第9話 もう一回


「も、もう一回ですか……?」


 明らかに戸惑った様子の柊木さん。

 だが僕は止まらない!


「もう一回だよ! 柊木さん!」


「で、でももう能力は試しましたし……」


 やはり柊木さんもサキュバスの能力を使うことに抵抗があるのだろう。

 しかしそれでも僕は止まるわけにはいかない!


「その”魅了”って本当に全力でやってたの?」


「ぜ、全力ですか? そ、それは出来る限りの能力は使ったつもりですけど」


「それじゃだめだよ!」


「だ、だめなんですか……?」


「全然だめだね!」


 もう0点だよ! と僕は柊木さんに指を突きつける。


「ど、どこが駄目なんでしょうか?」


 しかし僕の言っていることが分からない柊木さんは、遠慮がちに聞いてくる。


「柊木さんは能力に頼りすぎなんだよ!」


「た、頼りすぎ?」


「もしかして柊木さんは自分には能力があるからサキュバスなんだとか思ってるんじゃないの?」


「ち、違うんですか?」


 予想通りの反応に思わず大きなため息を吐く。


「柊木さんがサキュバスだから”魅了”の能力があるんでしょ!」


「っ……!」


 柊木さんが目を見開く。

 どうやら僕の言いたいことが少しは分かってくれたらしい。


「確かにサキュバスの能力は凄いものだと思うけど、だからってその能力に頼りすぎちゃだめだよ! あくまで能力はサキュバスである柊木さんの一部でしかないんだから!」


 まあこんなのはただの建前に過ぎないんだけど。

 本当に僕が柊木さんに伝えたいことは――。


「サキュバスならもっと自分の身体を使って誘惑しなくちゃいけないでしょ!?」


「……っ!」


 まあぶっちゃけると、ただ柊木さんに誘惑されてみたいだけである。


「わ、分かりました! もう一回、今度はサキュバスとして全力で朝野くんを誘惑してみせます!」


「ばっちこい!」


 そんな僕の思惑など露知らず、柊木さんはどうやら覚悟を決めたらしい。


「……っ!」


 とはいえやはりこれまで清楚なイメージを守ってきた柊木さんがすぐに淫乱なサキュバスになれるかと聞かれれば、とてもじゃないが無理だろう。

 しかしそんなことは僕だって百も承知。


 けどそれでもいい。

 皆の憧れ、清楚で綺麗な柊木さんが顔を赤らめながら一生懸命に誘惑してくれる。

 それだけでご飯三杯は軽くいける。


 さっきと言ってることが違うって?

 男なんて、そんなもんだろ?


「い、いきます!」


 満を持して、柊木さんが胸元に手を伸ばす。

 そしてボタンを一つ――外した。


 とは言っても胸元のボタン二つは既にさっき柊木さんが外していたので、実質、柊木さんは三つのボタンを外したことになる。


「あ、あの、どうですか……?」


「ど、どうって言われても……」


 三つ目のボタンまで外された制服のシャツからは、僅かに柊木さんの下着が見え隠れしている。

 恐らくそれさえも、学校の男子たちは誰一人として見たことがないのだろう。

 当然だが僕も初めて見た。

 パステルピンクを基調に、レースの装飾をされた柊木さんの下着が強制的に脳内に保存されていく。


「や、やっぱりこれくらいじゃ全然足りませんよね……」


 僕が今見えているだけの柊木さんの下着を目に焼き付けていると、止まっていたはずの柊木さんの手が再び動き始める。

 そしてそのまま四つ目、五つ目、六つ目――と外していき、遂には全部のボタンを外しきってしまった。


 そうなれば当然、これまで隠れていた部分も全て露になるわけで……。


「こ、こんな感じでしょうか……?」


「っ……!」


 目の前の光景に、思わず喉を鳴らす。


 柊木さんは今、散々僕に「貧乳!」と馬鹿にされてきたその胸を自分の腕で精いっぱい寄せて上げていた。

 その結果、そこには小さいながらも確かに谷間が出来ている。


 しかしやはり恥ずかしいのだろう。

 柊木さんはこれ以上ないくらいに真っ赤だ。

 だがまたそれがいい! 堪らない!


