第5話 柊木さん
「驚かせちゃってごめんなさい……」
「い、いや別に気にしてないよ。大丈夫」
とは言ってみたものの、本当は全然大丈夫じゃない。
何でこんなところに柊木さんがいるのかという疑問と、どうして僕なんかに声をかけてきたのかという二つの疑問が衝撃となって押し寄せてきているところだ。
しかし柊木さんの前でそんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
ただでさえ普段から魔族云々で笑われてしまっているのだ。
こういう時くらいは格好つけなければ採算が取れない。
「それにしても本当に凄いですよね、三奈野さん」
「ま、まあ確かに凄いね」
本当はさっきまで色々と思うところがあったのだが、柊木さんの言葉を否定するわけにはいかない。
「三奈野さんって確かこれまでのテストで全部一位なんだっけ?」
「そうですよ。だから毎回凄いなぁって思ってます」
何の屈託もない様子で微笑を浮かべる柊木さんに、思わず固まる。
僕はそこでようやく目の前にいるのが、男子生徒の憧れである柊木真冬であることを理解した。
ごくりと唾を飲んで、改めて柊木さんのことを見てみる。
綺麗な黒の長髪は大和撫子を連想させ、彼女を象る要因の一つ一つが魅力を引き立てている。
更にその性格は老若男女問わず優しい。
まるで聖女のような人だと思わずにはいられない。
ただ一つだけ彼女の欠点をあげるとするならば、それは彼女が”貧乳”であることくらいだろうか。
しかしそれも人によってはそっちの方が良いと言う人もいるし、ただ僕はあまり貧乳には興味がなかったというだけの話だ。
「……くん? ……のくん? 朝野くん?」
「は、はい! 何でしょうか!」
「い、いや。ぼうっとしてるみたいだったから大丈夫かなと思って」
「だ、大丈夫です!」
その容姿に見惚れていましたなんて言えるわけもなく、僕は気を付けの姿勢で返事をする。
そんな僕の反応がおかしかったのか、教室の時みたいに口元を押さえながら笑いを堪えている柊木さん。
その様子に昨日の失態を思い出した僕は恥ずかしさのあまり、慌てて話題を逸らす。
「三奈野さんもだけど、柊木さんだっていつも成績優秀者に含まれてて凄いよね!」
「わ、私はそんな別に……。ただちょっと運が良かっただけで。それにいつも一位の三奈野さんには敵いませんし……」
「そんなことないよ! そりゃあ確かに毎回一位を取ってる三奈野さんは凄いけど、それ以上に人として、女の子として柊木さんは凄いと思う! ……あ」
一体自分は何を言っているのか。
柊木さんのことを褒めようとするばかり、途中から意味が分からないことを言ってしまっていた。
これでは良いところを見せるどころか、むしろ引かれてしまっても仕方ないくらいだ。
「ほ、本当にそう思いますか……?」
「え?」
しかし僕の予想とは異なり、僅かに頬を朱に染めながら、どこか照れくさそうに聞いてくる柊木さんに僕は固まる。
きっと柊木さんは全く意識していないのだろうが、その上目遣いは反則、レッドカードで一発退場ものだ。
「それともやっぱりお世辞ですか……?」
今度は一変して、悲しそうな表情を浮かべる柊木さんに僕はぶんぶんと首を横に振る。
「柊木さんのことは本当に凄いと思ってるよ! 少なくとも僕の中ではかなり!」
この際行けるところまで行ってしまおうと、半ば自棄になりながらも言ってのける。
それが功を奏したのか、悲しそうだった柊木さんの表情が次第に笑みに変わっていく。
「そう言っていただけると、私も次も頑張ろうって思えます」
そう言いながら拳を握る柊木さんは、やはり可愛い。
そんな柊木さんに思わず鼻の下が伸びてしまいそうになるが、何とか耐える。
しかしこの状態がいつまで持つか分からない以上、かなり残念ではあるが柊木さんとの貴重な時間はこれくらいにしておかなければいけない。
全ては柊木さんの中での僕の印象を守るためだ。
「そ、それじゃあ僕はそろそろ教室に――」
