月と、キミのまぼろし。

Rain kulprd.

かぐやひめ


「私、来週の満月の夜には月に帰らなくちゃいけないの。」

付き合って半年の彼女とベランダで夜空を眺めていたらふと、彼女がそう告げた。読書家の彼女は恋愛ファンタジーや、独特で不思議な展開の多い小説を読む事がある所為か、僕はこの言葉を小説から引用したものだと思った。

「…じゃあ、キミが月に帰ってしまうまで、僕はキミへの愛をいっぱい紡ぐよ。」

だから彼女につられるように僕は普段は到底言わない台詞を返した。次第に恥ずかしさを覚え頬に熱が集まるのを感じたけど、時折吹く風が冷たいおかげで羞恥に溺れてしまう事はなかった。

「ほんとう?…それなら、月に帰ってしまうまで、貴方の愛の言葉に沢山触れさせてね。」

三日月が照らす彼女の柔らかな笑みは夜空に輝くなによりも優しく、僕の心を照らしてくれた。



翌朝。彼女の様子はいつも通りだった。昨日告げられた言葉はやっぱり小説から引用したもので静かな夜を過ごした所為だろうか。なんとなく言いたくなった言葉なのかもしれない。僕はそう思い、それからの日々もいつも通り、彼女と、優しい時間を過ごした。











「…おやすみ。」「うん、おやすみ。」

柔らかなベッドに仲良く二人で身を寄せ寝転がり、就寝の挨拶を交わす。変わらない夜のはずなのに脈が速くなるとかそういうのではなく、僕の胸は何故か静かにだったけど、少しだけ騒がしくなり始めていた。柔らかなベッド、優しい彼女の温もり。変わったものといえば、夜の寒さと、それから───。ふと、瞼を下ろした彼女の向こうにある窓を見つめた。カーテン越しではあるけど月が輝いている事がわかる。そして、その月が彼女とあの言葉を交わした時の姿と違うことにも、気づいた。

…そういえば、彼女があの言葉を溢して今日で丁度一週間か。

そう気付いたら胸の静かな騒がしさも妙に納得出来た。たった一言の言葉だったけど僕は少し不安に思っていたらしい。彼女が本当に月に帰ってしまったら、と。不安に思う事なんてないのに、彼女は今日も、今夜も、変わらずにここにいるのに。

「…ねぇ、だいすきだよ。」

でも、口を吐いて出たのはそんな言葉だった。伝えなくちゃいけない。そう思ったんだ。もし、万が一があったら?後悔してしまう結果が待っていたら?僕の頭の中にはそんな考えが浮かんで、口からは弱々しく、''だいすきだよ。''の言葉が零れてしまった。

「ふふ、…私も、だいすき。」

だけどそんな僕を安心させるように彼女は優しく、甘く、言葉を返してくれた。そしてその言葉の優しさのおかげか僕はゆっくりと、眠りにつけたんだ。















翌朝目が覚めると、隣に彼女の姿はなかった。家の中を何度もくまなく探し、彼女の携帯に何度も電話をかけてみたけど連絡はつかず、彼女を見つける事が出来なかった。ただ、彼女は確かにはここにいたのだと証明するように、二人の時間は嘘ではなかったと告げるように、昨夜二人で身体を寄せ合ったベッドの上には小さな星のかけらが、きらりと光り落ちていた。

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