第26話 私服姿
とまあこんな感じで今に至るというわけだ。
「……ふぅ」
しかしここだけの話、実は少し緊張している。
というのもこれまで僕には休日に女の子と二人きりで出かけるなんていうラブコメ的なイベントは残念なことに一度としてなかった。
それが突然こんなことになって、緊張せずにはいられないだろう。
しかも相手の三奈野さんは普段の言動こそ変人のそれだが、見てくれだけで言えばそこらのアイドルなんかじゃ相手にもならないくらいに可愛い。
きっと待ち合わせ場所に来るまでにも、数多くの男たちの視線を集めてきているだろうことは容易に想像できる。
そんな三奈野さんが平凡な男の代表である僕なんかと待ち合わせしているなんてことがバレたら、もしかして暴動とか起きたりしないだろうか。
「魔王のくせに私より早く来るなんて殊勝な心掛けじゃない!」
僕がそんなことを考えていた時、突然背後から聞き覚えのある声が響く。
声の主が誰かなんて振り返らずとも分かる。
間違いない、三奈野さんだ。
「ま、まあこれでも男だし、一応ね……っ!」
僕は内心を悟られぬように平静を装いながら振り返る。
そして固まった。
綺麗な金髪に映える白のワンピース。
まるでどこかの物語の挿絵から抜け出してきたのではないかと思うほど、三奈野さんの私服姿は非現実的なまでに綺麗だった。
「な、何よ。そんなにじろじろ見たりして」
「い、いや別に。私服ってなんか新鮮だったから……」
思わずまじまじと見てしまった僕に、三奈野さんが戸惑いがちに呟く。
慌てて取り繕ってはみたものの、僕が三奈野さんの私服姿に見とれてしまっていたのはさすがに気付かれたかもしれない。
それにしても本当に綺麗だ。
ほら、周りの人たちの視線が集まってきているのが、近くにいる僕にも分かる。
しかも男の人たちだけでなく女の人まで、奇妙なものを見るような目で……ん?
「奇妙なものを見るような目……?」
何かおかしいと思った僕はもう一度、三奈野さんを見る。
見惚れたりしないように、ちゃんと全身を、だ。
「…………あぁ」
そして思わず落胆せずにはいられなかった。
三奈野さんは確かに綺麗で、私服も凄く似合っている。
しかしそれら全てを台無しにしてしまうそれが腰にささっている。
どうしてこんな日まで、おもちゃの聖剣を持ってきてしまったのか。
いや、三奈野さんからしたらそれはもはや当たり前のことで、ましてや魔王である僕と二人きりになる状況で自分の武器を持って行かないという選択肢はもともとなかったのだろう。
だが、あえて言おう。
どうしてそれを持ってきてしまったのか、と。
それさえなければ全てが綺麗に纏まっていたというのに。
綺麗な女の子と二人きりで買い物が出来て嬉しいな、で終われたはずだったのに。
「……はぁ」
僕は諦めの意味も込めて、ため息を一つ。
もちろんそんな僕の一挙一動を気にするような三奈野さんであるはずもなく、周りの視線をもろともせずに、ずかずかとデパートの入り口へと向かっている。
当然僕も、三奈野さんから何か文句を言われる前に、その背中を追った。
休日ということもあって、デパートの中にはかなりの人がいる。
正直、人混みに慣れていない僕からすると地獄以外の何ものでもない。
「僕、こういうところってあんまり来ないんだけど、やっぱり女子高校生ともなれば友達とかと遊びに来たりするの?」
「私もこういう場所に来たのは初めてよ」
「えっ……」
思わず驚きの声をあげる。
まさか華の女子高校生がこういう場所に来たことがないとは思ってもみなかった、とかではない。
「じゃ、じゃあ今どこに向かってるの?」
「とりあえず歩いていれば、どこかで電気屋が見つかるでしょ」
「えぇ……」
先導して歩くものだから、てっきり電気屋の場所を知っているのだと思っていたのだが、どうやら適当にぶらついていただけらしい。
道理でさっきから一向に電気屋らしい場所が見つからないと思ったわけだ。
「……さっき地図を見かけたから、見に行こう」
三奈野さんが「別に地図とかなくても大丈夫だし……」などとぼそぼそ呟いているが、今は無視させてもらおう。
そうして地図のところまでやって来た僕たちだったが、どうやら僕たちと同じように地図を見に来た二人がいたらしい。
しかも偶然なことに、その二人の顔には見覚えがあった。
「奇遇だね、こんなところで」
「え? あ、朝野か。ほんとに奇遇だな」
「あ、朝野くん……と、三奈野さん?」
この状況で見て見ぬふりをするのは些か無理があったので、とりあえず声をかけてみる。
一人は男子、こちらは僕もよく話したりするクラスメイトだ。
もう一人は女子、あまり話したことはないが挨拶くらいは交わすのが普通だろう。
「二人はこんなところで何を?」
「そ、それはだな……」
「え、えっと……」
僕の質問に途端に顔を伏せる二人。
そんな二人の頬はどちらも僅かに赤く染まっている。
「……なるほど、リア充か」
思わず目を細める。
男子の方の肩がびくっと震えるが、その反応は肯定を意味しているのだろう。
「そ、そういう朝野だって、三奈野さんとデートの途中だったんじゃないのか?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ!? ……って三奈野さん?」
ほら三奈野さんも何か言ってやってください、と振り返った先には今の今までいたはずの三奈野さんの姿がない。
あれ、まじでどこに行った?
「……えっと、三奈野さんなら結構前にあっちの方に一人で行っちゃったよ?」
「まさかの置いてきぼり!?」
おずおずと彼女の方が指差して教えてくれる。
しかしそちらを向いても既に三奈野さんの姿は見えない。
こんな短い間に一体どこまで行ってしまったのか、思わずため息を吐きたくなる。
「デ、デートの邪魔しちゃってごめんね?」
「いや、デートとかじゃないから、本当に。むしろ僕が三奈野さんと敵同士みたいなのは二人だってよく知ってるでしょ」
最近でこそ無いけれど、少し前までは勇者と魔族という立ち位置で授業中に色々と騒いでいたのだ。
同じクラスならばそれくらいは知っているはずなのだが……。
「でも三奈野さんと普通に話せてるのって朝野くんくらいだよ? 三奈野さんが誰かと話してる! ってびっくりしちゃったもん」
「あぁ、それは俺も思った。最近になって急に仲良くなったなぁって」
「いや、さすがにそれは大袈裟でしょ。三奈野さんだって友達くらい」
「……それは確かにそうかもしれないけど、少なくとも教室とかで朝野くん以外と二人で話してるのは見たことないよ?」
そう断言する彼女の顔は、とても嘘を吐いているようには見えない。
だとしたら本当に三奈野さんはクラスで僕以外に話したりするような友達はいないのだろうか。
『やっぱり女子高校生ともなれば友達とかと遊びに来たりするの?』
そこで僕は、ついさっき三奈野さんに言ってしまったことを思い出した。
そして三奈野さんがいなくなった方を見る。
「ご、ごめん! ちょっと行ってくる!」
何かを勘違いしてか「頑張って!」と応援してくる二人の声を後に、僕は三奈野さんを探しに駆け出した。
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