第80話 死ねよリヒテル、俺の糧と成れ

バルムンク直轄軍対リューリク公家軍―――中央戦線―――


「お前らの仲間だった物だぜ!!」


 そう言ってスヴァルト騎兵が生首をバルムンクの陣に放り投げる。その投げられた顔は筆舌に尽くしがたい壮絶な物。

 貴方を信じていたのに、貴方についてきたことが間違いであった。そう言っているようでまるでやすりにかけられたように総司令官リヒテルの心を苛んでいた。


「方陣を維持しろ、後数時間で夜が来る。そうすれば奴らは同士討ちを避けて撤退する!!」

「夕暮れまでに決着をつけるぞ、リヒテルの首を取れ!!」


 今やリヒテルが率いる兵士は千を切っている。逸れた者、遅れた者が端から刈り取られ、騎兵に蹂躙される。

 河辺ギリギリまで追いつめられた彼らは投石器などの、後方に置かれた資材を横に倒して要害とし、それでもって圧倒的な兵力差で迫るリューリク公家軍の攻勢に耐えていた。

 すぐ後ろには退路が見える、大寒波は河の水を凍らせて氷の橋を作り出したのだ。

 だがその橋は人間の体重を支えるだけの強度はない、上に立てば忽ち氷が割れて氷点下のエルベ河に曳きずり込まれてしまう。

 前面から迫る脅威に押されて、偽りの退路、氷の橋を渡ろうとした兵士が河に落ち、断末魔の叫びをあげてゴボゴボと音を立てて沈んでいく。


「耐えろ、耐えるんだ!!」

「まだ堕ちないと言うのか、まだ耐えるのか」


 死に物狂いで戦うバルムンク直轄軍、その姿にしかし、次第にリューリク公家軍の兵士は優位にも関わらず恐怖し始めていた。

 なぜ斃れない、なぜ屈しない、恐らくは十倍以上にも開いた絶望的な兵力差、退路も塞がれ、どうあっても生還は望めない。

 夜が来れば助かる、そんな儚い希望だけで戦えるものなのか、降伏を選択してもいいのではないのか、無論、スヴァルト側はバルムンクの捕虜など取らない、つまりは皆殺しにするつもりだが、それはこの際仮定の話なのであまり関係がない。


「十年前の法王軍はもっと脆かったというのに……」

「アールヴ人は団結さえできればこんなにも力を発揮できるというのか」


 騎兵が矢を放つ、それはバルムンクの兵の頬をかすめて傷を作った。外したのだ、ふと気づくと弓を構える腕が震えていた。

 バルムンク、アールヴ人最大のスヴァルト抵抗組織、我らが父、ウラジミール公が親征までして滅ぼそうとしたのは間違いではなかった。

 だが果たして彼らは特別な存在だろうか、血筋に優れている訳でもなく、特別な訓練を受けてもいない、そもそも正規軍ですらないのだ。

 アールヴ人は肉体的、精神的に劣り、意志の統一すら計れない下等人種というスヴァルト人共通の認識が崩れ去ろうとしていた。


「槍兵、突撃せよ。軽騎兵は矢で突撃を援護、槍騎兵は回り込んで側面攻撃を敢行、突き崩せ、奴らをエルベ河のルサールカ(水妖)の供物にしてしまえ!!」

「はっ、ウッラーヴァール!!」

「来るぞ、クロス・ボウ兵は撃ち返せ、敵の矢は味方の死体を盾にして防げ、槍兵は陣形を維持、死んでも崩すな!!」

「プロージット!!」


 バルムンクの陣は人馬の死体に囲まれていた。斃れた味方、斃したスヴァルト騎士、それらを積み上げて盾としているのだ。

 死んだ者にも思いが、家族がいたであろうが、この場においては人間の尊厳など剥奪されている。

 勝利のためにバルムンクは人の法のりを捨てつつあった。何のための勝利か、何のために戦うのか、それを忘れ、ただのケダモノになって戦う。

 皮肉なことに彼らはケダモノに成り果てたが故に強かったのだ。


「側面より敵襲、青と緑の旗から神官軍と思われます」

「……バルムンクの右翼、黒旗軍だな、中央軍の救援に来たと言うのか」

「まずいですね、奴らはダラダラと小競り合いを続けていましたから体力が余っている。それに対し、我らリューリクの騎士はもう……」


 リューリク公家軍もまたバルムンク直轄軍同様、疲弊していた。激しい死闘を何時間と繰り返し、加えて大寒波による猛吹雪、体力の低下は判断力の低下をももたらし、スヴァルトが誇る勇猛さをも失われつつあった。

