第7話 秘密


「柊木さんって、魔族だよね?」


 僕と柊木さんの視線が重なる。

 お互いに決して逸らすことなく、相手の出方を見ている。


 そしてしばらくそれを続けた後、ようやく柊木さんが観念したように大きく息を吐く。


「バレてしまっては仕方がありませんね」


「じゃあやっぱり……」


「はい、私は魔族です」


 柊木さんが頷いたのを見て、僕はやっと一安心することが出来た。

 もしここで柊木さんに「ま、魔族って何ですか? ちょ、ちょっと気持ち悪いんで近付いてほしくないんですけど……」なんて反応をされていたら、思わず屋上からダイブしてしまうところだった。


「因みに柊木さんは何の種族なの?」


「……む、夢魔族です」


「夢魔族? 何それ?」


「そ、それは……」


 僕の質問に口ごもる柊木さん。

 どうやらあまり言いたくないことなのか、頬を赤く染めている。

 しかし僕が逃がしてくれないと悟ったのか、蚊の鳴くような声で呟く。


「……俗に、サキュバスとかって言われている種族です」


「…………」


 耳まで真っ赤にしながら顔を俯ける柊木さんと、固まる僕。

 そりゃあ固まるよ。

 だってサキュバスだよ、サキュバス。


「そ、それってゲームとかでよく見るサキュバスのイメージで間違ってない?」


「……多分、それで合ってると思います」


 恥ずかしさがもはや限界なのか、よく見れば肩がぷるぷる震えている。

 しかし僕はそれ以上の衝撃を受けていた。


「……なんてこった」


 サキュバス。

 男なら一度はその存在を夢見たことがあるだろう。

 夢の中の世界で男たちの醜い願望を叶えてくれるだけでなく、自らもまた男の情熱の源となる彼女たちは、まさに全ての男たちにとっての夢と希望そのものだ。


「なのにどうして柊木さんの胸はまっ平なんだ……ッ!!」


「えぇっ!?」


 僕の魂の叫びに、柊木さんが驚いたように声をあげる。

 しかし僕は許せなかった。


「普通サキュバスって言ったら、ボンキュッボンなお姉さんって相場が決まってるんだよ!」


 柊木さんはクラスメイト、つまり同い年だ。

 その時点で僕の中でのお姉さん要素はほとんどないに等しい。

 そしてもう一つ、ほとんど無いに等しいのが柊木さんの胸。

 柊木さんは、清楚で可愛いクラスメイトとしてであれば間違いなく百点満点だろう。

 だがしかし――。


「サキュバスとしては0点だよ!」


 がっかりにも程がある。


「仮にもサキュバスを名乗るなら、まずその胸元まできっちり留められたボタンを幾つか外してから出直してこい!」


 そこまで言い切った僕は、満足して膝をつく。

 そしてそのまま地面に頭を擦りつけた。


「すみませんでした――っ!!!」


 そう、土下座である。


 さすがの僕も言っている途中に「あ、やばい」くらいは感じていたのだ。

 だがやはり自分の気持ちに嘘は吐けなかった。

 しかし憧れの柊木さんをひどく罵倒してしまったのは変えようのない事実。

 謝って済まされることではないと分かっているが、それ以上に柊木さんが今どんな表情をしているかを見たくない。


「…………」


 だがいくら待っても、柊木さんの反応がない。

 さすがにおかしいと思った僕は、恐る恐る顔を上げる。


「……柊木さん、何やってるの」


「な、何がですか? 別に何もしてませんけど?」


「いや、だって……」


 視線をあげた先で、柊木さんが不自然に身体をくねくねさせている。

 更によく見てみれば、さっきまできっちり留められていたはずのボタンが上二つだけ外れている。


「……ごめん、柊木さん。僕が間違ってたよ」


「そ、そうでしょう? 私だってやれば出来――」


「ボタンを幾つか外したところで、意味なんてなかったんだ……!!」


 ボタンを幾つか外した女の子が大胆に見えるのは、そこに谷間という絶景を見ることが出来るからだ。

 だが柊木さんにはそれがない!


「だって柊木さんには胸がな――ぶべしっ!?」


 突然、僕の顔に何かがぶち当たる。

 ひしひしと痛みを感じながら「な、何が……」と見てみると、近くに鞄が落ちている。

 どうやら柊木さんが勢いよく投げてきたらしい。


「わ、私だって自分がサキュバスらしくないのは分かってるんですから、そんなに何度も言わないでください!」


 顔を真っ赤に染めながら、無い胸を手で隠す柊木さん。

 そういう仕草もまたサキュバスとは程遠いのだが、これ以上刺激したら次は何が飛んでくるか分からない。


「そんなことよりも朝野くん!」


「は、はい!」


 いつ何が飛んできてもいいように構えていた僕だったが、どうやら杞憂だったらしい。

 柊木さんは出来るだけ早く話題を変えたいとばかりに捲し立てる。

 ただ未だにその頬はほんのりと赤い。


「やっぱり朝野くんも魔族だったんですね!」


「は、はい?」


 突然の言葉に、思わず戸惑う。


「今朝、私聞きましたよね? 『朝野くんって、本当に魔族なんですか?』って」


 それはさすがに僕も覚えている。

 特にその台詞に関しては、柊木さんらしからぬ発言に驚かされて強く印象に残っていた。


「朝野くんが魔族だから、私が同じ魔族だってことに気付いたんですよね?」


「いや、違うけど」


「ええっ!?」


 僕の否定に、これまでにないくらいの声で驚く柊木さん。

 別にそんなに驚くようなことでもないと思うんだけど。


「それに僕は魔族じゃないし」


「ち、違うんですか!?」


「というかいっつも『魔族じゃない!』って否定してるじゃん、僕」


「そ、それは……っ」


 柊木さんも、僕と三奈野さんのやり取りを思い出したのだろう。

 さっきまでの威勢が今では全くなくなってしまい、その目には動揺の色が強く出ている。

 そんな柊木さんに少し意地悪をしたくなってしまうのは、男の子ならば仕方ないことだろう。


「実は勇者と結託して、まるで僕が本当に魔族であるかのように仕向けることで、柊木さんみたいな人をおびき出す作戦だったんだよ」


「なっ……!?」


 僕の台詞がよほど恐ろしいものだったのか、途端に後退る柊木さん。

 可愛い。


「というのは冗談で」


「冗談っ!?」


「僕があの人と何かを上手くやれるわけがないじゃん」


 一方的に魔族呼ばわりしてくる輩と、一体どう仲良くなればいいというのか。

 それにあんなに目立つ行動をする人と関わり合いになるのは御免だ。


「お、驚かせないでください! ほんとに怖かったんですからね!?」


「ご、ごめん。まさかそんなに怖がられるとは思ってなくて」


 いつの間にやら柊木さんは目の端に涙をためて、僕の胸を叩いてくる。


「当たり前じゃないですか! 魔族にとって勇者はまさに天敵みたいな存在なんですから!」


「そ、そうだったんだ」


 まさか勇者がそこまでの存在だったとは。

 どうやら自覚が足りなかったらしい。


「……でも勇者の仲間じゃないっていうことはやっぱり朝野くんは魔族なんですか?」


 落ち着きを取り戻した柊木さんは、改めてさっきの質問をしてくる。

 その目には僅かに期待のようなものが見て取れる。

 しかし僕は首を横に振る。


「残念だけど、僕は魔族じゃないよ」


 僕がそう言った途端、柊木さんの表情に影が差す。

 まさに期待を裏切られたという感じだ。


 だから僕は、そんな柊木さんの落胆を裏切ることにした。




「僕は魔王だ!」

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