アザミの花
伊勢 優馬
アザミの花
4月4日、深夜1時半をまわった頃、
時速100kmを超えて走っていた僕の車は、40代女性と衝突した……。
あれから15年、
職を失い、家族を失い、行き場を失った僕は、
ある田舎のぼろアパートで、ひっそりと過ごしていた。
生きる理由が見つからないまま、だらだらと年を重ねて、
誰にも見送られることなく死んで行くのだろう。
そんなことを考えていたある日、
夕飯の支度をする為、スーパーへ行こうと自転車を漕いでいると、
いつもの道が工事中で通れなくなっていた。
この道を使わずにスーパーへ行くには、わざわざ狭い路地裏を抜けて、
そこからさらに古い看板が立ち並ぶ陰気臭い商店街を通らなければならない。
「でも、冷蔵庫の中空っぽだし、ここまで来たからなぁ……。」
僕は仕方なく、遠回りをすることにした。
やるせない思いを胸にしまい込み、自転車を引いた。
しかし、なんだかんだで初めて通った商店街は、
自分が予想してたよりも繁盛していた。
「ここで買うのもありだな。」
僕はその中にあった小さな八百屋で買い物を済ました。
少し値段は高かったが、八百屋のおじさんと意気投合して、
この商店街について色々と聞くことが出来た。
おじさんによれば、近くに密かに人気の花屋があるという。
せっかくだったので、花屋にも行ってみることにした。
おじさんに書いてもらったつたない地図を片手に道を曲がると、
そこには、小さいけれど品のある 、よくドラマとかに出て来そうな
花屋が ポツンと佇んでいた。
自転車を入り口付近に止め、店内へ入ると、
そこには色とりどりの花達が僕を出迎えてくれた。
それらの美しい姿に目を取られていると、
「何かお探しですか?」
透き通った肌と艶のある髪が印象的な可愛いらしい女性が声をかけてきた。
「えっと……、おすすめの花はなんですか?」
特に欲しい花があった訳でもなかったので、そう尋ねると、
女性は優しい口調で
「この花、おすすめですよ。」
と、一輪の黄色い花を手渡してきた。
「これは……?」
「アザミっていう花で、見ての通り、その棘のある花びらが特徴なんです。
スコットランドの国花でもあるんですよ。」
「へえー、知らなかった……。」
それから彼女は僕に色々と花についての豆知識を教えてくれた。
「花にはそれぞれに深い意味や歴史があってとても面白いんですよ。」
「そうなんですね。僕もなんだか花に興味が湧いてきました。」
「それは良かったです……。で、どうされますか?」
「あ、じゃあこれください。」
「ありがとうございます。」
彼女は優しく微笑んだ。
これがきっかけで、僕は時々この店を訪れるようになった。
僕が行くたびに、彼女は様々な花の名前や歴史を教えてくれた。
僕がある程度の花の知識を習得した頃には、
花屋に行くのが楽しみになっていた。
そんなある日、仕事帰りに寄って見ると、
彼女はいつも通り、花の手入れをしていた。
「あ、今日も来てくれたんですね。」
「はい。これから外もあったかくなっていくので庭に花でも植えて、
少し家を明るくしてみようかなと思って。」
「そうだったんですね。じゃあ………。」
普段とたいして変わらないやりとりをしながら、僕は勧められた花を購入した。
そして、店を後にしようとした時、
「あの、突然なんですけど、明日空いてます?」
「えっ?」
いきなり僕はデートに誘われた。
どうやら、僕に来て欲しい所があるんだとか。
仕事も休みだったこともあり、僕は快く引き受けた。
次の日、僕は彼女の車で、どうしても来て欲しいという場所へ向かった。
そこは、ここからはかなり距離のある場所で、
午前に出発していたのにもかかわらず、
到着したのは、午後5時を過ぎていた。
しかし、苦労して着いたのは、意外にも霊園だった。
「ここですか?」
「はい、実は今日、母の命日なんです。」
「そうだったんですか……。しかしなぜ僕をここに?」
もっと明るい場所を想像していたばかりに、少し驚いた。
「あなたが初めてうちに来て買った花を覚えてますか?」
「えっと……、確かアザミでしたね。」
「はい。では、アザミの花言葉はご存知ですか?」
「……いえ、知りません。」
どうしてそんなことを聞くのだろう?
「復讐。」
「えっ?」
戸惑いを隠しきれなかった。彼女は何を言っている?
「今日は何月何日ですか?」
「今日は4月……。」
僕の体は、まるで金縛りにでもあったかのように凍りついた。
アザミの花 伊勢 優馬 @noblelion
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