第1章 お飾り聖女と半人前騎士ー4

そうして迎えた翌日。

 えつけんの間にはいつもと同じ顔ぶれがそろい、これといってきんきゆう性の無いいやしを求めてくる。

 とげに指をされたというヘレナ夫人に始まり、ふうろうの際に指先に火傷やけどを負ったというはくしやく夫人。果てには名のある貴族の年若いれいじようがおずおずと名乗り出て「最近、髪に枝毛が……」と訴えてくるのだ。ヘイン伯は今日は右腕が上がらないという。

 儀式がせまっているだけでも気分が落ち込んでいるというのに、今日もまたこんな申し出ばかり……。おかげでキャスリーンの気持ちは晴れることもなく、なり程度に片手をって時間がつのを待つだけだ。

 だがそんな時間もかねの音を合図に終わり、一人また一人と謁見の間を後にする。

 その際に王宮の重役達がうれしそうにキャスリーンを見つめてくるのは、儀式の事を考えているからだろう。

「みんなキャスが居なくなることが嬉しいのね……」

 最後の一人が部屋を出ていくのを見届け、キャスリーンがベールをぎつつポツリと呟く。

 重役達は嬉しそうにこちらを見つめ、他の者達もキャスリーンのこれからが楽しみだと口々に話していた。儀式を終え立派な聖女になれば今よりもっと力を振るってくれるだろうと、そんな期待をしているにちがいない。

 人の気も知らないで……そううらみがましい気持ちでキャスリーンが溜息を吐いた。脱いだベールをそっとけ、次いで部屋の片隅にかくしておいたレイピアを手に取る。

 だんならばベールを脱げば気持ちは晴れ、レイピアにれれば聖女から少女騎士へと意識が変わっていくのに、今日だけは心の切りえが上手うまくいかない。

 そんなキャスリーンの胸中を察したのか、ナタリアがいたわりの表情を見せている。だが次いで彼女の口から出たのは「がんりなさい」という言葉。これにはキャスリーンも首をかしげつつ彼女に視線をやった。

「頑張るって儀式を? でも儀式は楽だってお母様がおつしやってたじゃない」

「そうよ、儀式は楽よ。それに……いえ、これを話すにはまだ早いわね。でもキャスリーン、貴女あなたが頑張るのは儀式じゃない、これから自分の人生を切り開くために頑張るのよ」

「私の人生?」

 そんなもの『お飾りの聖女』しか無いではないか。

 そうキャスリーンが訴えようとし……聞こえてきた足音に出かけた言葉を飲み込んだ。

 だれかが走ってくる。だが仮にもここは王宮のさいおうにある謁見の間。聖女が国民に癒しをあたえる聖なる場所だ。国内において何より神聖な場所と言える。やみに入れるものではない。

 だが現に足音は近付いており、キャスリーンがいったい誰だととびらへと視線をやり……、

「キャスリーン様! 儀式への同行に俺の部隊から選出しているのはどういうことですか!」

 飛び込んできたアルベルトの姿にむらさきいろひとみを丸くさせた。

 よっぽど急いでけつけたのか、彼のあいいろかみわずかに乱れ、かたを上下させている。信じられないと言いたげな表情で手元の書類を見つめているが、きっと儀式に関する書類なのだろう。

