第6話 違和感
結局、今朝の柊木さんの様子が何だったのかはまだ分かっていない。
しかし休み時間はいつも女子と話していたり、男子から話しかけられていたりする柊木さんに僕なんかが話しかけるのもおこがましい気がして遠慮していたら、いつの間にか午後になっていた。
「それにしてもやっぱり午後の授業は眠たくなるなぁ……」
お昼ご飯も食べ終わり、窓からは温かい陽が射し込んでくる絶妙な頃合い。
眠たくならない方がおかしいとさえ思える状況に、僕の瞼もだんだんと重たくなってくる。
しかしここで居眠りをしてしまえば、また勇者の策略によって晒し者にされてしまう。
今朝、そのことについて柊木さんと話したばかりのタイミングで、それはさすがに勘弁願いたい。
また何か変な誤解をされてしまう可能性が低くない。
眠気を覚ますのに何かいい方法はないか。
とりあえず自分の頬を抓ったり、手の甲を強くつまんでみたりと試してみたが痛みに反して持続性が全くない。
これではいつかは必ず眠ってしまう。
こういう時はやはり、眠れない原因そのものを見るのがいいのかもしれない。
僕にとって今眠れない原因とは、隣の席の柊木さんだ。
今朝のことさえなければ、居眠りと引き換えに甘んじて晒し者にされよう。
だがそうはいかない手前、柊木さんを少しでも見て、眠れないという状況を再確認する必要がある。
「…………!!」
悪いとは思いつつ、居眠りしないために隣の柊木さんを盗み見る。
しかしそこには予想外の光景が広がっていた。
あの柊木さんが授業中に舟を漕いでいるのである。
横顔から覗くその寝顔を、僕は初めて見た。
まあ人の寝顔なんてそうそう見るようなものではないのだけど、特に柊木さんはそういうことに関してガードが堅いというのか、休み時間なども含めてそもそも学校で眠っている姿を見たことがない。
だからだろうか。
柊木さんの寝顔というのは、やけに新鮮に感じる。
何というか、普段のあまりの完璧ぶりからは窺えない人間らしさが滲み出ている。
つまり何が言いたいかと言うと凄く可愛いということだ。
この光景を出来る限り脳内に保存して――。
「…………ん?」
そう思った時に、ふと違和感を感じた。
授業が止まっている。
これまで黒板に教科書の内容を書いていた教師が、突然その手を止めて一点を見つめている。
その一点とは――柊木さんだ。
このままでは柊木さんが注意されてしまうと思った僕は、柊木さんをゆっくり起こそうとして、もう一つの違和感にも気付く。
クラス中の男子の視線が柊木さんをの方を射抜いている。
というよりも釘付けになっているといった方が正しいだろうか。
とにかくたくさんの視線が居眠りする柊木さんに集中していた。
さすがに何かおかしいと思った僕は、とりあえず柊木さんを起こそうと手を伸ばして――。
「魔の気配がするわ!」
まさかのタイミングでいつものアレがやって来た。
僕は何故か怒られたような気がして、柊木さんに伸ばしていた手を慌てて引っ込める。
「な、なんだ三奈野か。びっくりした」
どうやら三奈野さんの声で我に返ったらしい先生が、軽く三奈野さんを注意して授業が再開する。
気付けば他の男子たちも何やら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながらも、少しずつ授業に意識が戻り始めている。
「もしかしてまた朝野が居眠りでもしてたか?」
「ちょっ、今日は真面目に授業受けてましたから!」
「お、おう、そうか。すまんな」
本当に真面目だったかはさておき、少なくとも今のところは居眠りすることなく授業を受けていた。
危うく冤罪になりかけそうになった分、点数をプラスしてほしいくらいだ。
「……あれ?」
そこで最後の違和感に気付いた。
どうして今、三奈野さんは