————行くね、と言おうとした時、柊木さんが突然僕の袖を掴んでくる。
「あの、朝野くん」
「な、何?」
一体何事かと思ったが、袖を掴んでくる柊木さんの手を振り払うわけにもいかない。
「朝野くんって、三奈野さんと仲いいですよね」
「いや、そんなことは無いと思うけど……」
どうすれば僕と三奈野さんの仲が良いように見えるのだろうか。
さすがの柊木さんの言葉でもそれは肯定しかねる。
「でも授業中とか一緒に遊んだりしてますし」
「あ、あれは……っ」
もしかして柊木さんは僕と三奈野さんの授業中のやりとりは、仲良く遊んでいるとでも思っているのだろうか。
そして今回は遠回しに僕を注意しようとしているのだろう。
しかしそれは大きな間違いだ。
「あれは、別に仲が良いとかそういうんじゃなくて僕が一方的に三奈野さんに絡まれているだけなんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。だってそもそも僕から三奈野さんに話しかけたこと自体ないし」
半年間同じクラスだが、少なくとも僕から三奈野さんに関わったことは一度もない。
何か特別に用事でもあれば話は別だが、今のところはそんな用事もないので本当に一度も話しかけたりしたことはないはずだ。
「私はてっきり二人で楽しんでいるのかと……」
「むしろ僕は”魔族”なんて言われて困ってるんだから。そのせいで僕まで変人一味の仲間だと思われてるみたいだし」
「そ、そういえば女子の間でもそういう話を何回か聞いたことがあるような気がします」
「やっぱり……」
ただでさえ結婚相手を探すなんていう無理難題を押し付けられているのに、その上こんな風評被害まで流されては見つかるものも見つからなくなってしまう。
そうでなくてもせめて平穏な学校生活を送れればいいものを、あの勇者様はそれさえも邪魔しているのである。
「でも三奈野さんも初めの頃は一人で何か言うだけだったのに、最近になって急に朝野くんにも絡みだすようになりましたよね? てっきり何かあったのかと思っていたんですが」
「僕もそれは不思議に思っていて、何度も自分が何かしたかとか考えてみたんだけど、やっぱり思い当たる節とかは全くないんだよね。そもそも僕の場合、出来るだけ三奈野さんには近付かないようにしてたくらいだし……」
関わったら面倒なことになる気がして、出来るだけ関わらないようにしていた。
結局今では関わってしまっているが、案の定面倒なことになったので僕の予想は間違ってはいなかったのだろう。
本当にどうしてこんなことになってしまったのか、僕が聞きたい。
いやまあ、僕から漏れ出る魔力を感じているのだろうが、それを柊木さんに言えば今度こそ本当にドン引きされてしまう。
「……あの、もしかして朝野くんって」
僕がドン引きされる未来を想像して泣きそうになっていると、ふと柊木さんの呟く声が聞こえてくる。
「朝野くんって、本当に魔族なんですか?」
真剣な面持ちで僕の目を見つめてくる柊木さん。
しかしその柊木さんらしからぬ質問に、僕は思わず戸惑う。
「え、えっと柊木さん……?」
「っ! す、すみません! 忘れてください!」
僕の反応に、何やら我に返った様子の柊木さんが慌てた様子で頭を下げてくる。
確かに驚きはしたけどそんな謝られることでもないと伝えようとした僕だったが、それよりも早く柊木さんは踵を返すとそのまま廊下を走り去っていってしまった。
「な、何だったんだ……?」
突然の柊木さんの様子の変化は、とても冗談を言っているようには見えなかった。
しかしあの質問を真剣に聞く、という状況も考えにくい。
考えられるとすれば――。
「もしかして居眠りとかいう以前に、僕の気付かないところで魔族っぽさが溢れ出てたりしている可能性が……!?」
とりあえず自分の匂いを嗅いでみたけど、洗剤の匂いしかしませんでした。
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