。

ちょっとカチンとくる。

......このノリは嫌いではないが。


「まぁ話を戻しますと、私にその少女を譲ってもらえないかという話でしてね」


抱えている女の子に顔を向けると、会ってから何も話さなかった女の子が小さな声でけれど力強い声で訴えた。


「嫌ッ、私は......自分の意思でここに......いたい!」


「だ、そうだが?」


というか自分の意思?

複雑な何かがありそうな感じがプンプンと漂っている。

その時、ギリッッという音と共に男の顔が豹変した。


「俺への依頼はあくまでその女の身柄確保だがよぉ!どうやらこっちの要求には答えてくれないみたいでしかもガーディアンまでいると来た!依頼には背くがお前ら二人共ともあの世に送ってやるよ!!!」


一人称すら変わるほどこいつは怒り狂っている。

怒り狂っているやつほど隙を作りやすい、と俺の師匠も言っていたっけ。

というか、こいつの沸点はどうなっているんだ?


「ちょっと下ろすよ」


「?」


俺は首を傾げる女の子を下ろすと帽子の男と対峙した。

にしても顔こわっ!

あいつずっと1人で舌出しながらこっち見て笑ってるよ!

こわっ!

だめだ、落ち着いて呼吸を整えるんだ。


「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ......」


よし入った。

この感覚。

一切の揺れがない水面を頭の中でイメージする。

そして、相手の呼吸、動きの全てを捉える。

それに怒り狂ったやつの行動はだいたい決まっている。


「なんだぁ?急に目なんか閉じたりしてよぉ!?来ねぇならこっちから行くぜー!?」


「......ふっ!」


向かってきた男の懐にトップスピードで入り込み、ガードの薄いところに拳を叩き込む。


「近衛流9奥義(このえりゅうくおうぎ)!1の型、一太刀(ひとたち)」


殴られた男は後ろにぶっ飛び、壁に衝突する。


「能力者だって能力を使う前に倒せばただの一般人と変わらないからね。......ふぅ、ちょっと手加減したけどしばらく立てないはずだよ。お前の目的と所属は?」


この男、何も出来てはいなかったが、相当の実力を持っていると取れる。

起こっていなければの話だが。

しかし、女の子の正体、この男の目的がわからないと何も出来ないので色々と聞き出すことにした。


「グッ、ハァハァ、......そうですね、特別恩があるってわけじゃないですし、恐らくあなたにはかなわないでしょうから教えてましょうか」


喋り方が元に戻っているという事は冷静になったのだろう。

というか俺も真剣になるとちょっと喋り方とかきつくなるんだよなぁ。

気を付けないと。

それは置いといて、事情も話してくれるようだし、こちらとしてはとても助かる。

舌を噛み切られるなんてこともよくあるからな。


「私へこの少女を連れてくるように依頼してきたのは貴方の師匠である近衛 菜々子(このえ ななこ)さんです」


「......はっ?」


何言ってんだこいつ?

俺が支部に入る前に戦いの極意や技を教えてくれたのが第1支部長である近衛 菜々子さんその人だ。

あんなに優しい師匠がそんなことを頼むはずがない。

......ちょっと確かめてみる必要がありそうだ。

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