第4話 相談


 学校から帰って、僕は真っ先に母さんに電話をかけた。 

 しばらく呼び出し音が続いた末に、ついに通話開始の表示になる。


「もしもし、母さん?」


『あら、信くんから電話なんて珍しいわね。もしかして生活費が足りなくなったとか?』


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 母さんの言う通り、僕は普段から両親に電話をするタイプの人間ではない。

 せっかくの一人暮らし気分を冷ましてしまうのもどうかと思うからだ。

 しかし今日に限ってはこの限りではない。


「少し聞きたいことがあってさ」


『聞きたいこと?』


「実は最近、クラスメイトの女の子から『この魔族め!』って聖剣を向けられてるんだよね」


『えっ……』


 電話の向こうで母さんの驚く声が聞こえる。

 どうやらさすがに母さんもそれは予想していなかったらしい。


「まあその聖剣自体は百均で売られてそうなおもちゃなんだけど」


『その女の子はどういう子なの?』


「何か勇者を自称してて、授業中とかに『魔の気配がする!』って奇声を発したりしてる」


『魔の気配……』


 それから少し母さんの何かを考えるような声が続く。

 そして何かの考えに辿り着いたのか、あっ、という小さな声が聞こえてくる。


『もしかして信くん、授業中に居眠りとかしてるんじゃない?』


「え、確かに午後一番の授業とか居眠りしたりもするけど」


『そしてその女の子が奇声をあげるのって、信くんが居眠りしてる時じゃないの?』


「……言われてみればそうかも」


 そういえば今日のあれも僕が居眠りしていたタイミングだった。

 母さんに言われるまで気付かなかったが、思い返してみれば確かに、例の『魔の気配がする!』の大声に何度起こされたか分からない。


『もしかしたら信くんから魔王としての魔力みたいなものが溢れ出てるのかもしれないわね」


「魔力って、例えば魔法を使う時に必要なMPみたいな?」


「そんな感じかしら。それが信くんが居眠りしてる間にいつの間にか漏れ出てたんだと思うわ」


「ど、どう対策すればいいの?」


 居眠りする度にあんな晒し物にされては困る。

 あれさえなければ僕は平穏に日常生活を送れるし、隣の席の柊木さんに笑われなくて済むのだ。


『まあ普通は魔力の制御とかを長年かけて完璧にしたりするしかないと思うけど……。でも信くんの場合、そんなことは言ってられないのよね?』


「うん。出来るならすぐにでもって感じ」


 しかし母さんの反応から考えても、それが難しいことくらいはさすがの僕でも察することが出来た。

 かと言って、簡単に僕の平穏な日常を諦めたくはない。


『確か魔力漏れを防ぐための道具みたいなものがあるって聞いたことがあるから、少し父さんにも聞いてみるわね。見つかったらそっちに送るから』


「ありがと。そうしてくれると助かる」


 とりあえずこれが今出来る最善なのは間違いないのだから、しばらくは母さんから道具が届くのを気長に待っていよう。

 そう納得した時、ふと気になったことがあった。


「魔王としての魔力が漏れてるのを感じてるってことは、その人は本当に”勇者”なの? というかそもそも勇者っているの?」


『んー、その子が本物の勇者かどうかは分からないけど、魔王と同じように勇者の一族がいるっていう話はあの人から聞いたことがあるわ』


「ほ、本当に勇者っているんだ」


『そりゃあ魔王がいるんだから、勇者がいるのは当然じゃない』


「た、確かに」


 そう言われればぐうの音も出ない。

 ずっと心の中で三奈野さんのことを痛い人だと思っていたのを反省する。


『でも居眠りはあまりしないようにしなさいよ? あの人も学生の頃、何度も先生に注意されていたのを見てるから仕方ないんだと思うけど』


「は、はい。気を付けます」


 血は争えない、ということだろうか。

 どうせならもっと容姿の方で頑張ってくれれば良かったのに。


『そういえばお嫁さん探しは順調? そっちじゃもう夏休みだってとっくに終わってるんでしょ?』


「あぁー電波がぁー」


 嫌な話題になる前に、思わず電話を切る。

 後から母さんに怒られるかもしれないが、その話題にはあまり触れてほしくない。

 理由なんて言うまでも無いだろう……。


「でも結局、具体的な対策は今のところないってことだよなぁ」


 居眠りをしなければ済む話なのかもしれないが、やはり午後一番の授業などはどうしても辛い。

 前の日にどれだけぐっすり眠ったとしても、それは同じだ。


 母さんが言っていた道具が本当にあるかさえ怪しいところだろう。

 もし実際にそういうものがあったとして、それが僕のもとに届くまでにはそれなりの時間を要すのは間違いない。

 ということは少なくともしばらくは、また「魔族」としての認知度があがっていってしまうのだろう。


「はぁ……」


 明日からの学校生活を考えて、思わずため息を吐かずにはいられなかった。


 ◇   ◇


「出来るだけ居眠りしないように気を付けないと……」


 朝、教室までの廊下を歩きながら呟く。

 やはり平穏な学校生活をそう簡単に諦めるわけにはいかず、昨日はあの後すぐに寝て、計十時間以上もぐっすり眠った。

 これで少なくとも午前中は余裕だろう。

 問題は午後だ。

 どうやってあの時間帯の眠気を振り払うか――。


「……ん?」


 そんなことを考えながら教室に向かっていると、ふと掲示板が目に入る。

 そこには夏休み明けの校内模試における成績優秀者が大々的に張り出されていた。


「……うわ」


 その中に見知った名前を見つけた僕は思わず顔を顰める。




 第一位  三奈野みなの ひかり




 何を隠そう。

 あの勇者様は学年主席なのである。

 校外模試でも当然のように優秀な成績を残すので、先生たちも彼女には甘い。


 それに比べて僕は毎回のようにギリギリで赤点を回避している身だ。

 もちろん普段の勉強の差だと自覚しているし、それで三奈野さんをひがむつもりも全くない。

 しかし授業中のあのやり取りに巻き込まれるせいで、何度僕の点数が引かれたか分からない。


 まさか三奈野さんは僕の点数を下げるためにあんなことをやっているのだろうか。

 そうすることで勇者の敵である僕を貶めようと――。


「凄いですよね。三奈野さん」


「うぇっ!?」


 その時、突然誰かに声をかけられる。

 びっくりしすぎて変な声を出しながら、ばっと振り向く。


「ご、ごめんなさい。まさかそんなに驚かれるとは思ってなくて……」


 そこには申し訳なさそうな表情を浮かべる柊木さんが立っていた。

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