第3話 嫁候補
「よ、嫁候補?」
一体何の冗談かと思ったが、父さんは至って真面目な顔で何度も頷いている。
そして母さんが何も口を挟んで来ないということは、どうやら本気で言っているらしい。
「僕、母さんのことはそれなりに信頼してるつもりだったんだけど……」
「信くん、違うの。これにはちゃんと理由があってね」
「理由? 嫁候補探しの?」
確かに母さんが何の考えなしにこんなことを言って来るとは考えにくい。
とりあえず文句は保留にして、今はその理由とやらを聞くべきだろう。
「私たちが高校時代に出会った、っていうのは何度も話したわよね?」
「うん。母さんたちの馴れ初めに関してはうんざりするくらい聞かされたよ。主に父さんから」
高校入学の日に運命の出会いを果たし、そこから次第に親睦を深めていった……という聞きたくもない親の惚気話を何度も聞かされる羽目になった僕の身にもなってほしい。
しかしそれが今回のこととどう関係するのかがいまいち分からない。
「だから信くんにもそういった経験をしてもらおうと思って」
「……はい?」
つまり何だろうか。
両親の出会いが高校だったから、それを僕にも実行してもらおうと思っているのだろうか。
「因みに高校三年間で結婚相手が決まらなかった時は、父さんたちが決めた相手と婚約してもらうからな!」
「いやいや、おかしいよねそれ!?」
思わず叫ぶ。
そりゃあ叫びたくもなるだろう。
そんな重要なことをさらっと言われても困る。
「か、母さんも本気なの!?」
「だって信くん、中学の頃とか全く彼女とかそんな気配なかったから心配で……」
「うっ、そ、それは……」
確かに中学時代は彼女なんていなければ、女の子の友達でさえ禄にいなかった。
別に僕が女の子に興味がないわけじゃない。
むしろ興味ありありだ!
女の子の身体にはいつも視線を奪われていたし、部屋には友達から貰ったえっちな本が大事に保管されている。
しかし現実は非情で、僕は女の子にモテたりはしない。
クラスメイトのイケメン君が何人もの女子から告白されている一方で、僕は中学三年間で一度もそんな経験はなかった。
もちろん自分から告白する勇気なんてあるはずもなく、現在に至る。
遺伝子が悪いわけではないはずなのだ。
何故なら僕の両親は近所でも評判の美男美女夫婦。
父さんはアラフォー特有の男らしい雰囲気を醸し出していると近所のご婦人たちが騒いでいたし、母さんに関しては二十代にしか見えないし偶にモデル事務所の名刺をもらってくるくらいだ。
しかしそんな優秀な遺伝子を受け継いだはずの僕だけが平凡。
ザ・平凡なのである。
まあ別に今更そのことに関して何かを言うつもりも全くない。
ただ僕が言いたいのは、そんな僕が高校三年間で彼女を通り越して結婚相手を見つけられる可能性が果たしてあるかどうかということだ。
自分で言うのは悲しいが、その可能性は限りなく皆無に等しいだろう。
しかしもし僕が結婚相手を見つけられなければ、母さんたちの決めた相手と結婚しないといけなくなるわけで。
そんな見ず知らずの相手と結婚生活を送らなければいけないなんて、絶対に嫌だ。
「こ、高校三年間は短くない? せめて大学とか……」
「だめだ! 女子大生といちゃこらなんて父さんは認めんぞ!」
「そんな理由!?」
しかし何を言っても父さんは首を振るばかりで、僕の意見は通りそうにない。
「信くん、父さんの言ってることが我儘なのはそうだけど、それ以上に魔王の血を絶やすわけにはいかないの」
「母さん……」
申し訳なさそうな表情で言って来る母さんに、思わずそれ以上の言葉を呑む。
母さんの言っていることは確かに一理あるかもしれない。
というのも結婚相手になる人には当然、自分は魔王であるということを伝えなければいけなくなる。
しかし一般的な女性が「僕って魔王なんだ。因みに父さんも魔王だよ!」なんて言葉を果たして信じるだろうか。
母さんがどうして父さんの言葉を信じたのかは分からないが、それでも恐らく普通だったら信じられないだろう。
となれば結婚相手を探すのは早いに越したことはない。
それこそ両親が出会ったという高校三年間がタイムリミットというのも頷ける。
「そ、それでもやっぱり親が決めた結婚相手っていうのはちょっと……」
