第21話 報告


「あはははははははっ! ま、まさか本当にやるとは思わなかったよ!」


 その日の放課後、事の顛末を報告しに来たのだが小春先輩は声を大にして笑う。


「ええっ!? 小春先輩がアドバイスしてくれたんじゃないですか!」


「だ、だからって普通やらないでしょ、ふふ」


「うっ……」


 協定を結んだ直後ということもあったので先輩の言うことを何も疑わずに実行してしまったが、確かに冷静になって考えればあまりに馬鹿馬鹿しい作戦だ。

 ただそこまで笑われると怒りがこみ上げてくる。


「ただでさえ低い僕の点数が引かれただけでなく、既に学年中に噂が広まってるんですよ……?」


 これまで「魔族」としてそれなりに名の知れた僕だったのだが、今日からは本格的に「魔王様|(やばいやつ)」として見られるようになった。

 授業中に意気揚々と「我は魔王!」なんて言ったらそうなるのは当然だ。

 そりゃあ柊木さんだって「もう見てられない」と顔を伏せるだろう。


「あーそれは何というか、ご愁傷様?」


「他人事っ!!」


 僕の叫びに対して小春先輩は「でも」と呟く。


「結果的には上手くいったんでしょ?」


「そ、それはまあ。たぶん上手くいったんだと思います」


「じゃあ結果オーライじゃん」


「まあこれで結果が伴ってなかったら本当の意味で爆死でしたけどね」


「あははっ」


 僕の指摘を笑って誤魔化す小春先輩だが、当事者からすれば全く笑えないところだ。

 ただ小春先輩の言うこともあながち間違いではない。

 実際、いつもとは違う展開になった。

 今後についても良い感じに話が纏まった方だと思う。


 とはいえ問題が全て片付いたわけではない。

 目下の問題は、勇者と教室以外で話す機会についてだ。

 あの時は咄嗟に別の機会などと提案したが、これまで一方的に絡まれていただけの相手に話しかけるのはそれだけでも緊張する。


「そう考えると、意外に厄介だな……」


「何が厄介なんですか?」


「そりゃあ三奈野さんに話しかけるのが――――え」


 何気ない質問に振り返りながら答える途中で、違和感に気付いた。

 どうして目の前に小春先輩がいるのに、振り返らなければいけないのか。


 それは質問の声がそちらから聞こえてきたからであって、その声は当然小春先輩のものではない。

 じゃあ一体誰が、なんて聞く必要はないくらいにその声には聞き覚えがあった。


「ひ、柊木さん」


 案の定というべきか振り返った先には何やら冷たい視線を向けてくる柊木さんがいた。

 突然の登場に驚かずにはいられないが、それ以前に「ど、どうして柊木さんがこんな場所に」とはとてもじゃないが聞ける雰囲気ではない。


「午後の授業で様子がおかしいと思って後をけてみれば、どうしてまた先輩と二人でいるんですか?」


「え、えっとそれは……」


 どう見ても言外に「私、先輩には気を付けてくださいって言いましたよね?(威圧)」と告げてきている柊木さんの質問に、僕は思わず口ごもる。

 柊木さん相手に下手な言い訳は通じなさそうだし、そもそも僕がそんな器用に嘘が吐けるとも思えない。


「えっ!? こ、小春先輩!?」


 これはどうしたものかと頭を悩ましていると、今度は僕の腕が突然引かれたかと思うと柔らかい感触に包まれる。

 何事かと思ったら、どうやら小春先輩が僕の腕を抱き寄せたらしい。

 つまりこの腕に当たる感触はそういうものなわけで、僕は思わず慌てる。

 しかし小春先輩は僕の反応など気にする様子もなく、その視線は唖然とする柊木さんに向けられている。


「別に私と朝野くんがいつ一緒にいようが、あなたには関係ないでしょ? 彼女じゃあるまいし」


「なっ!? わ、私はそういうことを言っているんじゃありません! あなたと一緒にいることが朝野くんに悪影響を与えると言っているんです!」


「だそうだけど?」


「そ、そこで僕に振るんですか!?」


 まさかのタイミングで話を振られて、僕は驚かずにはいられない。

 だがこれはそう簡単に答えられるものではないだろう。

 端的に言えば、小春先輩か柊木さんを選べと言われているようなものだ。


