第1章 お飾り聖女と半人前騎士ー4
そうして迎えた翌日。
儀式が
だがそんな時間も
その際に王宮の重役達が
「みんなキャスが居なくなることが嬉しいのね……」
最後の一人が部屋を出ていくのを見届け、キャスリーンがベールを
重役達は嬉しそうにこちらを見つめ、他の者達もキャスリーンのこれからが楽しみだと口々に話していた。儀式を終え立派な聖女になれば今よりもっと力を振る
人の気も知らないで……そう
そんなキャスリーンの胸中を察したのか、ナタリアが
「頑張るって儀式を? でも儀式は楽だってお母様が
「そうよ、儀式は楽よ。それに……いえ、これを話すにはまだ早いわね。でもキャスリーン、
「私の人生?」
そんなもの『お飾りの聖女』しか無いではないか。
そうキャスリーンが訴えようとし……聞こえてきた足音に出かけた言葉を飲み込んだ。
だが現に足音は近付いており、キャスリーンがいったい誰だと
「キャスリーン様! 儀式への同行に俺の部隊から選出しているのはどういうことですか!」
飛び込んできたアルベルトの姿に
よっぽど急いで
そんなアルベルトに対してキャスリーンは反応することが出来ず、
レイピアを手に。
聖女の正装を着たまま。
ベールを着けずに……。
「キャスリーン様、いったい何をお考えなんですか? 俺に
アルベルトが書類から顔を上げつつ訴え……そして言葉を止めた。彼の瞳が丸くなる。口は言葉を
キャスリーンもまた同様に、
そんな
シンと静まり返っていた謁見の間にその音は小気味良い
だが硬直が解けたからといって
「ア、アルベルト隊長! なんでここに!?」
「キャス、なんでお前が!? その
と、揃えたように声を
「キャス、いやその恰好はキャスリーン様!? いやでもキャスだ、だがここは謁見の間で……そもそもなんでキャスが、だがキャスリーン様で……!」
「アルベルト隊長、なんで……! それに
「いや、キャスリーン様が同行ではなくキャスが、いやでもキャスで……キャスリーン様!?」
「なんで私が私の旅に同行!? どういうことですか!?」
キャスリーンとアルベルトが同時に疑問をぶつけ合う。
もっとも互いに冷静さを欠いているのだから相手の質問に答えられるわけがなく、「なんで」「どうして」と
キャスリーンからしてみれば、突如アルベルトが部屋を
対してアルベルトもキャスリーンに会いに来たのにキャスがいたのだ。それも聖女の服を
そんな状態で
「このままじゃ話が進まない、そろそろ落ち着こうか」
「そ、そうですね……。確かに、これじゃ埒が明かない……」
アルベルトの声に
そうして改めてキャスリーンとアルベルトが向き合う。
キャスリーンはいまだ聖女の正装を纏っており、それが何とも言えぬ
「つまり……キャスがキャスリーン様、だったのか?」
「……はい」
「そうか、だからいつも午後から訓練に出てたんだな。だがまだ信じられない……いや、まだ信じられません、と言うべきですね」
はたと気付いて、アルベルトが言葉遣いを正す。
互いの身分の違いを考えたのだろう。
「アルベルト隊長、いつも通りキャスと呼んでください」
「いえ……そんな無礼なことは出来ません。キャスとはいえ、キャスリーン様ですから」
「……隊長」
キャスリーンが
きっとアルベルトの中でも
そんな彼を見つめるキャスリーンに、ナタリアが声を掛けてきた。後ろを向いてじっとするように告げてくる。それに従えば、ふわりと髪を持ちあげられる
ナタリアの手がキャスリーンの髪を
そうしてあっと言う間にキャスリーンの金の髪は
普段キャスとして生活する時の髪型だ。だがいったいこれがなんなのか、わざわざ話の
そうキャスリーンがナタリアに問おうとするも、それより先にアルベルトが
「なるほど、これはキャスだな」
その声はどこか嬉しそうな色があり、見れば表情も
訓練に間に合ったと駆けつけた時、盛り上がる酒場で彼が同じテーブルに着いた時、そんな時に見せる表情だ。まるで『見つけた』と言いたげに
対してキャスリーンは首を傾げるしかない。なにせただ髪を三つ編みにしただけなのだ。
だがアルベルトに「キャス」と呼んでもらえたことはキャスリーンにとって嬉しく、そして同時に
そうして改めて次は自分の番だと彼を見上げる。彼もまたそれを察したのか、和らげていた表情を
「アルベルト隊長、先程仰っていた儀式同行の話ですが」
「あぁ、先程通達を受けたんだ。儀式への同行は
それがどういうわけか第四騎士隊からも選ばれた。それもアルベルトを始め、ローディスにロイ、そのうえキャスの名前まであったのだという。
話を聞いてもにわかには信じがたく、キャスリーンが彼の手元にある書類を
確かに、第一騎士隊の名前と共に見覚えのある名前が書かれている。キャスリーン達の名前だ、この通達上ならば『キャス達』と言うべきか。
これにはアルベルトも
「アルベルト隊長はともかく、なんで双子に私まで?」
「俺もわけが分からず尋ねたんだが、どうやら誰も真意は分からないらしい。とにかく聖女様が決めたことだから……と、それだけだ。だからここに来たんだ」
「私が?」
「いや、キャスじゃなくて聖女様が……いや、キャスなんだよな」
ややこしいと言いたげにアルベルトが頭を
そうしてアルベルトが改めるようにキャスリーンを見つめてきた。問うような彼の瞳、だがいくら見つめられても答えを返してやることは出来ない。なにせさっぱり覚えがない。いくら聖女と言えども、キャスリーンもまた初耳でアルベルトと同じくらい驚いているのだ。