 そんなアルベルトに対してキャスリーンは反応することが出来ず、ぜんとしたまま彼を見つめていた。

 レイピアを手に。

 聖女の正装を着たまま。

 ベールを着けずに……。

「キャスリーン様、いったい何をお考えなんですか? 俺にふたに、それにキャスまで……キャス?」

 アルベルトが書類から顔を上げつつ訴え……そして言葉を止めた。彼の瞳が丸くなる。口は言葉をつむごうとし半分開いたまま。その姿はまさにこうちよく状態と言える。

 キャスリーンもまた同様に、とつじよ飛び込んできたアルベルトを啞然としながら見つめていた。口は半開きではないものの、紫色の瞳は丸くなっている。

 たがいの視線はかち合い、だからこそそうほう共に動けずにいる。

 そんなちんもくを破ったのは、ガチャンとひびじようの音。ナタリアが扉のかぎを閉めたのだ。

 シンと静まり返っていた謁見の間にその音は小気味良いほどに響き、そしてほぼ同時に二人の硬直を解いた。

 だが硬直が解けたからといっていつしゆんすべてを理解出来るわけではない。二人は揃えたようにはっと息をみ……、

「ア、アルベルト隊長! なんでここに!?」

「キャス、なんでお前が!? そのかつこうは!?」

 と、揃えたように声をあららげた。

「キャス、いやその恰好はキャスリーン様!? いやでもキャスだ、だがここは謁見の間で……そもそもなんでキャスが、だがキャスリーン様で……!」

「アルベルト隊長、なんで……! それにしきに私が同行!? 私の儀式に私が!?」

「いや、キャスリーン様が同行ではなくキャスが、いやでもキャスで……キャスリーン様!?」

「なんで私が私の旅に同行!? どういうことですか!?」

 キャスリーンとアルベルトが同時に疑問をぶつけ合う。

 もっとも互いに冷静さを欠いているのだから相手の質問に答えられるわけがなく、「なんで」「どうして」とらちが明かない言葉を口にするだけだ。

 キャスリーンからしてみれば、突如アルベルトが部屋をおとずれ、そのうえ聖女の儀式同行にキャスの名が挙がっているというのだからこれにどうようしないわけがない。

 対してアルベルトもキャスリーンに会いに来たのにキャスがいたのだ。それも聖女の服をまとって。これには流石さすがの氷騎士と言えども冷静さを失ってしまう。

 ゆいいつ冷静なのはナタリアだけだが、彼女は二人をさとすことも落ち着かせることもせず「これはしばらく掛かるわね」とお茶をれだした。

 そんな状態であわてふためき続けることしばらく、先に我に返ったのはアルベルトだ。おのれを落ち着かせるために深く息をき、様子をうかがうようにキャスリーンに視線を向けてくる。

「このままじゃ話が進まない、そろそろ落ち着こうか」

「そ、そうですね……。確かに、これじゃ埒が明かない……」

 アルベルトの声にうながされ、キャスリーンもだいに落ち着きを取りもどす。──それを聞き、ナタリアがチラと時計を見上げて「思ったより早く……ないわね」とつぶやいた──

 そうして改めてキャスリーンとアルベルトが向き合う。

 キャスリーンはいまだ聖女の正装を纏っており、それが何とも言えぬ心地ごこちの悪さをつのらせた。顔を隠したい。普段はじやにしか思えなかったベールが今だけはこいしい。

「つまり……キャスがキャスリーン様、だったのか?」

「……はい」

「そうか、だからいつも午後から訓練に出てたんだな。だがまだ信じられない……いや、まだ信じられません、と言うべきですね」

 はたと気付いて、アルベルトが言葉遣いを正す。

 互いの身分の違いを考えたのだろう。な彼らしい態度だが、ぎようぎようしいそのことづかいにキャスリーンの胸が痛む。まるで一瞬にして彼との間にかべが出来てしまったようだ。

「アルベルト隊長、いつも通りキャスと呼んでください」

「いえ……そんな無礼なことは出来ません。キャスとはいえ、キャスリーン様ですから」

「……隊長」

 キャスリーンがうようにアルベルトを呼ぶ。

 きっとアルベルトの中でもかつとうがあるのだろう。藍色の瞳にはいまだ事態を受け入れきれぬとこんわくの色がかんでいる。

 そんな彼を見つめるキャスリーンに、ナタリアが声を掛けてきた。後ろを向いてじっとするように告げてくる。それに従えば、ふわりと髪を持ちあげられるかんしよくが伝わってきた。

 ナタリアの手がキャスリーンの髪をき、まとめ、わいていく。

 そうしてあっと言う間にキャスリーンの金の髪はおおりの三つ編みに仕立てられた。

 普段キャスとして生活する時の髪型だ。だがいったいこれがなんなのか、わざわざ話のこしを折ってまで髪を編む必要は……?

