第15話 提案


「だって朝野くんは魔王様だもんね」


 笑みを浮かべる小春先輩の言葉に僕は固まる。

 どうしてそれを先輩が知っているのか。


 ……いや、まだ今回のも先輩の悪い冗談という可能性だってある。


 しかしもし小春先輩が冗談で言っているとして、本物の魔王である僕に「魔王様だもんね」なんて偶然が果たしてあるだろうか。

 さすがにそんな可能性は考えにくい。


 前提として学校で僕が魔王であるということを知っているのは先日お互いの正体を明かした柊木さんただ一人。

 僕が話していないのだから消去法でいけば、先輩に僕のことを話したのは柊木さんということになる。

 しかし柊木さんがそんなことをするとは思えない。


 だがだとすれば、ますます小春先輩が僕の正体を知っている説明が出来ない。


「心配しなくても大丈夫だよ? さっきも言ったけど、聖女だからって何かをするわけじゃないんだから」


 警戒する僕に、小春先輩が微笑んでくる。

 しかし今はそれさえも胡散臭く感じてしまう。

 そんな僕の反応がお気に召さなかったのか、先輩は「もぉー本当なのにー」と頬を膨らます。


「大体、私には魔族とかに対する興味がそもそもないんだからね?」


「興味がない、ですか……?」


 確かにそう言う小春先輩の口調からは、それが嘘であるようには思えない。

 ただ小春先輩だから本心を隠すのが上手いだけという可能性だって全然考えられる。


「あ、でも」


 そこでふと思い出したように小春先輩が呟いたかと思うと、突然、僕との距離を詰めてくる。

 咄嗟のことで動けず固まる僕にそのまま抱き着いてくる小春先輩。

 慌てて離れようとしても背中に腕を回されているせいで、逃げることも出来ない。


 更に先輩は、固まって動けない僕に顔を寄せてくる。


「”魔王”と”聖女”のコンビって案外いいと思わない?」


「っ……!?」


 耳元で囁かれる魅惑の言葉。

 だがそれ以上に、押し当てられる胸の感触が半端ない。

 とはいえそれを指摘したところでどうにかなるとも思えない。


 例えばどこぞのラノベの主人公やヒロインならば、


『む、胸が当たってるんだけど』


『っ……! ご、ごめんなさい……っ』


 などというやりとりが一般的だろう。


 しかし僕がラノベの主人公よろしく、


「む、胸が当たってるんですけど」


 と指摘したとしよう。

 それに対する小春先輩の返事はこうだ。


「当ててるのよ」


 つまり今僕が出来ることといえば、先輩が自ら押し当ててくれている胸の感触を存分に味わう、ただそれだけ。

 そう、これは仕方ないことなのである。

 仕方ないことなのである!!!!(大事なことなので二回言いました)




「何、してるんですか?」




 その時、絶対零度の声が響く。


 きっと疲労やストレスによる幻聴だろう。

 ここにいるはずのない人の声が聞こえてきたような気がする。

 最近やけにたくさん声を聞いている柊木真冬嬢の声だ。


「ひ、柊木さん」


 ……そりゃあいるよね。


 薄々ではあるが、気付いてはいたのだ。

 多分今のは幻聴なんかじゃないんだろうなぁ、と。

 それでも一縷の望みをかけて、声のした方を見た結果。


 般若はんにゃがいました。


「あれ、あなたはこの前の清楚ビッチちゃん」


「ビッ……!?」


 そして火に油を注ぐものが一人。

 案の定、柊木さんがこれまで見たことがないような顔になっている。


 しかし柊木さんはそれに相手することなく、僕たちの方へと向かってくる。

 そして未だに抱き着かれたままだった僕を強引に引き寄せ、先輩と引き離す。

 普段とはあまりにかけ離れた柊木さんの様子に、先輩の胸の感触を名残惜しむことすら出来ない。


「こんなところで一体何をしているんですか」


 僕を先輩から遠ざけるように自分の後ろの方にやると、柊木さんは先輩と対峙する。


「何って聞かれても、何してたんだっけ?」


 そこで僕に聞いてくるあたり、小春先輩の精神はどれだけ図太いのか聞きたくなる。

 そして柊木さんも僕を睨んでくるのは止めてほしい。


「朝野くん、行きますよ!」


 これ以上は埒が明かないと思ったのか、柊木さんは僕の手を握る。

 有無を言わさない口調の柊木さんに手を引かれ、僕は先輩に何を言う間もなく屋上を後にした。






「あんなところで何をしていたんですか!?」


 中庭まで引っ張って来られた僕は、開口一番に柊木さんにそう言われる。


「誰かに見られでもしたらどうするつもりだったんですか!」


 どうして柊木さんがそんなに怒っているのかとか、昨日の柊木さんとも似たようなことがあったようなとか、火に油を注ぐようなことは自重する。

 実際、あのシーンを見られたのが柊木さんじゃなければ言い訳できなかっただろうし少しは反省しなければいけない。

 もちろん後悔などはしていないのだけど。


「あの人、東雲先輩っていうんですよね?」


「あれ、柊木さんって小春先輩のこと知ってたの?」


「く、詳しいわけではないですが、あの人は学校でもそれなりに有名ですから」


「有名? 小春先輩が?」


 僕は思わず首を傾げる。

 少なくとも僕は小春先輩の噂などは一度も聞いたことがなかった。

 まあ学年が違うから、きっとそのせいだろう。


「といっても悪い意味で有名なんですけどね。遅刻欠席や授業をサボったりするのはいつものことで、普段からたくさんの男子たちと遊んでいる、と素行の悪さがかなり目立っているそうです」


「そ、そうなんだ」


 柊木さんの話だけを聞けば確かにあまり良い人という印象は持つことが出来ないだろう。

 それに外見だけで人を判断するわけでは無いが、男慣れしてそうな先輩の行動を今しがた身をもって体験している以上、その話が全く信憑性がないとも言い難い。


「……でも、あまり悪い人にも思えなかったんだよなぁ」


 ほとんど愚痴に近い僕の話も最後まで聞いてくれたし、僕の失礼な言動をいくつも水に流してくれた。

 そういうのを考えても、やはり柊木さんの言うほど酷い人ではないように思える。


 とはいえ抱き着かれている現場を柊木さんに見られてしまっている以上、変に反論なんかしたらまた怒られてしまうかもしれない。

 今は出来るだけ柊木さんを刺激するようなことは言わない方がいいだろう。

 小春先輩が”聖女”だということも、別の機会を探すとしよう。


「それにしても柊木さんはどうして屋上なんかに?」


「そ、それは……」


 ふと気になったことを聞くと、一体どこに隠し持っていたのか後ろの方から何やら取り出す。


「じ、実はこれを朝野くんに渡そうと思って探していたんですけど……」


 そう言いながら遠慮がちに柊木さんが差し出してきたのは、見間違えようのないまでに弁当箱だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る