第17話 呼び出し
「もー遅いよぉー。女の子に夜暗い道を帰らせるつもり?」
「す、すみません」
どうやら僕よりも早くに屋上にやって来ていたらしい小春先輩に文句を言われるが、これでも手紙を見つけてからすぐにやって来た方だと思う。
しかし言い訳だと思われるのも何となく嫌なので、素直に謝る。
「まあ来てくれただけ良しとしよっか。実はちょっとだけ来ないんじゃないかって思ってたんだから」
半ば脅して呼び出したにも関わらず、よく平気でそんなことが言える。
僕はあくまで秘密をバラされないためにこの場所にやって来ているのだ。
どうやら先輩は僕が魔王であるだけならまだしも、柊木さんが魔族であるということまで知っているらしい。
どうしてそんなことまで知っているのか、ここに来るまでにずっと考えていた。
そしてその答えは意外とあっさり見つかった。
「小春先輩、この前僕と柊木さんがここで話しているのを聞いてましたね?」
よくよく考えれば、僕と柊木さんがお互いの正体を話している時に初めて小春先輩と出会った。
あの時に僕たちの話を聞いていたとしたら、全てに説明がつく。
「……さすがに気付いちゃったかぁ」
驚きの言葉とは裏腹に、全くの動揺を見せない小春先輩。
恐らくそろそろ僕が気付く頃合いだろうと予想していたのかもしれない。
「でも信じて欲しいのは、あの時にあそこに居合わせたのは本当に偶然だったんだよ? そもそも君たちのことを知ったのさえあの時が初めてだったんだから」
確かに小春先輩にとって屋上がお気に入りの場所であるということも先日聞いたばかりだ。
それを知らずに屋上であんな話をしていた僕たちにも責任がないとは言い切れない。
「それで今日は何の――――」
――話ですかと聞こうとした時、唐突に僕のお腹が鳴る。
さすがに小春先輩もそれは予想していなかったのか、目をぱちくりさせている。
恥ずかしい。
「お腹空いてるの?」
「ちょ、ちょっと事情があってお昼ご飯がほとんど食べられなくて」
その事情というのは主に柊木さんの弁当が原因なのだけど。
購買に行こうにもお腹の調子が悪かったので、あの時はあれ以上何かを食べる気にもなれなかったのだ。
しかしどうやら今になってそのツケが回ってきたらしい。
「これで良ければ食べる?」
「え、これって」
これ以上鳴らないようにお腹を押さえる僕に、小春先輩が差し出してきたのはパンといちご牛乳。
まさに王道的な組み合わせだが、問題はそこではない。
「どっちも私の食べかけと飲みかけ、ってことになっちゃうけど」
そう。
パンは既に開封済み、そしていちご牛乳にはストローが刺さっているのである。
「因みにパンは手でちぎって食べたから安心していいよ? あ、それとも普通に食べてた方が良かったかな?」
「べべべ別にそんなことはないですよ?」
図星を突かれて焦る僕。
しかし魔王たる者、こんなことで動揺するわけにはいかない。
僕は出来る限り平静を装って、パンといちご牛乳を受け取ろうと手を伸ばす。
だがそこで小春先輩がニヤリと笑ったかと思うと、突然差し出してきていた手を引っ込める。
「やっぱり最後に一口もらっちゃおうかなぁー?」
そしてそんなことを口走ったかと思うと、おもむろにパンを一口齧る。
それからいちご牛乳を同じように一口だけ飲むと、今度こそ僕にそれを差し出してくる。
「え、えっと……」
「私はもういいから遠慮せずに食べてねっ」
満面の笑みを向けてくる小春先輩だが、心の中では一体どんなことを考えているのか。
べ、別に僕だって間接キスとかを今更気にするタイプではない。
中学の頃にも男子たちと飲み物を回し飲みした経験だってあるし、相手の見た目が少しばかり変わったくらい全然余裕だろう。
そう思っていた僕だったのだが……。
あれだ、うん。
やっぱり目の前で口を付けられたもの、というのは相応の破壊力があるらしい。
パンには先輩の噛んだ痕が残っているし、ストローの先には僅かに先輩の唇についているリップクリームの痕まである。
一度それを見てしまった以上、見て見ぬふりというのは男としてすることが出来ない。
「あれ、食べないのー?」
固まる僕の顔を覗き込んでくる先輩はどこか楽しそうだ。
正直、先輩の掌の上で転がされている感が半端ない。
さすが小春先輩というべきなのだろうか。
しかしこれ以上、先輩の思惑通りの反応をするのは僕としても気に入らない。
「も、もちろん食べますよ?」
僕は意を決して、パンを齧る。
あえて先輩が食べたところを、とかは全く考えていなかったのだが偶然にも同じ場所を食べてしまった。
偶然ってすごいなー。
続いていちご牛乳。
難易度的な話をするのであれば、正直パンよりも全然余裕だ。
変に意識しないように一気に飲む。
うん、美味しい。
「ご、ごちそうさまでした」
まだいちご牛乳は残っているがとりあえずパンの方は全て食べ終えたので、またお腹が鳴ることはないだろう。
しかし最初の一歩を踏み出してしまえば、後は意外にすんなり行けた。
とはいえ恥ずかしさが全くないといえばそうでもない。
僕は僅かに気まずさを感じながら先輩にお礼を言う。
「どういたしまして」
そんな僕に先輩は背中の方で手を組みながら笑顔を浮かべてくる。
もっと悔しそうな顔をしたりするかとも思ったが全然そんなことは無かった。
「そ、それじゃあ改めて今日僕をここに呼んだのは――っ!?」
お腹もある程度は膨れたのでそろそろ本題に行こうとした時、急に小春先輩が距離を縮めてくる。
あまりに唐突だったので、僕はびっくりして後退る。
「あれ、そんな反応しちゃうんだ」
「い、いや別に……」
僕の反応が意外だったらしい小春先輩が面白くなさそうに言ってくる。
とはいえ僕もこんな反応をするつもりはなかった。
ただやはり無意識の内に小春先輩が”聖女”であることを強く認識しているのかもしれない。
それに聞くところによれば小春先輩は普段からたくさんの男たちと遊んだり、素行の悪さが目立っているらしい。
柊木さんからも「油断しないでくださいね!」と何度も強く念押しされている。
ただ小春先輩がそんなに悪い人じゃないんじゃないか、と思う自分がいることも確かだ。
そもそも小春先輩のそういう姿を見ていないことが大きな原因なのだろうが、それ以上に普通に先輩が優しい。
さっきだってお腹を鳴らした僕に結果的にはパンと飲み物をくれたわけだし、やはり僕にはどうも先輩が悪い人には思えない。
「もしかして私のこと、あの子から何か聞いた?」
「じゅ、授業をサボったり色んな男の人と遊んでる、って」
「んー、まああながち間違いではないかな。実際、あんまり授業には出てないし、男友達も多いし」
しかし先輩はその噂を否定しない。
そのことに僕は少し残念なような、形容しがたい気持ちになった。
そんな気持ちを飲みこむように、僕は残っていたいちご牛乳を飲み干す。
「でも私、処女よ?」
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