第28話 休み明け


「へえ、そんなことがあったんですか」


 月曜日の放課後。

 今日の部活はちょっとだけ久しぶりに四人全員が揃っている。

 たったそれだけで妙にテンションが上がってしまうのは、少し癪だ。


 とはいえ特に活動することもなく暇だったので、僕は先日の買い物の時のことについて話していた。


「……朝野くんって本当に魔王様だったんですね」


「え、もしかして今まで信じてくれてなかったの……?」


 まさかの柊木さんの言葉に軽くショックを受ける。

 すると柊木さんは慌てた様子で首をぶんぶん横に振る。


「そ、そういうわけではないんですが、これまで朝野くんのそういう姿って見たことがなかったので……」


「……確かに。魔王の力なんてそう頻繁に使うものでもないからね」


 言われてみれば僕も人前で魔王の力を少しでも見せたのはかなり久しぶりだったかもしれない。

 そう考えれば柊木さんの先ほどの言葉も不思議ではないだろう。


 僕が思わず苦笑いを浮かべていると、柊木さんは少しだけ口を尖らせる。


「うー、私もその時の朝野くんを見てみたかったです」


「別にそんな大層なものじゃないと思うけど……」


 しかし柊木さんはやはり残念そうな表情のままだ。

 もしかしたら魔族ということで、魔王に対して何かしら感じるものがあったのかもしれない。

 今度機会があれば柊木さんの前で魔王の力を見せてあげようと心の中で決意する。


「じゃあひかりちゃんは勇者なのに、魔王の朝野くんに助けられちゃったんだぁ~」


 そんな平和な空気をあっさりぶち壊しにかかる小春先輩。

 いつもの笑みを浮かべながら三奈野さんをここぞとばかりに煽る。


「べ、別にあんなの自分でどうにか出来たわ! こいつが勝手に出しゃばって来たのよ!」


「ま、まあそれも間違いではないのかもしれないけど……」


 確かに仮にも勇者である三奈野さんなら、あんな男二人くらいどうってことはないだろう。

 あのまま放置していたら我慢の限界を迎えた三奈野さんが何をしでかしていたか分かったものじゃない。


 だから僕は自分のしたことが間違いだったとは一つも思っていない。

 むしろあそこで出来る限り穏便に済ませた僕を褒めてほしいくらいだ。


「何はともあれ、我らが部室に冷蔵庫と扇風機がやって来てかなり快適になったのは間違いないでしょ」


 三奈野さんは未だに納得していなさそうな表情だが無視だ無視。


「扇風機、涼しいです……」


「やっぱ炭酸は冷たくなくっちゃね」


 目を細めながら扇風機の前で髪を揺らす柊木さん。

 そして冷蔵庫から炭酸を取り出す小春先輩。


「ってそれ僕の炭酸ですよね!?」


 あまりに自然体だったので気付くのが遅れてしまったが、小春先輩が冷蔵庫から取り出したのは僕が部活に来る前に買っておいた某大手炭酸飲料だ。

 しかし小春先輩は僕の制止の声など全く聞き耳持たず、僕の飲みかけのそれに口を付ける。


「ふふ、間接キッス?」


「……っ! そ、そうやって後輩をからかうのはやめてください」


 結構な量を飲んだ小春先輩は満足そうにペットボトルを冷蔵庫に戻す。

 あれは後で僕がじっくり楽しもう。

 もちろん味を、だ。

 他に一体何をじっくり楽しむというのか、僕には全く分からない。




「そういえばですけど、もうすぐ文化祭ですね」


 突然、柊木さんが思い出したように呟く。

 そういえば確かにもうそろそろ、そんな時期だったかもしれない。

 まあ僕たちにはあまり関係ない話かもしれないけど――――なんて思っていたのだが。


 三奈野さんが勢いよく立ち上がる。

 そしてずかずかとホワイトボードのとこまで向かうと、何やらペンを走らせる。


『第一回! 文化祭出し物会議!』


 三奈野さんが少し退いたところで、ホワイトボードには綺麗な文字で強くそう書かれてあった。

 どうやら三奈野さんは文化祭で何かをする気満々らしい。


「いや、僕は特にすることもないから別に構わないけど……」


 とは言いつつも本当はあまりやりたくない。

 面倒だからである。

 だが自分でそう言う勇気はないので、他の二人の反応を見る。


「私は別に大丈夫ですよ? 楽しそうです!」


「今のところ用事もなにもないから大丈夫かな?」


 しかし僕の期待に反し、二人はあっさりと了承する。

 なんてこった。

 このままでは本当に中二部で何か出し物をすることになってしまう。

 それは困る。

 何が困るかってそりゃあ僕たちがこんな部活をやっていることが、である。


 僕はこっそり柊木さんに耳打ちする。


「ね、ねえ。出し物するってなったら、僕たちがこのメンバーでおかしな部活してるのが皆にバレるんじゃ……」


「え? 私たちが放課後にここで部活をしていることはクラスの方たちも知ってるみたいですよ?」


「なん、だって……!?」


 柊木さんの衝撃発言に思わず固まる。


「だって朝野くんと三奈野さんって、HRが終わったら一緒にすぐ教室を出て行きますし……」


「そ、そんなところに落とし穴が……」


 言われてみれば何で今までそのことに気付かなかったのか分からない。

 同じ部活なのでわざわざ別々に行く必要もないと思って一緒に行っていたが、そんなことすれば放課後何かしているのはバレバレだろう。


「だから出し物も大丈夫ですよ!」


「……あ、うん」


 良かったですね、と笑顔を浮かべる柊木さんが可愛い。

 でも違うんだ。

 僕は別に出し物をしたかったわけじゃなくて、むしろそんなことはしたくなかったのである。


 とはいえ、今更反対なんて出来る雰囲気ではない。

 三奈野さんはせっせと自分の案をホワイトボードに書いていっている。


「何々? ……『勇者と魔王の決闘』だって?」


「私たちの部活にピッタリね!」


 誇らしげに胸を張る三奈野さんには悪いが。


「却下に決まってるでしょ! 決闘って一体何をやるつもりだったんだよ!」


「な、何でよ! 良いじゃない! せっかくの文化祭なんだからこれくらい楽しむのが普通でしょ!?」


「楽しくないよ!? 何でそんな恥ずかしいことを僕がやらないといけないんだよ!?」


 僕は三奈野さんの案を消す。

 百歩譲って出し物をするのは良いとして、さすがにそれはない。

 一生の恥になってしまうこと間違いなしだ。


「出し物やるにしても普通に出店とかで良いじゃん。焼きそばとかなら簡単に出来るだろうし」


「あ、出店って意外と道具とかを集めるのが大変ですよ!」


「うっ……」


 僕の案はすぐさま柊木さんに却下される。

 確かに運動部とかなら人数も人数なので簡単に道具とかも集められるかもしれないが、こっちは何たって部員は四人しかいないのだ。

 道具が必要になってきたり、人手が必要なことは出来ない。


 そう考えると僕たちに出来ることってかなり限られてくるんじゃ……。

 なかなか良い案が思い浮かばず、僕がそんなことを思い始めた頃。


「あのさ、盛り上がってるところでこんなことを言うのはあれなんだけど」


 小春先輩が少し気まずそうに頬を掻きながら言う。


「文化祭の前に校内模試があるのは皆も知ってると思うけど」


 各々頷く。

 さすがにそれくらいは僕だって知っている。




「部員の中で一人でも赤点者がいたら、文化祭の出し物に参加できないんだって」




「…………」


 思わぬ死刑宣告に、僕は固まった。

 

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