第8話 サキュバスの能力


「あ、あのー」


「…………」


「そ、そんなきょとんとした顔されたら、こっちが恥ずかしくて死にそうなんだけど!?」


 満を持して魔王宣言をした僕だったが、盛り上がるだろうという予想に反して、柊木さんは全くと言っていいほどの無反応だった。

あまりの無反応ぶりに、今更ながら「魔王だ!」なんて痛いことを言ってしまったことが精神を抉っていく。


 ちょっとでも「魔王ってことはひょっとして魔族ハーレムとか出来るんじゃね!?」とか思っていた過去の自分を殴りたい。

 もしかしなくても完璧に柊木さんから痛い子認定されてしまったではないか。

 これは本当に屋上からダイブする時がやって来たのかもしれない。


 そんなことを考えていると、我に返ったらしい柊木さんが謝って来る。


「す、すみません。ちょっと理解するのに時間がかかってしまいまして」


「あ、なんか僕の方こそごめん。変なテンションで」


 家族以外に魔王云々について話せる相手が初めてだったこともあって妙にテンションが上がってしまっていた。

 ともあれ、決め台詞の後にお互いが謝罪し合うというおかしな雰囲気のままで話は進んでいく。


「えっと、朝野くんは魔王様なんですか?」


「まあそういうことにはなってるけど、様付けされるほど大層なものでもないというか……」


 実際僕なんて、つい半年前までは本当にただの一般人だったのだ。

 魔王としての風格や威厳などもなければ、魔王らしいことすら全くやっていない。

 むしろ今だって、魔王とは名ばかりの平凡で無害な男子高校生だと言っても過言ではないだろう。


「あの一つ気になったんですけど、”魔王”は魔族には含まれないんですか?」


「ぼ、僕の中ではちょっと違うというか何というか……」


 本当は柊木さんを驚かせるために言っただけなのだが、後が怖いので曖昧に誤魔化す。

 人が良い柊木さんはそんな僕の嘘をあっさりと信じる。


「でも何にせよ、朝野くんは私と同じ側の人間なんですよね?」


「まあ一人はサキュバスで、もう一人は魔王だけどね。立場は同じということで」


「そ、そうですね! 同じ立場ですっ」


 何がそんなに嬉しいのか興奮したように何度も頷く柊木さん。

 そんな柊木さんに僕は一つ気になったことを尋ねる。


「そういえば僕が魔族だと思ったのは、やっぱり勇者――三奈野さんのせい?」


 僕を魔族だと思うような要因はやはりそれくらいしかないだろう。

 そう思っていた僕の予想に反して、柊木さんが首を横に振る。


「もちろんそれもありますが、最初に違和感を感じたのはそれじゃありません」


「ち、違うの?」


 やっぱり僕の気付かないところで、魔族っぽさが溢れていたのだろうか。

 だがそれが一体何なのか分からない。

 匂いは違うようだし、もしかしたら僕の何気ない行動が魔族らしさをアピールしているのだろうか。

 だとしたら一刻も早くそれを教えてもらわなければ、改善することさえ出来やしない。


「ぼ、僕のどこあたりが魔族っぽかった?」


「ま、魔族っぽさ、ですか?」


「だって柊木さんは僕の溢れ出る魔族っぽさを感じたから、僕が魔族だと思ったんじゃないの?」


「ち、違います。そんな溢れ出たりしてませんから」


 僕の言葉がおかしかったのか、吹き出しそうになるのを必死に堪える柊木さんの肩は僅かに震えている。


「そもそも朝野くんは、サキュバスの能力を知っていますか?」


「サキュバスの能力?」


 言われてふと考えてみる。

 やはりサキュバスと言えば、お色気とかそういったイメージが強い。

 ただそうは言っても胸無しの柊木さんのことを考えると、あまり効果が無いようにも思える。


「”魅了”です」


「み、魅了?」


「この能力を使われた人間はよほど強靭な精神の持ち主でもなければ、たちまちサキュバスの虜になってしまいます」


 柊木さんの言葉に思わず喉を鳴らす。

