第20話 寸劇


「えっ……」


 隣の席の美少女から信じられないものを見るような目を向けられている気がする。

 きっと普段ならその視線だけでノックアウトされてしまっていたことだろう。


 でも今だけは何としてでも耐えなければならない。

 何故なら僕は今、平凡な男子高校生としてではなく魔王としてこの場にいるのだ。

 目の前に勇者がいる以上、魔王として恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。

 たとえそれがおもちゃの聖剣を掲げるような勇者相手だったとしても、だ。


「あ、朝野くん」


 その時、柊木さんが心配そうに袖を引いてくる。

 恐らく「こんな馬鹿なことはやめてくださいっ」と言いたいのだろう。


 しかし僕だって考えなしにこんなことをやっているのではない。

 これは小春先輩にアドバイスされた作戦なのだ。


 先輩曰く「勇者ちゃんの寸劇に付き合ってみたらいいんじゃない?」とのことだった。

 そうすることで勇者に飽きさせる、というのが最終的な目的らしい。


 とはいえ僕だってこんなことを何度もやりたくはない。

 結果が出る前に僕が恥ずかしさで死んでしまう可能性の方が高い。

 だから僕はあわよくば今回きりでという思いを抱きながら、今までにないくらい全力で魔王を演じているのである。


「や、やけに感じる魔力が大きいと思ったら、まさか魔王だったなんて!」


 やはりというべきか、勇者は何の疑いを持つ様子もなく乗って来る。

 何となく聞き逃していいのか分からないことを言ったような気もするが、とりあえずは寸劇を続けることに専念しよう。


 僕は袖を掴む柊木さんの手を振り払うと、見えないマントをなびかせる。

 ほら、イメージって大事でしょ?

 だからそんな「うわ、痛っ……!」みたいな視線を向けないでください。


「ふはははははッ! そんなおもちゃの剣しか持たぬ勇者なぞ恐るるに足らず!」


 ただ勇者が持っているだけあってそんな見た目でも本物の聖剣なのか、向けられたらちょっとだけぴりっとする。

 まあ逆に言えばそれくらいしか影響という影響はないのだが。


「くっ、こんなところじゃ満足に力も使えない……ッ!」


 悔しそうな形相で勇者が睨んでくる。

 しかし今の勇者の台詞を僕は見逃さなかった。


「何だ勇者、ここじゃなければ我に勝てるとでも?」


「と、当然よ! 私は勇者、魔王なんかに負けたりしないわ!」


 さすが勇者。

 安い挑発にも全力で乗って来てくれる。

 ただこれはあくまで僕の狙い通り。


「ほう。ならばいっそのこと勝負は別の機会、ということにするのはどうだ?」


「別の機会……?」


 訝し気に目を細める勇者。

 やはりさすがにそれは厳しすぎたか。

 しかし一度口に出してしまった以上、もう止まることは出来ない。


「我は別にここにいる者たちを巻き込んでも構わんのだぞ? ただ敗者の言い訳というのは我も出来れば聞きたくないのでな」


「……っ!」


 あえて煽るような口調の僕に、勇者は怒りで肩を震わしている。

 とても演技とは思えないその臨場感ぶりに、思わず僕もテンションが上がって来てしまった。


「ほらどうした勇者。ここで戦うか、それとも別の機会に持ち越すか、早くどちらかを選ぶがいいッ!」


 なかなか答えを出さない勇者を急かす。

 だが勇者の中で答えはほとんど決まっているだろう。


「べ、別の機会に……っ!」


 僕の予想通り、勇者は悔しそうに呟く。

 これ以上戦う意思はないという意思表示なのか、おもちゃの聖剣もいつの間にかさやにしまっている。

 ただその視線だけは今も尚、魔王の僕を射抜いている。


 僕はそんな視線に嘲笑で返す。


「勇者ともあろう者が敵を前に剣を収めるとは。まあ良い。その情けない姿に免じて我も今後は関係のない者たちを巻き込むのは止めると約束しよう。ただ膨大な魔力の一部が漏れ出るのは我にもどうしようもない。まあまさか勇者がそんなものに惑わされるほどの器ではないと思うがな」


 言い切った。

 言い切ってやったぞ。


 今後についての話と、これまでの反応が全て無駄だったことを全部伝えた。

 これだけ言ってやれば、今後授業中に騒ぎ立てられることも無くなるだろう。

 案の定、勇者は何も言い返してこないまま顔を真っ赤にして席に着く。


「ふっ、それが最善の選択だろう」


 僕は内心「決まったッ!」と満足しながら、改めて現在の状況を把握する。


 ぽかんと呆けているクラスメイトに、見てられないとばかりに顔を伏せる柊木さん。

 そして満面の笑みを浮かべる先生。

 釣られて僕も自然と笑みが零れる。




 減点されました。

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