 とはいえ、さすがにそろそろ罪悪感というものが少なからず生まれてきた。

 恐らく柊木さんは今も能力を使って、僕を魅了しようとしているのだろう。

 しかし僕にはそんな気配は一切感じ取ることが出来ない。

 やはり僕に柊木さんの能力は効かないのだ。


 それが分かった以上、これ以上柊木さんにこんなことをさせるのはまずい。

 何がまずいかって、単に僕の理性がもうそろそろ限界なのである。


 僕だって魔王という点を除けば、ただの男子高校生。

 しかも人並み以上にはそういうことに興味があるつもりだ。

 そんな僕の目の前で柊木さんがこんな格好をして、今僕が襲いかかってないことの方が奇跡と言えるだろう。

 まあどうして襲っていないのかといえば、予想以上に柊木さんの谷間が衝撃的で固まってしまったのである。


 だがこれ以上、柊木さんを見続けてしまえば我慢できる自信などない。

 というかむしろ既に我慢したくない。


 しかし柊木さんは、せっかく見つけた僕と同じ立場の人。

 そんな人から幻滅されてしまうようなことだけは避けなければいけない。


「ひ、柊木さんもう――」


 ――——十分だよ、と伝えようとした時、柊木さんがそれを遮るように口を開く。


「ス、スカートの中、見たくありませんか……っ?」


「み……っ!?」


 思わず「見たいです!」と叫びそうになるのを何とか耐える。

 そして現在の状況を何とか把握する。


 どうやら柊木さんは僕がずっと黙っているのを、まだ満足していないようだ、と判断してしまったらしい。

 そんなわけない。

 もう大満足である。


 しかし既に柊木さんはスカートに手を伸ばし、今も少しずつ裾をたくし上げている。

 このまま行けば本当に、柊木さんのスカートの中――つまりパンツが見えてしまう。


 そんなことになったら、まず間違いなく僕の理性は崩壊するだろう。

 そして柊木さんに襲いかかって、結果嫌われる――という未来まで見えてしまった。


 これは本当にまずい。

 自分で作りだした状況とはいえ、さすがにこれ以上はR18的展開になってしまう。


「ひ、柊木さん、さすがにそれは他の人とかが来た時に言い訳できないんじゃ」


 ブラジャーが完璧に見えてしまっている時点でもはや言い訳の余地などないのだが、そんな小さなことを気にしている暇はない。

 何としてでも柊木さんを止めないと……。


「大丈夫ですよ。こんな放課後に屋上なんて来る人誰もいませんよ」


「うっ……」


 確かに僕もその通りだと思う。

 だからこそ僕も柊木さんを屋上に呼び出したのだ。


「そ、それにほら、やっぱり柊木さんには魅了されないみたいだし……」


「……じゃあ、最後にスカートの中だけ覗いて終わりにしましょうか。そうしたら私も諦められますし」


 そう言う柊木さんの目は据わっている。

 もしかしたら誘惑する内に、サキュバスとしての本能に目覚め始めてしまったのかもしれない。


 どんどん追い詰められていっている状況に、思わず冷や汗が流れる。


 柊木さんはスカートの中を見せたら終わりだと思ってるのかもしれないが、実際はそこで終われるはずがない。

 僕だって見て終われるなら見る。

 がん見してやるさ。

 でも一度見てしまったらもう止まれない。

 だから僕は必死に、今も尚スカートの裾をたくし上げる柊木さんを止めようとしているのだ。


「で、でも柊木さんだってこんなことで僕なんかにスカートの中を見せたくないでしょ?」


 こうなったら最終手段だ。

 そう、自虐ネタである。

 ここで頷かれたら一週間くらい立ち直れないかもしれないが、この先ずっと柊木さんに幻滅される生活を送ることを考えれば安い代償だろう。


 これで今回の問題も解決。

 そう思ってた時期が僕にもありました。




「朝野くんなら、見てもいいんですよ……?」

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