第25話 待ち合わせ


「まあ、予想はしてないけどまだ来てないよね」


 待ち合わせ時間の十分前、僕は指定された場所に到着していた。

 しかし僕を呼び出した張本人である三奈野さんの姿はまだない。


 ただ三奈野さんの性格からしても待ち合わせ時間よりも先に来ているなんてことははなから予想していなかった。

 あのタイプはきっと待ち合わせ時間ぴったりに来て、「魔王のくせに私より早く来るなんて殊勝な心掛けじゃない!」とか言うのだろう。


 とはいえ、せっかくの休日の真昼間からどうしてこんなところにいるのか。

 それを説明するには昨日の部活動まで遡る。


 ◇   ◇


「……暑い」


 顧問に頼んで(脅して)部室に持ってきてもらった会議用の長机に突っ伏す三奈野さんがうんざりしたように呟く。

 因みに今日も部室にいるのは僕と三奈野さんの二人だ。


「九月下旬なんだからいい加減涼しくなり始める頃じゃないの?」


「確かに、今年はやけに暑い気がするけど」


「……さては朝野、あんたが何かやったんでしょ」


「何でそんな自爆するようなことを僕がやらないといけないんだよ。僕だって暑いのは嫌なんだから」


「……むぅ」


 僕の言うことが尤もだと思ったのか、三奈野さんは不服そうに頬を膨らます。


 でも三奈野さんがそんなことを言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 実際、誰かに八つ当たりでもしなければやっていられないほどの暑さだ。


「そういえば」


 ふとそこで良いことを思い出す。


「うちに扇風機が余ってるかも」


「なっ!? それを早く言いなさいよ!」


 父さんたちが海外に行ったこともあり、二人の部屋の扇風機が使われなくなっていたはずだ。

 しばらくは帰ってこないと言っていたので、少しの間部活動で使っても問題ないだろう。


「休み明けにでも持ってくるから」


「忘れたら承知しないからね」


「はいはい」


 この暑さでは勇者の物言いに反発する気も起きない。

 恐らく部屋の場所的な問題だろうが、窓を全開にしてもあまり涼しい風は入ってこない。

 しかしそれも扇風機があればある程度は解消されることだろう。


「もしかして他の二人が来ないのってこの暑さが原因なんじゃないの?」


「い、いやさすがにそれは……」


 真面目な柊木さんに限ってはそんなことはないはずだ。

 しかし小春先輩なら確かにその可能性は低くないかもしれない。


「ま、まあそれも扇風機を持ってきたら分かるでしょ」


「……ふーん」


 自分から話題を振って来たくせに、三奈野さんはさほど興味がないように机に突っ伏したまま曖昧な返事を寄越す。

 かと思うと、再びぽつりと呟く。


「……冷蔵庫が欲しいわね」


「また随分と唐突な。因みになんで冷蔵庫?」


「自販機で買ってきた飲み物が温くなっちゃうじゃない。私は冷たい飲み物が飲みたいの」


「まあ確かに」


 そう言われればそうかもしれない。

 部室に冷蔵庫とは何を馬鹿なことをと思ったが、案外良い考えだ。


「じゃああんたんの冷蔵庫を週明けに持ってきて」


「りょーかーい……とはならないからね!?」


 危ない。

 一瞬本当に冷蔵庫を持って来ようと考えてしまっていた。


「ちっ」


 さすがにおかしいと気付いた僕に、三奈野さんは舌打ちを隠そうともしない。

 何て勇者だ、全く。

 しかし文句を言ったら言ったで「勇者なんだから魔王にそれくらいのことをする権利はあるでしょ?」とか決め顔で言ってきそうだ。


「じゃあ冷蔵庫は持ってこれないわけ?」


「当たり前でしょ。ただでさえ一つの家に一台はないと困るのに、男子の一人暮らしに冷蔵庫の存在は死活問題だからねほんと」


「何? あんたって一人暮らしだったの?」


「ま、まあそうだけど」


 言わなくても良いことまで言ってしまったかと思ったが、三奈野さんはまたいつものように「ふーん」と呟くだけだ。

 もしかしたら単に一人暮らしにとっての冷蔵庫の重要性が分かっていないだけかもしれないが。


「とにかく冷蔵庫だけは無理だから。無いと死んじゃうから」


「はぁ、魔王のくせに使えないわね」


 ほんとに魔王なのかしら、と呆れたように首を振る三奈野さんに思わずカチンと来る。


「部長なんだからそれくらい自分で用意するのが普通じゃないの? それとも勇者のお仕事が忙しくてそんなものを用意している暇がないのかなー?」


 僕が魔王らしくなくて、三奈野さんが勇者らしくないという話を先日したばかりだ。

 そしてこんな何の目的もない中二部に顔を出している時点で、自分は暇人です、と言っているようなものだ。


「べ、別に用意できないわけじゃないし。れ、冷蔵庫くらいいくらでも私が用意してあげるわよ」


 僕の煽りに釣られた三奈野さんが、何とも頼もしい返事をしてくれる。

 どうやらこの部室に冷蔵庫がやって来る日もそう遠くないらしい。


「……じゃあ明日、12時にイーオンデパートの前ね」


「え、何の話?」


 冷たい飲み物が飲めるようになると内心ガッツポーズをしていた僕だったが、突然の言葉に首を傾げる。

 すると途端に「こいつは何を言っているんだ」という顔になる三奈野さん。

 え、僕がおかしいの?


「冷蔵庫を買いに行くんだから、あんたも付き合うのが普通でしょ?」


「えぇっ!?」


「……何? か弱い女の子に重たい冷蔵庫を持たせる気?」


「えぇ……」


 普段からおもちゃの聖剣を掲げて「我は勇者なり!」とか叫ぶ女の子のどこあたりがか弱いのか、30字程度で簡単に説明してほしい。

 しかし三奈野さんの中で僕が買い物に付き合うことは決定事項のようで、もはや取り付く島すらない。


「分かったよ、付き合えばいいんでしょ」


 これ以上何を言ったところできっと無理やりにでも買い物に付き合わされるだろう。

 むしろ意地でも行かなかったりしたら、僕の家まで迎えに来たりしそうだ。

 さすがにそれは面倒だと思った僕は、諦めて三奈野さんに付き合うことにする。


 あ、週末なのに何の用事もないのかとかそういう疑問は間に合ってるんで。

 もちろんないです。

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