 対してヨーゼフ大司教率いる黒旗軍は相対したウラジミール公国の左翼、グスタフ率いる法王軍が戦力の出し惜しみを行ったため、本格的な戦闘にはならず、体力を消耗していない。

 いかに精鋭たるリューリク公家軍とはいえ、その差は大きい。本来ならばそうなるはずであった。


「ヨーゼフ大司教が援軍を送ってくださったぞ」

「我らはまだ戦える、リヒテル様……リヒテル様?」

「違う、あの軍は……あの軍は、グスタフ!!」


 バルムンクの陣で上がった歓声が冷や水を浴びせられたように治まる。現れた神官軍の先頭には銀髪のスヴァルト貴族、ふてぶてしい表情は傲慢に見え、だが何よりも彼の肌は褐色であった。

 黒旗軍が食い止めていた法王軍の司令官、グスタフ・ベルナルト・リューリク。バルムンクの総統リヒテルの宿敵であった。


「ははは、見つけたぞ……リヒテル!!」

「法王軍だ、裏切り者の法王軍、黒旗軍はどうしたんだ、相対していたヨーゼフ大司教はどうした!!」

「死んだか、大司教、こんなにも早く……」


 現れた軍はウラジミール公国軍の左翼、法王軍であった。友軍の壊滅と新たな敵軍の出現、その事実が巨大な重しとなって彼らを押し潰す。

 まるで血管に鉛を流し込んだかのように体が重くなる。呼吸が困難になるほどの絶望を味わう。

 しかしそれでもリヒテルの心は折れない、数百万のアールヴ人の未来、それがかかっているのだ。

 死んでいった仲間、犠牲にした味方、粛清したかつての家族の顔がちらつき、決して屈することが許されないのだ。

 だがリヒテル程精神が強くない者はその精神の均衡を崩しつつあった。彼らは最期の時を確信した。


「狼狽えるな、そのまま方陣を維持……」

「アールヴ人、万歳!!」

「もはや我慢する必要はない、思う存分、暴れてやれ!!」

「俺らは栄えあるバルムンクの精鋭、その武勇、侵略者たるスヴァルトに見せつけてやる!!」

「止めろ、自棄になるな!!」


 リヒテルが必死に制止するが兵士はもはや聞く耳を持たなかった。彼らはもう耐え続けることに耐えられなかったのだ。

 彼らは死ぬことを覚悟していた、だがそれ故に無様な死を晒すことに我慢ができない。自分らはもう助からない、ならばせめて華々しく散り、自分の最期を敵軍に見せつけたい。

 何もなさず、何もできず、ただただ死して忘れられることに耐えられなかった。

 それは混血を理由に味方に殺されるくらいならば、戦場で散りたいと願ったリヒテルの側近ヴァンの思考と良く似ていた。

 次々と陣から飛び出し、敵軍に特攻していく。彼らは笑っていた。誇らしく、愉しそうに笑っていた。

 槍で貫かれ、矢で撃ち殺され、それでもなお死に顔は歓喜に満ちていた。


「軽騎兵は一斉射撃……奴らは自殺志願者だ、避けたり、盾で防いだりしない、撃てば殺せるぞ!!」

「ついに折れたな、バルムンク……この戦い、我らスヴァルトの勝利だ!!」


 どこか安堵した様子でスヴァルト騎士が勝利を確信した。だが三度戦況は入れ替わる。今度はリューリク公家軍の背後でそれは起こった。

 縦に長く伸びた戦列、その最後尾で爆発音と天を突くような炎と煙が舞い上がる。

 その場所がどこか少し遅れて理解したリューリク公家の騎士は顔面を蒼白にした。


「本陣で何があった……ウラジミール公はご無事で!!」


 ウラジミール公のおわすグラオヴァルト法国軍総司令部が襲撃を受けたのだ。


*****


リューリク公家軍本陣・少し前―――


「背後より敵襲、旗からロスヴァイセ連合軍と思われます」

「なぜ、奴らが……よしんばレオニード伯を破ったとしても我が軍の間には貴族連合軍がいるはず、どうやって突破したというのだ」


 リューリク公家軍は背後からの襲撃を受け、本陣は騒然とした。

 元々、ウラジミール公国軍は異なる三つの軍を無理矢理連合軍として組織した経緯があり、連携に乏しい。

 レオニード伯率いるライプツィヒ市駐留軍が破れたことも、貴族連合軍が敵陣地を攻めあぐねて全軍を前進させ、それ故、軍後方に空白地帯が出現した情報もリューリク公家軍に届いてはいなかった。