 ぶっちゃけて言えば、正にサキュバスの能力にぴったりだと思ってしまったのだ。

 むしろ変に考えすぎていたことが馬鹿らしくも感じる。


「でもそれって結構凄い能力のような気がするんだけど」


 もし僕がそんな能力を持っていたら、気に入った女の子たちにどんどん使ってしまうだろう。

 そして夜な夜な……おっとこれ以上は言えない。


「確かに使い方次第では色んなことが出来ると思います」


 僕の言葉に柊木さんが頷く。

 しかしその表情は誇らしそうでも何でもなく、どこか陰りが見える。


「ただ一つ問題があるんです」


 そして柊木さんは顔を伏せながら言う。


「私の意図していないタイミングで、能力が発動しちゃうんです」


「え……」


 思わず唖然とする。

 それだけ柊木さんの言葉が衝撃的だったのだ。


「朝野くんは昨日、三奈野さんが叫んだ時のことを覚えていますか?」


「う、うん。覚えてるよ」


 あの時のことは僕もいつも以上によく覚えている。

 というのも、昨日は普段とは違うことがたくさんありすぎたのだ。

 柊木さんが居眠りしたり、授業が中断したり。

 そこでふと気付く。


「も、もしかして男子たちの視線が柊木さんに集まってたのって」


「そうです。居眠りとかしちゃうと無意識の内に”魅了”しちゃうみたいで……」


「い、居眠り……」


 僕も居眠りしている時に魔力が漏れ出るが、柊木さんもそれと同じような感じなのだろうか。


「もしあの時、三奈野さんが叫んでくれてなかったらどうなっていたか分かりません」


「そ、そんなに?」


「サキュバスの能力は加減を間違えばそれだけ厄介なんです」


 それは柊木さんの顔が曇るのも無理はない。

 確かにあの時の男子たちの柊木さんを見る視線には、並々ならない雰囲気を感じた。

 それこそ今にも柊木さんに襲いかかるような、鬼気迫るものだったような気がする。


 居眠りしただけでそんな状況になってしまうと考えたら、身震いしてしまう。


「……でもやっぱり朝野くんが魅了されないのって、魔王だからなんでしょうか?」


「た、たぶんそうだと思うけど」


 言外に「お前が強靭な精神の持ち主なはずがない」と言われているような気がしないでもないが、あの柊木さんがそんなことを思っているはずがないだろう。


「あ、もしかしてそれが僕が魔族なんじゃないかって思った理由?」


「はい。実を言うと前に朝野くんに魔族か聞いた時にも、能力を使っていたんです」


「え、前って言うと昨日の朝?」


「その時は無意識とかじゃなくて、ちゃんと自分の意思で能力を使ったんですよ?」


 まさかあの時にそんなことをされているとは露も知らなかった。

 どうやら本当に僕にサキュバスの能力は効かないらしい。

 まあまだ僕の中では柊木さんの胸に何の魅力も無かっただけなのでは、という疑惑がないこともないのだが、今は言わないでおこう。


「でももしその時、僕が魅了されてたらどうするつもりだったの?」


「そ、それは……」


 僕の言葉に焦りの色を見せる柊木さん。

 しかしすぐに意思の籠った視線をこちらに向けてくる。


「あ、あの時はサキュバスの能力だって自分の意思で使ったわけですから、もちろん責任はちゃんと取るつもりでしたよ……?」


 とはいえさすがに少しは恥ずかしかったのか、僅かに頬が朱に染まっている。

 しかし僕はと言えば、正直そんなことに気を取られている暇はなかった。


「せ、責任はちゃんと取る……?」


 つまり、もし僕があの時大人しく柊木さんに魅了されていれば、僕の荒ぶるリビドーを柊木さんがあの手この手で鎮めてくれたということだろうか。

 今みたいに恥じらいの顔を浮かべながら、それでも一生懸命、自分の責任を果たそうと……。


 そんな、そんな……っ。


「柊木さん、僕をもう一回だけ魅了してくれないかな!?」

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