母さんの言うことも分からなくはない。
ただその一点だけはどうしても受け入れるのは難しい。
そんな僕に母さんが心配そうな顔をして言う。
「でも信くん、このままじゃ一生童貞のままよ……?」
「さらっと息子の心を抉らないでくれるかな!?」
表情から本当に僕のことを思って言ってくれているのだろうことが分かる。
でもそれならまだ笑って冗談っぽく言ってくれた方が全然良かった。
「安心しろ信! 父さんたちが決める相手はお前が魔王だと知っても大丈夫な可愛い子にする予定だから! 何たって義理の娘になるわけだからな!」
「……はぁ、分かったよ。とりあえず結婚相手の話は頭の隅にでも置いておくから」
恐らくこれ以上言っても無駄だろうと判断した僕は大人しく二人に従うことにする。
決して「可愛い」とかいう言葉に惑わされたわけではないので安心してほしい、いやほんと。
「そういえば海外転勤っていつからなの?」
話題を変えるために二人に聞く。
とは言っても、これも重要な情報には違いないだろう。
「今から」
そんな僕にまたもや意味不明なことを言ってのける父さん。
もう僕のライフはゼロです。
「あぁ……そうなんだ」
もはや反応する気さえ起きない。
今から海外転勤に行くならどうぞ行ってください、という感じだ。
「それじゃあ行ってくるわ!」
「はいはい、行ってらっしゃい……って、は?」
無駄に元気な父さんに見送りの言葉を送ると、突然窓も開いていない部屋の中に風が吹く。
何事かと思えば、父さんを中心にして黒いオーラのようなものが部屋中に吹き荒れているのが分かった。
「信! これが魔王の力だ!」
ドヤ顔でそう言ってくる父さんにはイラッとしたけれど、確かにこれは凄い。
知らず知らずの内に胸が高鳴る。
そして僕が魔王であるということは、今目の当たりにしているこの力を使えるということだ。
だがそれと同時に一つ疑問でもあった。
これまで一般人として生きてきた僕が、「魔王だ!」と突然言われたからと言って、本当に魔王の力を使えるのかどうか。
そんな僕の疑問を察したのか、いつの間にか父さんと腕を組んでいた母さんが教えてくれる。
「信くんがこれまで普通に生活できたのは、信くんの力をこの人が一時的に封印していたからなの」
「ふ、封印?」
「その封印はもう昨日の時点で解いておいたわ。ただ急な変化に身体が壊れないように、魔王の力は少しずつ信くんの身体に馴染んでいくようになってるから」
「な、なるほど!」
ということは明日からすぐに魔王最強! みたいな生活をすることは出来ないようだ。
まぁもともとそんなことをするつもりもないんだけど……。
「あれ、でもそういえば力の使い方とか全然聞いてないんだけど!?」
すっかり他のことで気を取られていたが、一番大事なことを聞いてなかった。
しかし僕の声と同じタイミングで部屋に吹き荒れる風が一層強くなる。
「大丈夫だ! それに関してはちゃんと父さんが手紙で書いておいた!」
そう言いながら父さんが一枚の封筒を投げてくる。
すっぽりと僕の手の中に収まったそれに視線を落としたのも束の間、
「それじゃあ行ってくる! 一人暮らし楽しめよ!」
「信くん、身体に気を付けてね!」
「ま、まじですか……」
展開的にそうなるだろうなとは思いつつ、やはり現実でそれを見せられると思わず息を呑まずにはいられない。
「ま、魔王の力すげぇ……」
いずれ自分もこの力を使える。
そう考えると頬が緩んでしまいそうになる。
だが今はそれ以上に、一刻も早く渡された封筒の中身を確かめなければならない。
「ん、二枚? 父さんと母さんで一枚ずつなのかな?」
封筒の中に入っていた二枚の紙を取り出し、一枚ずつ読んでいく。
『生活費は毎月振り込みます。野菜とかを買うのにお得なのは――――母より』
どうやら一枚目は母さんが一人暮らしのいろはを色々と書いてくれたらしい。
正直かなり助かる。
既にここにはいない母さんに心の中でお礼を言いつつ、とりあえず今はもう一枚の父さんが書いてくれた方の手紙を読む。
『夢の一人暮らし! 女の子を連れ込み放題だな! 父より』
「死ね!!!!!!」
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