第18話 呼び出し(2)
「ぶぼっほっ!?」
僕は口に含んでいた飲み物を一気に噴き出す。
それはまるで屋上に人知れず出来た桃色の噴水のようだ……ってそんなわけあるか!
「な、何を――」
————言ってるんですか!? と言おうとして固まる。
小春先輩がいつかの柊木さんのようにスカートをたくし上げているのだ。
「本当に私が処女かどうか、魔王様が確かめてくれていいのよ?」
「なっ!?」
先輩の言葉に息を呑む。
僕は思わず先輩のスカートの裾を見た。
あれがあと少しでも上がれば、間違いなくそこには男の夢がある。
しかし小春先輩は見えそうで見えない絶妙なラインでその手を止めている。
そこあたりがやはり柊木さんとは一線を画しているところなのだろう……ってどうして僕はこんな冷静に分析しているのか。
「そ れ と も」
僕がそんな馬鹿な自問自答をしていると、いつの間にか小春先輩がぐっと距離を縮めてきている。
そしてそのまま先輩の勢いは止まることなく、僕に抱き着いてくる。
それでも動けない僕を良いことに、先輩はどんどん自分の身体を押し当ててくる。
「魔王様が私の処女をもらってくれるの?」
「っ!?」
はい来ました!
可愛い先輩に個人的に言われたい台詞ランキングが久々の更新です!
「悪い子にはでこぴんしちゃうぞっ♪」を押しのけて「私の処女をもらってくれるの?~小悪魔笑みを添えて~」が堂々の第三位にランクイン!
「ご、ごくり」
あまりの動揺に効果音を自分で演出してしまったくらいだ。
「な、何が目的なんですか」
しかし僕は目の前の餌にすぐさま飛びかかるような魚たちとは違う。
ちゃんとリスクというものを考えられるのだ。
偉いだろうぅ?
「別に目的なんてないよ。まあ強いて言うなら、初めての責任くらいは当然とってくれるんだよね?」
「せ、責任?」
「それくらい説明しなくても分かるでしょ?」
先輩がまたお得意の小悪魔笑みを浮かべている。
めっちゃ可愛いです。
だが、それ以上に今は先輩の言葉の方が大事だ。
先輩の言葉を要約すると「ちゃんと責任を取ってくれるなら、私の処女あげちゃってもいいよ?」ということになるのではないだろうか。
というかそうにしかならない。
「せ、責任を取るだけでいい」
それだけでこんな可愛くてスタイルも抜群な先輩の初めてが貰える。
こんなにもリスクというリスクが小さい話が他にあるだろうか。
いやない!!
「どうする? いる?」
ほとんど放心状態の僕に答えを催促してくる先輩。
気付けば僕の手を握り、自分の胸のところに持っていこうとしている。
このまま何の抵抗もしなければ、先輩の胸の感触が掌に感じるわけだ。
あぁ、なんて素晴らしい世界。
『油断しないでくださいね!』
「……っ!」
小春先輩にされるがままになっていた僕は咄嗟に先輩から離れる。
確かに小春先輩は可愛くてスタイルも良い。
しかし忘れてはいけない。
先輩は聖女なのだ。
そして僕は魔王。
つまりお互いに敵同士なのだ。
「あれ?」
しかし小春先輩はその反応は予想していなかったらしい。
意外そうな顔をこちらに向けてくる。
「そっか。さすがにこんなんじゃ魔王様は落とせないよね」
だがすぐに悪びれる様子もなくそう言う小春先輩の顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「魔族には興味がないっていうのもやっぱり嘘だったんですか」
「魔族に興味がないのは本当だよ? 私が興味があったのは魔王の君だけだし。君も言ってたじゃない。『魔王は魔族じゃない』って」
「……た、確かにそんなことを言ったような気が」
あれはそう、柊木さんを騙すために咄嗟についた嘘だったのだが、先輩はあえてその発言を利用したのだろう。
身から出る錆、とは正にこのことか。
「で、でもどうしてわざわざ僕にこんなことをしてきたんですか? 何か目的があったんじゃ」
少なくとも並大抵の目的でもない限り、女子高生が身体を使ってすることではないだろう。
……いや、小春先輩ならもしくは。
そう考えて、すぐに首をぶんぶんと振る。
確かに手馴れている感は半端なかったが、それでは先輩が処女じゃない可能性も出てきてしまう。
だめだ。
先輩には何としてでも処女でいてもらわなくては。
「協定を結ぼうと思って」
そんなことを考えている僕に、先輩が笑みを浮かべながら言う。
これまでのことを思い出してみると何だかその笑みも少し怖く感じてしまうが、それよりも今はその内容についてだ。
「協定、ですか?」
それは一般人であるならば日常生活で聞くことはまずないだろう単語だ。
実際、僕も初めて聞いた。
あ、もちろん言葉の意味が分からないわけではない。
「私たちって自分で言うのもあれだけど、魔王とか聖女とか普通じゃないでしょ? だからこれから先の生活で何が起こるかは私たちにも分からないじゃない?」
「それは、まあ」
小春先輩の言いたいことは分かる。
僕たちは普通そうで普通じゃない。
僕は魔王で、先輩は聖女だ。
そんなのが一般人の中に紛れていたらどうなるか。
少なからず浮くのである。
先輩は悪目立ちしているし、柊木さんは羨望の的だ。
それくらいなら本人の意識でどうとでもなるんじゃないか、って?
確かにそう思うのも無理はないだろう。
しかしそう簡単な話ではない。
唐突に勇者から魔族として晒し上げられた僕のように、どこかで化けの皮が否応なしに剥がされる。
それは僕らが普通じゃない以上、避けられないことなのだ。
「だからもしお互いに困ったことがあったりしたら出来る限り助け合いましょう、っていうこと」
「……なるほど」
それを踏まえても、先輩の提案は正直魅力的だ。
自分の理解者が一人でも多くいるというのはそれだけで心強いものだ。
ただ一つ、分からないことがある。
「でも良いんですか? とても聖女とは思えないような提案ですけど」
あくまで運命的な話をするのであれば、僕たちはこれ以上ないくらいに敵同士だ。
ましてや聖女様が、悪の親玉”魔王”と協定を結ぶなんて前代未聞だろう。
しかし僕の危惧を知った様子もなく、先輩は僕にでこぴんをしてくる。
「ばーか。それが良いんじゃない」
まるで悪だくみする子供のような笑みを浮かべる先輩に、僕は不覚にもドキッとしてしまった。
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