「何かの
「いや、確かに『聖女様が』と聞いた。だがキャスに覚えが無いのなら
「他なんて……」
いるわけがない、そう言いかけキャスリーンが言葉を止めた。
現状、聖女と言えばキャスリーンの事を指す。だがもう一人いるではないか。先代とはいえ、聖女を名乗れる者が……。
まさかとキャスリーンがゆっくりと視線を横へと向ける。
そこにいるのはもちろんナタリアだ。彼女は
「私よ!」
と、堂々と宣言した。
その力強さと言ったら無い。
「お母様、どうして! なんで!?」
「落ち着きなさい、キャスリーン」
細くしなやかで温かな手だ。ゆっくりと
キャスリーンと同じ
なんて真剣な表情だろうか。真っすぐに見つめられ、キャスリーンが己の考えを改めた。
(そうだわ、お母様が考えも無しにこんなことをするわけがない。きっと何か深い理由があるのよ……)
そう自分に言い聞かせ、キャスリーンがナタリアを見つめてゆっくりと口を開いた。
「私ってば慌てちゃって
「キャスリーンの
「お母様!?」
「ちなみに
「聖女の同行に愉快枠は必要ないわ! それにあの二人は愉快なんてものじゃなくて……違う、今はそんな話じゃない!」
キャスリーンが自分の発言に自分で
このとんでもない人選だ。むしろこの人選をどうするかだ。
氷騎士として名を
どうするつもりなの? とキャスリーンが問えば、ナタリアが穏やかに笑った。
「キャスリーン、
「そんな、どうにかなんて無理よ」
「でも、このままだったら大人しく儀式に出向くんでしょ。そして誰にも言わずにキャスを消しちゃうのよね」
「……それは」
ナタリアに問われ、キャスリーンが
そしてナタリアの視線から、なによりじっとこちらを見つめるアルベルトの視線から、
彼女の言うとおり、儀式を終えて以降は騎士として務めることは出来なくなる。お
キャスリーンが儀式を終えたとなればその力の
騎士としての時間は終わりだ。キャスは第四騎士隊を
……そう
そういう約束だから、とキャスリーンが
そんな弱々しいキャスリーンの声とは対極的に、声を
「キャス、居なくなるってどういうことだ!?」
「それは……儀式を終えたら、騎士として居られなくなるから……」
「だから居なくなるのか? 俺に……俺達に何も説明せずに?」
アルベルトの問いかけに、キャスリーンが小さく肩を
約束だの条件だのと言えば聞こえはいいが、実際には
それを考えればキャスリーンの胸に言いようのない感情が湧く。
そんな感情の中に疑問が湧いたのは、ナタリアが楽しそうな
「お母様どうしたの? ……いったい何を
「あら企むなんて失礼ね、キャスリーン。ただ大変なことになったと思っただけよ。アルベルトには正体がばれて、そのうえキャスとして同行しなければならない。おまけに双子付き。これは
「お母様がそうしたんじゃない。もう、どうすれば良いのか……」
「どうにかしなきゃいけないんだから、なんとかしなさいキャスリーン。もしかしたら何か変わるかもしれないんだから」
そう告げてくるナタリアの声は
「人生を切り開くための手助けはしてあげたから、ここからは貴女が
「手助け?」
「えぇ、切り開き
クスクスと
その手の動きに、そして告げられた言葉に、キャスリーンが考えを
(キャスとして同行なんて無理に決まってる。
何かとは何なのか、明確な答えは
だが可能性は
「そうね、私やるわ! お母様、私なんとかしてみせる!」
「えぇ、その意気よキャスリーン。……それで」
キャスリーンの意気込みを
そこに居たのはアルベルト。彼はナタリアの視線が
「アルベルト、もちろん
ナタリアがやんわりと
それに対し、アルベルトは迷う様子もなく
「もちろんです。聖女様のため、なによりキャスのため」
はっきりと告げるアルベルトに、キャスリーンが小さく彼の名を口にした。
だというのにアルベルトはキャスリーンに協力すると答えてくれた。キャスリーンのため、キャスのため、そのどちらも自分の事なのだと考えればキャスリーンの胸が高鳴る。
先程まで
だが一度胸の内に
(アルベルト隊長が
そんな思いのままキャスリーンがアルベルトに感謝の言葉を口にしようとするも、それより先にナタリアが口を開いた。
「そうよね、それにアルベルトは
「……そ、それは、あまりの事に
「そうでなくとも、
「は、はい……もちろん重々承知しておりますが、その、事態が事態でしたので……」
「もしも貴方が協力してくれなかったら、その時は……。あら、青ざめちゃってどうしたの?」
それを見て、キャスリーンが慌てて彼の
「アルベルト隊長、気にしないでください。お母様は遊んでるだけです」
「遊ぶ……? そうか、
「
キャスリーンが割って入ってアルベルトを
この表情の母に今まで何度揶揄われたことか。そうキャスリーンが記憶を
先程までのやりとりが
「アルベルト隊長、こんな事になってしまって申し訳ありません。ですがアルベルト隊長が協力してくれるなら、私きっと頑張れます……!」
「あ、あぁ、そうだな。聖女も騎士も関係ない、今まで通り俺を
「はい! でも、お母様からは私が守りますから!」
そこは任せてください! とキャスリーンが力強く訴えて庇うようにアルベルトの前に出れば、彼が
お飾り聖女は前線で戦いたい/さき 角川ビーンズ文庫 @beans
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