第16話 弁当
「も、もしかして柊木さんが作ったの?」
僕は差し出された弁当箱を見ながら尋ねる。
「お、お母さんに『サキュバスなんだから男を落とすためのテクニックをもっと磨きなさい!』と言われてしまって」
「な、なるほど」
確かにどう見てもサキュバスというよりは聖女な柊木さんを見れば、お母さんが心配するのも分かる。
僕は柊木さんに勧められるがままに、弁当箱を開ける。
そしてその時点で「あ、これやばい」と気付いてしまった。
何というか、独創的というか。
これまでに僕が見たことのない色の食材が並んでいる。
「ひ、柊木さんってもしかして料理苦手だったりする?」
「……あまり得意ではないですね」
そう言う柊木さんは僕から目を逸らすので必死だ。
どうやら自分の料理の腕前くらいは理解してくれているらしい。
正直それだけでも世の中のとんでも料理を作る女の子たちに比べたら雲泥の差だろう。
しかし問題はそこではない。
今一番に考えなければならないのは、この弁当をどうするかということである。
「因みにだけど、味見とかって」
「……お母さんに止められたので」
つまりしていない、ということですね。
分かりました、はい。
「お、お母さん曰く『愛さえあれば何とでも!』ということだったので」
お母さん、それは親としてあまりにも無責任な発言ではないだろうか。
そんな考えでこんな危険物を作らせていいことにはならないはずだ。
「わ、私も出来る限り愛情を込めて作ったんですよ……?」
上目遣いで小首を傾げる柊木さんの言葉に想像してみる。
朝早起きをして僕のために頑張って弁当を作る柊木さんの姿。
……確かに、ちょっとだけどうにかなるような気がしてきた。
「で、でもやっぱりこんなの食べられないですよね」
「待って!」
なかなか動かない僕の手から弁当を取り下げようとした柊木さんを止める。
「誰も食べないなんて言ってないでしょ?」
「こ、これを食べるんですか?」
「……もちろん食べるよ?」
一瞬だけ自分の中の何かが「やめろ! 死ぬぞ!」と叫んだような気がするが、よく考えてみれば女の子に弁当を作って来てもらったのなんか初めてだ。
しかも弁当を作って来てくれたのは男子の憧れ、柊木さんだ。
それを「ちょっと危険物」だからと言って、みすみす手放していいわけがない。
「い、いただきます」
まず最初に選んだのは、恐らく卵焼きだろう固形物。
ただ焦げのせいで真っ黒なので正直あまり自信はない。
満を持して、それを口の中に放り込む。
それを数度咀嚼し、飲みこむ。
「…………」
そして僕はそっと箸を置いた。
「あ、朝野くん?」
柊木さんの僕を心配する声が遠くで聞こえる。
しかしそれも次第に聞こえなくなり、僕の視界は暗くなり始める。
そしてその中で僕は悟った。
愛は世界を救うのかもしれない。
でもどうやら僕のことは救ってくれなかったらしい、と。
◇ ◇
「うぅ、気持ち悪い……」
放課後、僕はお腹をさすりながら昇降口へやって来る。
昼休みに柊木さんの弁当を食べてからというもの、ずっと調子が悪かった。
そのせいで、というかそのお陰で午後の授業にいつも襲ってくる睡魔も鳴りを潜めており、勇者に晒されることもなかった。
因みにあの後、意外に早く目を覚ましたのだがやはりあれ以上毒物を食べることは出来なかった。
せっかく作ってもらったものを残すのは忍びなかったが、もう少し料理の腕を鍛えてからまた作って来てほしい。
それから柊木さんには再度、小春先輩に対する注意も受けた。
『あの人には出来るだけ近づかないようにしてください!』
何度も念押ししてきた柊木さんの勢いに押されてあの時は素直に頷いたが、やはり小春先輩がそんな悪い人なのかどうかは疑問が残る。
とはいえ僕がどうこう言ったところで、学年の違う先輩と何度も顔を合わせるなんて偶然はそうあることではないだろう。
そう思っていた僕だったのだが……。
『君とあの女の子の秘密をバラされたくなかったら、屋上まで来てね♪ 小春』
柊木さん、ごめんなさい。
どうやら早速、言いつけを破ってしまうようです。
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