第六話


 先生が休みということで、今日は一日外で運動をすることになりました。相変わらず晴天が続く島の気候は、どんな遊びをするにも最適なのです。


 教室を取り仕切っているも同然の絢世は、皆を学舎の庭に集めると、あのお嬢様口調で高らかに叫びました。


「みんな!ほら、二人が戻ってこない内に遊び始めるのはいけませんわ!ほら、勝手に遠くに行かないで!」


 チビ達が花を摘んだり砂場遊びを始めたりして集団から離れそうなのを、絢世が必死にまとめます。


「おいおい、何をするつもりだいお嬢様」

「あ、蝶……その、先程は申し訳ありませんでした。ええと、あそこまでするつもりでは無かったのです」

「絢ちゃん、気にすることは無いですよ。蝶もちょっと無神経な事ばかり言ってしまったから、お相子です。ところで、これから何のお遊戯を始めるんです?」

「そこに杳窕山がありますでしょう?今日は、あの頂上の久遠ノ宮まで、皆で競争をしようと思ってますのよ!」


 学舎の裏には、杳窕山という山があります。絢世の白い指は、丁度その山の頂上をピンと指していました。標高はそれ程高くは無く、子供でもすぐに登り切れてしまう高さの為、島の子供達は杳窕山を遊び場にする者が多いのです。


 その杳窕山の頂上には、久遠ノ宮という大きな建物があります。

 見たことも無い頑丈な建材で建てられた、この島で神と崇められている存在――――温羅様が眠っているとされている場所です。

 本殿の前には、これまた何でできているか分からない、大人の男性の背丈二倍はあるであろう大きさの、先端が鋭利に尖った物体が、島の地面に生えているかのように聳え立っています。


 向かって左の方が、長い年月そこにある為か古びてはいますが、まるで夜が明けてきて、太陽に溶け込んだ群青色の空のような、暗くも綺麗な青色をしています。

 その反対側の右側にある方が、これまた左と同じように古びてきていてところどころ苔のような者も生えてはいますが、まるで流れ出る血のような鮮やかな赤色です。


 それらが本殿前左右にある姿は、まるで門のよう。

 温羅様の眠っている久遠ノ宮を守っている番人のようでもあります。


 何時からあるかは父や母にも分からず、島のジジババにも分からぬとのこと。

 これを、僕達この島の人間は、青い方を『青角さん』、赤い方を『赤角さん』と呼んでいます。

 見慣れるまでにはやはり相当時間が掛かるもので、これを初めて見たチビは恐い恐いと逃げ回ったり泣き喚いたりします。そんな感じで、最初はやはり嫌われ者ではありますが、成長していくにつれて日常的に見れば慣れていくというもので、遊んだりとかの待ち合わせ場所に指定されたりするくらいです。


 久遠ノ宮・競争という言葉が出れば、僕達の共通認識としてある遊びが頭に浮かび上がる筈。


「おう、"角取り"やるのか?」


 蝶が思い付いたように、僕が言おうとした言葉を口にしました。


「そうですわ。皆が一番知ってる遊びが一番いいですものね」


 絢世は、此処からでも見える、杳窕山の頂上の久遠ノ宮を見上げながら蝶に返答しました。


 そう、この島で一番馴染みのある遊びが『角取り』です。


 遊び方は至極単純。

 まず、均等に半々の人数になるよう、組み分けをします。

 片方を『赤組』、もう片方を『青組』とし、この二つで競い合うのです。

 勝敗の決め方は、どちらが先に敵の陣地である角まで辿り着けるかというもの。辿り着いた者は、皆に聞こえるように「角取った」と叫び、遊びは終わりとなります。

 簡単ではあるのですが、その道中では他の参加者の妨害も可、という決まりも存在します。何気ないようですが、実はこれが一番肝であったりするのです。

 その為、本番の角取りを始める前に大抵は準備時間を設けます。


 ……そう、人を陥れる為の準備です。


 よく周りを見ると、縄だとか何に使うか分からない大量の葉っぱとか、誘き寄せる為に用意したと思われる桃を持っている奴もいました。


「大人げねぇな……」


 思わず「お前が言うな」と言いたくなるような言葉をボソッと零した蝶は、面倒そうに頭を掻きます。こういう奴が、いざ勝負になると調子付いて張り切るのを僕は知っています。


「僕達も準備しなければいけませんね。どうしようかな……あれ、つむぎちゃん?」


 少し目を離した隙に、つむぎちゃんが隣からいなくなっていました。

 準備しに行ってしまったのかなと思い、きょろきょろと周りを見渡します。まぁ、粗方つむぎちゃんのことだから、軽く転ばせるくらいの軽い罠を仕掛ける為、小さな小石でも集めてるのかなと思いました。


 しかし、再び僕達の元に戻ってきたつむぎちゃんの両腕に握られていたのは……。


「つ、つむぎちゃん……」


「?」


 その小さな体躯に似合わない、大き目の斧でした。


 ……やはり、この子も絢世とかと同じ島の女だ。


 僕が目を見開きながら驚いているのが何故か分からないという風に、つむぎちゃんは小さく首を傾げました。


 どうか、死人がでませんように……。僕は心の中で祈りました。


***************************


 太陽が昇り日差しが強くなってきました。


 角取りの準備……もとい罠を仕掛け終った者達が山の麓に降りてきました。

 十歳に満たないチビ達は、先に久遠ノ宮で待っています。

 やはり怪我はさせられません。それくらい、角取りに関しては皆本気なのです。何といっても島の数少ない娯楽でもあるのですから、当然と言えば当然と言えます。


 それにしても、今回はどんな罠に掛かってしまうのか。まだ始まっていないにも関わらず、思わず溜息が漏れます。


「そろそろ皆さん集まりましたわね」


 絢世も気合いが入っているのか、楽しそうな笑顔を浮かべています。彼女の手元には、香油瓶がありました。

 その瓶の中には、人数分と思われる串が入っており、一人ずつ取るように絢世は言いました。


 そう、これで赤組か青組か決まるのです。


 それが決まれば、後は各々が仕掛けた罠に従っての作戦会議を行います。


「おっ、青組だぜ」

「僕も青だ」

「やりぃ!罠探し名人の空と同じなら安心だな!」

「あまり期待しないで下さい……競争事は苦手です」


 串の先に塗られている色で、組分けが決められます。僕と蝶が、それぞれ取った串先は真っ青でした。


「あら、やはり私達は敵同士みたいですわね」


 一方、隣の絢世は赤を取ったようです。


 既に、蝶と絢世の間には火花が散っています。


「おう、絢世。昼間のお返ししてやるから覚悟しとけよ。負けた方は、桃団子おごりの刑だぜ」

「ふふ、望むところですわ。もういっそ蝶にだけでなく、青組の皆さん全員におごって差し上げますわよっ」

「今の忘れるなよ!絶対だからな!」


 それは、

 いつも通りの暖かな晴れの日、

 いつも通りの仲間と繰り広げる、

 いつも通りの光景。


 まさか、これが全ての幕明けになるとは微塵も思いませんでした。




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幻鬼の島 ゴトウ カサ @kanagoto

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