 小春先輩は小悪魔な笑みをこちらに向けてきているし、柊木さんに関しては「もちろん分かっていますよね?」と睨んできている。

 正直どちらに転んでもいい結果になる未来が全く見えない。


「朝野くん! どうなんですか!」


「ほら朝野くん、こんな答えを急かす人なんて放っておいて二人で楽しいことでもしよ」


 答えに詰まる僕に、二人がそれぞれ言ってくる。

 言葉とは裏腹に、二人の視線は既に僕を向いておらず互いに対峙するような感じになってしまっている。


 このままでは血を見ることになりそうな一触即発な雰囲気を打開するべく、僕はとある一つの決断をした。


「ひ、柊木さん、小春先輩は僕たちの正体について知ってるんだよ」


「……それは朝野くんがバラした、ということですか?」


 ショックを受けたような柊木さんの言葉に僕は首を振る。


「し、信じられないかもしれないけど、小春先輩は聖女なんだ」


 僕はそれから、疑いの目を向けてくる柊木さんに色々と事情を説明した。

 小春先輩が僕たちのことを偶然知ったこととか、協定のこととか。




「……そういうことだったんですか」


「う、うん。分かってもらえて良かったよ」


 大体の説明を終えた僕に柊木さんが頷く。

 しかしその表情を見る限りでは全てを納得したというよりも、とりあえず矛を収めるという方が正しいだろう。


「でもやっぱり、あの授業中の寸劇はあり得ないと思いますけど」


「それについては自分でもよく分かってるので、それくらいで勘弁してください……」


 無自覚で僕の傷を抉って来る柊木さん。

 サキュバスならもっと僕を慰めてください……。


「と、とりあえず僕と小春先輩は協定関係にあってお互いに困った時があったら助け合おうっていうことになってるんだよ」


「つまり私たちが放課後の屋上で二人きりで話してるのは何も不自然じゃない、ってこと」


 僕の腕を掴んだままの小春先輩はまた柊木さんを煽るように言う。

 しかし意外なことに柊木さんは特に目立った反応を見せない。


「それじゃあサキュバスの私だって協定に入れてもらうのは不自然じゃないですよね?」


 そしてそんなことを言いながら、自然な様子で僕の隣に身体を寄せてくる。


「ま、まあ確かにそうだけど」


 もう片方の腕を掴まれ身動きが取れない僕は緊張しながら頷く。

 しかしどうやら小春先輩はそれがあまりお気に召さなかったのか、小春先輩は可愛く頬を膨らませて、より一層身体を寄せてくる。


「と、とにかく一旦話も落ち着いたところで相談したいんだけど」


「私が仲間に加わって一発目の相談ですね!」


「う、うん」


 どうしてそんなにテンションが高いのか分からないが、やけに柊木さんが乗り気だ。

 まあ相談する身からすれば有難いことには変わりないのだが、ちょっと心配でもある。


 とはいえ話を進めなければ何も始まらない。

 僕は早速、二人に相談することにした。


「相談っていうのは他でもない三奈野さんのことについてなんだけど、どうやって別の機会を作ればいいと思う?」


「…………」


 しかしさっきまでの高いテンションはどうしたのか聞きたくなるほど、柊木さんが黙り込む。

 因みに小春先輩も同じように黙り込んでしまっている。


「わ、私もあまり三奈野さんと話をした経験などはないので……」


「そもそも私はその子がどんな子なのかすらよく分かってないしね」


 確かにこの三人の中で勇者と一番関わりがあるのかと問われれば、それは間違いなく僕だろう。

 ただそれはあくまで一方的な絡みであって、僕が何かしようと思ってどうこうできる話ではない。

 それにせっかくここまで漕ぎつけたのはいいが、別の機会とやらで成果を見せないとまた授業中に晒される可能性だって十分にある。


「あ、あの」


 良い案も出ずに、やっぱり難しいかと僕が頭を悩ませていた時、柊木さんが遠慮がちに口を開いた。




「いっそのこと、全部バラしちゃうっていうのはどうですか?」

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