第四話 『Tiphereth〈ティファレト〉』
「な、なんだ!? 一体……」
俺は、酷く困惑していた。
突如空が、赤い絵の具をぶちまけたかのような色に染まりきったのだ。驚くなというほうが無理な話だ。
それに、さっきから感じる妙な身震いも……、
「よ、よく分からないけど多分これはやばい……明を連れてさっさと家に……! 」
「ひ、煇! 何この空!? 雲が赤く……! 」
「明! ちょうど良かった、今すぐ帰るぞ……! 」
俺はそう言って明の手を取ろうとした、その時--、
空から何かが落ち、凄まじい地響きが公園を揺らした。
「きゃぁっ!? 」
「うわぁぁっ!? 」
それに伴い巻き起こる爆風に、俺と明は必死で顔を腕で隠す。
--やがて、地響きと爆風が収まるとそこには--。
「や、やっとおさま……え、何、アレ……」
「ば、ば、ば……」
--巨大な単眼と日本のツノが生えた、巨大な岩の怪物が浮遊していた。
「ば、バケモノ……!? 」
その怪物は、目玉を動かしてあたりをキョロキョロ見渡している。
……グォォン……グォォン……
不気味な唸り声とともに、怪物の目に光が集まる。
--数秒後、その目から眩い光が放たれ--、
爆発音とともに、公園の遊具が木っ端微塵に砕け散った。
「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 」
俺は明の手を掴み、再び一目散に駆け出した。
一日に二回、しかも違う誰かに追いかけられる経験など、これが初めてだ。
「な、なんなのよアイツ!! 生き物……なのっ!? 」
「俺に聞かれたって分かんねぇよ!! でもアレはやばい!! 絶対にッ! 」
感じる悪寒は、恐らく嘘ではないだろう。
本能が告げている、というのは正にこういうことなのだろう。アイツを見た瞬間、恐怖が体の中から溢れて止まらない。
「--追って、来てるか!? 」
追って来るな、という希望を胸に、走りながら後ろを振り向く。
--希望は、無残に打ち砕かれた。
化け物は浮遊しながら、俺たちの後ろをピッタリと追いかけてきていた。
「く、くそぉっ!! 」
「わ、私はいいから! 早く離して逃げてッ! 」
「馬鹿野郎!! 次そんなこと言ったらお前の家の菓子全部食い尽くすぞッ!! 」
余裕ぶって冗談を言ってみるものの、だいぶしんどい。
さっきの疲れもまだ残っているというのに、これでは何分持つかわかったものではない。
こうなりゃ住宅街の角を曲がりまくって、錯乱させるしかない--!!
俺は道の角を次々と周り、ジグザグ走りで見失わせる作戦に出る。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
……およそ、3分くらい経っただろうか。
俺は未だ怪物と追いかけっこを続け、角を曲がり続けている。
--その追いかけっこは、とうとう終わりを迎えようとしていた。
「ッ!! 行き、止まり……!? 」
何十度目か、曲がったその角の先は行き止まり。
高いコンクリートの壁に行く道は阻まれ、その先に行くことは出来ない。
……グォォン……グォォン……
背後から、うめき声のような音が聞こえ、俺はバッ、と後ろを振り向く。
--怪物に、とうとう追いつかれたのだ。
「……くっ……! 」
じり、じりと、俺は両手で明をかばいながら後ずさる。
これは、まずい。かなりやばい。
「ひ、煇……! 私のことはいいから……! 煇だけでも! 」
「……言ったよな? 次それ言ったら、菓子食い尽くすぞって……! 」
「食い尽くすなら食い尽くしてもいいからッ!! 早くッ!! 」
「冗談言ってんじゃねぇぞ!!! 」
多分、生まれて初めて、俺は明に向かって怒鳴りつけた。
……明の言ったことが、俺にとってあまりにもきつい冗談だったから。
「絶対、そんなことするもんか……二人で帰るんだ! 分かったなッ!! 」
「煇……! 」
俺は鞄から教科書を取り出し、それを丸め剣に見立てて、目の前の怪物向けて構える。
武器と呼ぶにはあまりにも頼りない、だけど--、
「……かかってこいよバケモノ!! ボスゴリラ直伝教科書剣術は死ぬほど痛ェぞ!! 」
--奮い立たせるには、十分だ!!
……グォォン……グォォン……
怪物の巨大な目に、光が集まっていく。
多分、あそこからさっきのビームが出てくるのだろう……正直、死ぬほど怖い。
……だとしても引いてたまるかッ!!
絶対に守らなきゃならないヤツが、俺の背にいるのだからッ!!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!!!! 」
俺は腹から精一杯の叫びを上げ、教科書を振りかぶる----!!!
刹那、黄金色の輝きが放たれた。
--俺の、懐から。
「えっ……? 」
「きゃっ! まぶし……」
そのあまりの眩さに、明が目を覆う。
怪物が光を溜めるのをやめ、数歩分後ずさる。
俺は懐をまさぐり、その輝くものを取り出してみる。
--それは、校庭で拾った、黄金の宝石だった。
「……これ、は……」
暖かさが、込み上げてくる。
今日初めて触ったはずのその石から、俺は何故か、深い繋がりのようなものを感じた。
『…………ヨベ……』
「……え?」
頭の中に、声が響く。
聞いたことのないはずのその声は、何故かとても懐かしく感じる。
この声はもしかして--この、石から……?
『ワガナヲ、ヨベ……』
「お前の、名前……? 」
そんなもの、知らない。初めて聞いた声なのに、知るはずがない。
そう言えなかったのは、何故か。
『シッテイルダロウ、ワガナハ--』
「……そうだ、お前の名は……」
その答えは明確だった。それは、俺は何故か--、
「『《
--こいつの名を、知っているから---。
--瞬間、光の柱が天を貫いた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「う、うぅ……一体、何が……? 」
やがて光が収まり、明は覆っていた目をあける。
「……ぇ……」
そこに立っていた人物の驚愕の姿に、明は己の目を疑った。
金色の装飾が施された、背を覆う赤色ベースの大きなマント。
正面は見えないが、腕には黄金の小手、脚にはこれまた黄金のグリーヴが装着されている。
そしてその右手に握られているのは教科書ではなく--ゲームでしか見たことないような、華美に飾られた両刃の剣。
そして後ろ髪は、嫌という程見慣れた--ウェーブのかかったセミロングの金髪。
「……なんだ、何がどうなって……」
そして何より、明の耳を震わす、聞き慣れすぎたその声は--、
「ひ、かり……なの……? 」
紛れもなく、明の親友にして幼馴染である--天樹 煇その人だった。
Planet-cloth〈プラネクロス〉 喪服.com @mohukudottocom
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