 そして、リューリク公家軍もまた一部の軍が総攻撃に参加せず、そのために軍列が縦に伸びており、ウラジミール公がおわす本陣が孤立している情報も他に知らせてはいなかった。

 だからどこからも救援が来ない、こちらから呼ばない限りは……そして猛吹雪によって各所で混乱が生じ、伝令の兵士が他の軍にたどり着き、援軍が派遣されるまでに多大な時間がかかることもまた自明であった。


「陛下、ここは危険です。我らが食い止めますので、急ぎ、安全な場所へお逃げください」

「できぬよ……今動けば余の生命は尽きるだろう、衰えたものだな、故郷、ルーシの北風にもはやこの身体は耐えられぬ」

「では、馬車を用意します」

「余は勇猛なるスヴァルトの王じゃぞ、自ら馬を駆れぬ惰弱な姿を臣民には見せられぬ」


 いずれの策もウラジミール公は拒否した。その老体はもはや一歩も進めぬほど衰えはて、その思考は見る者が見れば頑迷と言うだろう。

 だがそれに対し、配下の騎士は呆れたりはしなかった。彼はスヴァルト人、何よりも崇拝するウラジミール公のお言葉を疑うことしない、したくはないのだ。

 彼の人生は全てウラジミール公率いるリューリク公家と共にあった。ウラジミール公を否定するは自らの人生を否定するも同じ。

 彼は幸運であった。自らが仕えた主、仕えた家、それに失望することなく逝くことができるからだ。

 彼にも家族がいる、だが自分が死んでもイエが面倒を見てくれるだろう、それを信じられるくらいにはリューリク公家はまともであった。

 彼は徐に立ちあがると一礼し、ゆっくりと後方に歩いていく。そこには重ねられたムスペルの炎、投石器で飛ばす陶器に込められた焼夷兵器。

 元々は攻城戦や水上戦で使われるそれは巨大な投石器と対であるがために激しく陣地が移動する野戦には向かない、兵士の進軍についていけず、総攻撃後は放置されていた。

 落下の衝撃で爆発するその原理を騎士は知らない、だがその効果を知っていればそれでことは足りたのだ。


「では陛下……伝令の手間を省きましょう。我が肉体、我が魂、全てはリューリク公家、我らが父のために……ウッラー、ヴァール!!」


 騎士は天をつけよとばかりにハルバードを振り上げ、躊躇せずにムスペルの炎に振り落した。

 瞬間、周囲は紅い閃光に包まれる。一つの爆発が無数の爆発を巻き起こし、天を貫く業火を生じさせる。

 爆発の直撃を受けた騎士の身体は四散し、生前の姿すら分からぬほどの肉の欠片に成り果てた。


「見事であったぞ、余の騎士、ヴァルラム・グラトコフ」


 破片が飛び散り、何事かと兵士が集まってくる中、ウラジミール公は騎士の壮絶な最期に満足げな顔をしていた。


「汝は義務を果たした安らかに眠れ、この戦い、スヴァルトの勝利だ」


 閃光に目を焼かれ、ウラジミール公は一時的に失明していた。そうなることが分かっていながら、彼は騎士の最期を目に焼き付けるためにあえて直視したのだ。

 騎士は幸運な一生を終えた、ならば彼が仕えた王はどうなるのか、だが少なくとも、その最期が幸あるものであると王たるウラジミール公は確信していたのだ。


*****



バルムンク直轄軍対リューリク公家軍―――中央戦線―――


「久しぶりだな、と言っても一カ月にも満たないか……スラムでアーデルハイドに負わせられた傷は癒えたのか」

