第22話 勇者
勇者との寸劇から三日が経った。
その間、勇者に午後の授業で絡まれるということはなかった。
これも三日前の寸劇のお陰だったと考えると、減点されたのも必要不可欠な犠牲だったのかもしれない。
とはいえ喜んでばかりではいられないだろう。
あちらが僕との約束を守ってくれた以上、こちらもそれなりの誠意を見せなければいけない。
僕は勇者と、授業中に絡んで来ない代わりに別の機会を用意すると約束した。
実際はこれとは少しニュアンスが違うのだが、大体はこんな意味で間違ってはいないだろう。
とにかく、その”別の機会”とやらを準備するために三日を要した。
そして今日、満を持して勇者を放課後の教室に呼び出したのである。
既にHRが終わってからはかなり時間が過ぎており、教室には勇者と僕以外誰もいない。
つまりお互いにとってこれ以上ない状況ということだ。
「み、三奈野さん」
勇者――三奈野さんはいつもと同じ席に座っている。
そんな彼女が僕の呼びかけに対して振り返って来る。
思えば、自分から三奈野さんに話しかけたのは初めてかもしれない。
だからだろうか。
最初から分かっていたはずなのに、改めて勇者の現実離れした顔立ちに驚かされた。
容姿や性格があやふやなサキュバスの柊木さんと聖女の小春先輩とは違って、正に勇者だと言わんばかりの容姿、そして立ち振る舞い。
どこからどう見たって、正真正銘の勇者様だった。
「……何」
恐らく魔王である僕を警戒しているのだろう。
油断のない視線で僕を射抜いてくる。
授業以外で初めてのまともな会話に思わず言葉に詰まりそうになるが、彼女の中での僕の”魔王”というイメージを崩すわけにはいかない。
「少し場所を移動したいんだけど、いいかな?」
「ここじゃダメなの?」
せっかく教室で待っていたのに、と三奈野さんは言いたいのだろう。
尤もな意見ではあるが、教室ではだめなのだ。
「ま、まあ色々と事情があって」
「……まさか罠とか仕掛けてるんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなことはしないよ!」
三奈野さんの言葉を慌てて否定するが、それでも疑いの目が収まることはない。
しかしいつまでも教室にいるわけにはいかない。
時計を見れば、予定より少しだけ時間が押してしまっている。
「本当に罠とかはないから、とりあえずついてきて」
僕はそう言うと、後ろから微かに聞こえてくる足音と共に教室を出た。
「ここは一体……?」
三奈野さんを連れてきたのは広い校舎の一番端。
普段なら全く人も寄り付かないような辺境の地だ。
「……なるほど。確かにここなら誰の邪魔もされないってことね」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!? 確かに誰にも邪魔されない場所は選んだつもりだけど、そんなすぐにやり合おうとは思ってないから!」
腰に差した剣を抜こうとする三奈野さんを慌てて止める。
「と、とりあえず部屋の中に入ろう」
「でも勝手に空き教室を使うのは」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと使用許可は取ってあるから」
なかなか部屋の中に入ろうとしない三奈野さんの背中を押しながら、二人で部屋の中に入る。
「……なにこれ?」
部屋に入った三奈野さんの第一声はそれだった。
無理もない。
何故なら部屋の中には「素人が頑張って作りました!」と言わんばかりのステージと、その前に椅子が一つだけ置かれていたのだ。
そしてステージの端には何やらカーテンのようなものがかかっている。
「ま、まあ座って座って」
戸惑う三奈野さんに椅子に座るように促す。
どうやら今のところは僕の言葉に素直に従ってくれるらしい。
ただ油断しているというわけでもなさそうで、何かあった時のために、その手には聖剣の柄がしっかりと握られている。
とはいえ準備自体はこれで全て整った。
僕は唐突に部屋の電気を消す。
既に黒カーテンは閉め切っているので、窓から射し込む光などは一切ない。
そして、これこそが合図でもあった。
急に部屋の中が真っ暗になり戸惑いを隠せない三奈野さんを他所に、状況は進み続ける。
その瞬間、真っ暗な部屋の中でステージが照明に照らされた。
そしてカツカツという足音と共にステージに現れたのは――。
「私はサキュバスの血を引く者! 全ての男どもは私の前に跪く
普段は絶対に着ないであろう露出の高い服を身に纏った柊木さんが、しっかり決めポーズまで決めてステージ上でライトに照らされている。
「…………」
そんな柊木さんを目の当たりにした
これまで見たことのないような呆けた顔でぽかんと口を開けている。
そしてかく言う僕の方も、実は柊木さんのその姿を見たのは初めてだったということもあって完璧に固まってしまっていた。
事前に「サキュバスらしい衣装をお母さんがいざって時のために用意してくれていて……」と頬を赤く染めながら柊木さんに教えてもらってはいたが、正直ここまでとは思っていなかった。
よくそんな格好と決めポーズで恥ずかしくないなと意外に思っていたのだが、よく見れば柊木さんの肩が小刻みにぷるぷる震えている。
そして表情の方もサキュバスらしい妖艶な感じで仕上げてきているが、あれは羞恥を必死に耐えているが故の結果なのだろう。
そんな柊木さんだったが、僕たちがようやく我に返ったころにライトの照らされていないステージの端に移動してしまった。
どうやら柊木さんの恰好を凝視できるのはひとまずここまでらしい。
ちょっと残念。
「……?」
そんなことを考えている僕とは異なり、明らかに状況を理解できていない様子の三奈野さんだが残念なことにまだ用意していたことの半分も終わっていない。
むしろここからどんどん核心に迫っていくというものだ。
ほら、こんなことをしている間にも次が来た。
「私は聖女。傷を癒し、魔を滅する者」
どこぞのシスターのような修道服に身を包む小春先輩は、いつもの小悪魔のような笑みではなく、本当に聖母様のような慈しみのある笑みを浮かべている。
とても神秘的な光景なのだが、普段の先輩を知っている身からすれば正直違和感の方が勝っている。
「っ……」
そんな失礼な考えを悟られたのか、一瞬だけ先輩がこちらに視線を向けてくる。
やはり先輩の前ではあまり余計なことは考えない方がいいようだ。
改めてそう胸に刻んでいると、先輩はちょうど柊木さんのいる場所と反対側まで移動する。
つまり再びライトに照らされる者はいなくなったというわけだ。
いや、違うか。
順番が回ってきた、という方が正しい。
「我は魔王! 全ての悪の頂点に君臨せし者!」
そして僕はいつかの寸劇の時の台詞を同じように叫んだ。
ただあの時と違うのは、僕が魔王の象徴でもあるマントを羽織っているということくらいだろうか。
え? 何だって?
他の二人に比べて衣装が凝ってないし、全然魔王っぽくないって?
そんなこと分かってるんだよ!
まず柊木さんが凄い際どい衣装で出てきて、その次に超綺麗な修道服を着た小春先輩が出てきた時点で自分でも察したさ。
「あ、やっべ」
って!
他の二人の姿に圧倒されていた勇者、三奈野さんでさえ、僕のマント姿を見て明らかに「えっ……(期待外れ感)」って顔をしてるし。
全く失礼な勇者だと叱りたい気持ちはあるが、確かに他の二人に比べれば僕の恰好は地味だ。
あまりに地味すぎて、むしろ「お二人の小間使いの方ですか?」なんて思われても仕方ないだろう。
だが僕は魔王。
全ての悪の頂点に君臨せし王だ。
次に地味だとか言ったらぶっ〇すぞ。
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