母さん曰く、三奈野さんは僕が居眠りした時に漏れ出る魔力を感じ取っているはずだった。
しかしそれではどうして今、三奈野さんがいつものように魔の気配を感じたのか説明出来ない。
むしろ今回居眠りしていたのは僕ではなく、柊木さんの方で――。
「…………」
何気なく隣を見る。
「っ……」
いつも授業を真剣に聞いている柊木さんが、顔を俯けている。
よく見ればその肩は小刻みに震えていた。
明らかに様子がおかしい。
とてもじゃないが、ただ授業中に居眠りしてしまっただけの反応ではない。
『朝野くんって、本当に魔族なんですか?』
その時、僕の頭に今朝の柊木さんの言葉が思い浮かぶ。
普段の柊木さんからは考えられないような質問のはずなのに、やけに真剣な表情で聞いてきた柊木さんを思い出す。
「ま、まさか……」
そこで僕は一つの可能性を導き出す。
しかしその可能性はあまりにも非現実的で、滑稽だ。
もし違ったらそれこそ本当に、柊木さんに幻滅されてしまうかもしれない。
でもその可能性に行きあたってしまった以上、真実を確かめずにはいられない。
だが何をするにしてもやはり準備というものがいる。
とりあえず今日帰ってから、色々と作戦を考えよう。
僕は放課後の過ごし方に思いを馳せながら、残りの授業をほとんど聞き流して過ごした。
◇ ◇
翌日の放課後、僕は屋上で人を待っていた。
時間を指定した手紙は既に相手の手元に届いているので、恐らくもうそろそろ来るはずだ。
ちょうどその時、ガチャリ、という音を立てて屋上の扉が開く。
やって来たのはクラスメイトで隣の席の柊木さんだ。
男子に人気の柊木さんへの呼び出しは、恐らく少なくないだろう。
しかし顔を俯ける柊木さんの様子から、どうやら柊木さんも今回の呼び出しがいつものそれとは違うことを少なからず理解してくれているらしい。
というのも呼び出すにあたって、手紙には時間と、簡潔な用件は既に伝えている。
因みにその手紙に僕の名前は書いていない。
差出人不明の怪しい手紙で無視される可能性はあったが、僕の予想が正しければ柊木さんは今回の手紙を無視することは出来ないはず。
そして案の定、僕の予想通りに柊木さんは指定した時間ぴったりに屋上までやって来たわけである。
柊木さんは今回の呼び出しに対して、よほど緊張しているのか、顔を俯けているだけで僕の存在に気付いている気配はない。
「柊木さん」
「っ! だ、誰ですか……?」
出来るだけ驚かせないようにしたつもりだったが、それでも柊木さんはびくっと肩を揺らす。
更にどうやら夕陽の関係で、僕のことが見辛いらしい。
こちらに向けてくる視線はどこか怯えているようにも見える。
「柊木さん、僕だよ」
「あ、朝野くん?」
柊木さんにも分かるように少しだけ場所を移動してから頷く。
「……もしかして、私をここに呼んだのは朝野くんだったんですか?」
「うん、そうだよ」
「そ、そうですか」
僕の答えに、これまでずっと怯えたような表情だった柊木さんから、僅かに緊張の色が和らいだように見えた。
しかし僕もただ柊木さんと話がしたかったから、屋上に呼び出したわけではない。
そもそも僕にそんなことが出来る度胸もない。
今回は呼び出すだけの理由があったからこそ、こうして柊木さんを手紙で呼び出すことが出来たのだ。
「わざわざ放課後にこんな場所まで来てもらったのは、柊木さんに一つ聞きたいこと……というか確かめたいことがあったからなんだ」
「確かめたいこと、ですか?」
僕は頷く。
ついさっきまでは僕の中で可能性の域を出ていなかったそれは、柊木さんがこの場所に来た時点でほとんど確信に変わった。
だから今からするのは、ただの確認だ。
「柊木さんって――――魔族、だよね?」
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