「余計なお世話だ、グスタフ……それよりも黒旗軍を撃破したにしては時間が短すぎる。軍を二分して一方で黒旗軍を抑え、お前が率いる直轄軍だけでここに来たな」

「なんだ、もうばれたのか、少しは驚いてくれると思ったのだがな」

「無謀なことをしたものだ、ヨーゼフ大司教は優秀な指揮官だ、分割した軍の末路は悲惨なものになるだろう」

「いや、俺の副官である騎士セルゲイは優秀だ、ヨーゼフなんていう脳みそにカビの生えたババアなぞ、一捻りしてこっちに援軍を繰り込むぐらいの甲斐性はあるだろう」


 ウラジミール公がおわす本陣が奇襲された、その凶報に騎士らが混乱する中、グスタフとリヒテルは対峙していた、奇妙なほどの静寂が辺りを包む。

 リヒテルが率いる生き残りのバルムンク直轄軍の兵力は凡そ七百、対してグスタフ率いる法王軍は四千程。

 リヒテルの指摘通り、グスタフは軍を二分し、一方で黒旗軍を抑え、強引に敵陣を突破してリヒテルの元にたどり着いたのだ。

 かつての幼馴染であり、ともに父たるベルンハルト枢機卿を暗殺した共犯者。その片割れを抹殺するために、グスタフはリヒテルの首を他者に取られたくはなかった。

 幼きころより続いた思い出を、過去を断ち切るためにも他者にその生命を奪われたくはなかったのだ。


「黒旗軍はまだ健在だ、俺を倒し、援軍に向かえばまだ助けられるだろう」

「わざわざ有利な情報を流すとはどういうことだ、グスタフ。何かの罠か」

「違うぜ、絶対にあり得ないからこそ話すんだよ、リヒテル」


 獰猛な笑みを浮かべてグスタフがリヒテルを嬲る。彼は愉しくて仕方がなかった。満身創痍のリヒテルに対し、余裕に満ちた自分、子供じみた考えだとは思うが、彼はそれでもかまわなかった。

 十年の、重なれた時間の結果がここにあった。分たれた道の結末がそこに合った。


「リヒテル、お前は俺の踏み台になるために生を受けた、俺を引き立て、俺の凄さを皆に知らしめ、最期に俺に討たれるために今まで生きてきたのだ、十年前の決闘でも……」

「十年前、首都マグデブルク陥落時の決闘は結局、決着が着かなかった。だがお前が賭けの対象にした幼児は私が連れて行った。賭けは私の勝ちだ」

「その幼児ヴァンは今、どこにいる?」

「死んだよ……ライプツィヒ市のスヴァルト抵抗組織、ロスヴァイセと共にな」


 まるで岩を削り出したように険しい顔をリヒテルは浮かべた。

 ライプツィヒ市市街に火をつけ、駐留軍を市民諸共焼き尽くす、その結果が現れなかった時点でリヒテルは派遣したヴァンの死を確信した。

 策が気づかれ、ロスヴァイセ諸共、駐留軍に殲滅されたと確信したのだ。

 ヴァンがロスヴァイセ頭領、イグナーツを説得し、駐留軍に決闘と称して野戦に持ち込み、さらにはその野戦に勝利し、ウラジミール公がおわす本陣に斬りこんだことをリヒテルは知らない。


「ははは、それ見ろ、お前に忠誠を誓った人間は皆、無残な最期を遂げる。全部、手前のせいだ、手前が悪い、人のためと言いながらも、お前は誰よりも他人を犠牲にする」

「自分のためだけに戦争を起こした男が何を言う、お前がいなければ十年前のスヴァルトの反乱は起こらなかった、お前は権力欲しさに一千万人のアールヴ人を犠牲にしたのだ!!」

「それがなんだというのだ、一千万人……それの価値は俺が決める、俺の背中にいるのはただ一人の女だが、一千万人を背負ったお前に負ける気はしないぜ、死ねよリヒテル、俺の糧と成れ!!」


 グスタフは腕を横に振り、法王軍四千に攻撃を命じた。だがそれは槍や剣、矢のような人間が扱うものではない、もっと強大で、もっと凄まじいものだった。


「グスタフ竜司教、なんとか動かせそうです」

「よし、修理しろ、ゆっくりは駄目だが急ぐ必要はないぞ、奴らはもう何もできない」

「なんだ、何をするというのだ!!」


 グスタフ率いる法王軍の不気味な動きにバルムンク直轄軍が恐慌をきたしそうになる。

 黒旗軍を突破した法王軍四千の中には工兵一千人が含まれていた。彼らは手に工具を持ち、うち捨てられたバルムンクの投石器を修理し始めたのだ。


「……河岸に追いつめられた時点でお前らは終わりだぜ、お前らの使っていた投石器は使わせてもらう、お前らを殺すためにな!!」

「なんだと!!」

「本来ならばムスペルの炎が良かったんだが、法王軍には支給されなかったからな、これでいい」


 そう言うと、グスタフは倒れたバルムンクの兵を指さす。


「グスタフ卿、まさか!!」

「そうだ、バルムンク兵の死体を石代わりに打ち込んでやる、仲間との再会だ、死者も喜ぶぜ」

「そんな、あまりに外道です!!」


 グスタフは死体を投石器で打ち込むことを提案した、さすがにその悪辣さにリューリク公家の騎士が反対する、だがグスタフは彼らを説き伏せる方法を用意していたのだ。


「こんなところで油を売っている暇はないだろう、早くしないとウラジミール公が討ち取られてしまうぜ」

「ぐっ……確かに、私はリューリク公家の騎士、主君の生命は何よりの優先する、ではリヒテルの首は任せましたぞ」

「いや、待て」


 リヒテルの首を取るという手柄を目の前で奪い取られた騎士がどこか不満げに踵を返そうとする。

 その騎士をグスタフは押しとどめた、彼の話はまだ終わっていない。


「本陣からここまでどのくらいあると思っている。騎兵ならまだしも槍を担いだ歩兵では時間がかかりすぎるし、辿りついたところで疲れて役には立たない」

「どういうことですか?」

「歩兵と、指揮官たるお前は残れ、俺はリヒテルと違い、満足というものを知っている。さすがにリヒテルの首はやれないが、胴体は任せる、功績を山分けしようぜ、騎士殿」


 その瞬間、スヴァルトの騎士、その八の字髭が上に曲がり、口元に笑みが浮かんだ、少なくともグスタフにはそう見えた。


「グスタフ卿はスヴァルトの流儀を良くご存じで……」

「俺は生粋のスヴァルト人だぜ、当たり前だろう」


 含み笑いを漏らすグスタフに気付かず、騎士は矢継早に命令を配下に下す。

 騎兵を中心に本陣救援の部隊を再編制、そして歩兵を中心とした軍を残す、それを短時間で行った彼は確かに優秀であった。リューリク公家軍を率いるに足る将であった。だがそれでも彼は遅かったのだ、運命は意地の悪い老婆のごとく悪逆である。

 戦況を覆す恐らく、最期の要素が今、中央戦線に訪れた。

 それはエルンスト老率いるファーヴニル軍であった。残された兵士が玉砕するのを覚悟で軍を二分し、リヒテルの救援に向かったのだ。


「なんだ、右翼から……ファーヴニル軍、今度こそ敵襲か!!」

「あの旗は、俺が滅ぼしたオルトリンデ団の旗……そうか、エルンストの老いぼれか、ふん、思い出に浸る老人がこの俺の邪魔ができると本当に思っているのか!!」


 グスタフは吠えた、突然の脅威、だがそれでもグスタフを驚かすにはまだ足りない、彼はむしろ、その蟷螂の斧にも似ている抵抗を快楽に感じていた。


「エルンスト……すまない」

「もっと謝れよ、リヒテル、あの老人は俺という名の処刑人の前に立ってしまったんだぜ!!」


 相対する二つの連合軍、構成する八つの軍、北部戦線、南部戦線、貴族連合軍、黒旗軍は動けない、ライプツィヒ戦線、駐留軍は敗退し、ロスヴァイセ連合軍はリューリク公家軍の本陣に斬りこんだ。

 残ったのは四つの軍、グスタフ率いる法王軍、ウラジミール公率いるリューリク公家軍、リヒテルが率いるバルムンク直轄軍、そしてヴァンが率いるロスヴァイセ連合軍、苛酷な殺し合いは敗者を貪り食いながら、最期の勝利者を選別する。

 運命を決めるブライテンフェルト会戦、その最終局面がついに到来した。

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