 そうキャスリーンがナタリアに問おうとするも、それより先にアルベルトが一度頷うなずいた。

「なるほど、これはキャスだな」

 その声はどこか嬉しそうな色があり、見れば表情もやわらいでいる。

 訓練に間に合ったと駆けつけた時、盛り上がる酒場で彼が同じテーブルに着いた時、そんな時に見せる表情だ。まるで『見つけた』と言いたげに微笑ほほえんでくれる。

 対してキャスリーンは首を傾げるしかない。なにせただ髪を三つ編みにしただけなのだ。

 だがアルベルトに「キャス」と呼んでもらえたことはキャスリーンにとって嬉しく、そして同時にあんの気持ちもき上がった。

 そうして改めて次は自分の番だと彼を見上げる。彼もまたそれを察したのか、和らげていた表情をしんけんなものに変えた。

「アルベルト隊長、先程仰っていた儀式同行の話ですが」

「あぁ、先程通達を受けたんだ。儀式への同行は第一騎隊から選ばれるはずなんだが……」

 それがどういうわけか第四騎士隊からも選ばれた。それもアルベルトを始め、ローディスにロイ、そのうえキャスの名前まであったのだという。

 話を聞いてもにわかには信じがたく、キャスリーンが彼の手元にある書類をのぞき込んだ。

 確かに、第一騎士隊の名前と共に見覚えのある名前が書かれている。キャスリーン達の名前だ、この通達上ならば『キャス達』と言うべきか。

 これにはアルベルトもおどろきをかくせず、通達を受け取るやいったいどういうことかと重役たちにたずね、そしてえつけんの間に駆けつけたのだという。

「アルベルト隊長はともかく、なんで双子に私まで?」

「俺もわけが分からず尋ねたんだが、どうやら誰も真意は分からないらしい。とにかく聖女様が決めたことだから……と、それだけだ。だからここに来たんだ」

「私が?」

「いや、キャスじゃなくて聖女様が……いや、キャスなんだよな」

 ややこしいと言いたげにアルベルトが頭をく。次いで手をばしてキャスリーンの三つ編みを手にするのは、目の前に居るのが聖女でありつつキャスでもあるとさいにんしきするためだろう。──それで彼は落ち着きを取り戻したようだが、対してキャスリーンの胸に「そこまで三つ編みに比重をおいているんですか?」という疑問が湧く──

 そうしてアルベルトが改めるようにキャスリーンを見つめてきた。問うような彼の瞳、だがいくら見つめられても答えを返してやることは出来ない。なにせさっぱり覚えがない。いくら聖女と言えども、キャスリーンもまた初耳でアルベルトと同じくらい驚いているのだ。

「何かのちがいではないでしょうか?」

「いや、確かに『聖女様が』と聞いた。だがキャスに覚えが無いのならほかだれが……」

「他なんて……」

 いるわけがない、そう言いかけキャスリーンが言葉を止めた。

 現状、聖女と言えばキャスリーンの事を指す。だがもう一人いるではないか。先代とはいえ、聖女を名乗れる者が……。

 まさかとキャスリーンがゆっくりと視線を横へと向ける。

 そこにいるのはもちろんナタリアだ。彼女はゆうな所作でティーカップに口をつけ、コクリと一度喉のどを鳴らすと……、

「私よ!」

 と、堂々と宣言した。

 その力強さと言ったら無い。

「お母様、どうして! なんで!?」

「落ち着きなさい、キャスリーン」

 おだやかな声と共にナタリアの手がそっとキャスリーンのかたに置かれる。

 細くしなやかで温かな手だ。ゆっくりとさすられればキャスリーンも落ち着きを取り戻し、深く息を吐くとナタリアを見つめて返した。

 キャスリーンと同じむらさきいろひとみがじっとこちらを見つめてくる。

 なんて真剣な表情だろうか。真っすぐに見つめられ、キャスリーンが己の考えを改めた。

(そうだわ、お母様が考えも無しにこんなことをするわけがない。きっと何か深い理由があるのよ……)

 そう自分に言い聞かせ、キャスリーンがナタリアを見つめてゆっくりと口を開いた。

「私ってば慌てちゃってずかしい。ねぇお母様、いったいどんな理由があるの?」

「キャスリーンのため、いっそとことんまでしきを引っ搔き回してやろうと思ったのよ」

「お母様!?」

「ちなみにふたを入れたのはそっちの方がおもしろくなると思ったから。いわばかいわくね!」

「聖女の同行に愉快枠は必要ないわ! それにあの二人は愉快なんてものじゃなくて……違う、今はそんな話じゃない!」

 キャスリーンが自分の発言に自分でていせいしてしつする。ナタリアの勢いにまれ明後日な会話をしてしまったが、今話すべきは愉快枠についてではない。

 このとんでもない人選だ。むしろこの人選をどうするかだ。

 氷騎士として名をせていたアルベルトならばまだしも、双子に、それによりにもよってキャスまで。もちろんキャスはキャスリーンなのだから、聖女の旅に同行など出来るわけが無い。

 どうするつもりなの? とキャスリーンが問えば、ナタリアが穏やかに笑った。

「キャスリーン、貴女あなたがどうにかなさい」

「そんな、どうにかなんて無理よ」

「でも、このままだったら大人しく儀式に出向くんでしょ。そして誰にも言わずにキャスを消しちゃうのよね」

「……それは」

 ナタリアに問われ、キャスリーンがわずかに迷いを見せる。

 そしてナタリアの視線から、なによりじっとこちらを見つめるアルベルトの視線から、げるようにうつむくと頷いて返した。

 彼女の言うとおり、儀式を終えて以降は騎士として務めることは出来なくなる。おかざりの聖女と言えども──お飾りだからなおの事か──あまり場をはなれてはいられないのだ。

 キャスリーンが儀式を終えたとなればその力のおんけいあずかりたいと思う者はさらに増えるだろうし、今までは子供の我がままと受け入れていた重役達もいい加減にととがめてくるに違いない。

 騎士としての時間は終わりだ。キャスは第四騎士隊をけ、家業をぐため田舎いなかに帰る。

 ……そういつわる。騎士にあこがれ、レイピアを手に戦った彼女は消えるのだ。

 そういう約束だから、とキャスリーンがつぶやくように説明する。その声は我ながら情けないと思えるほどに小さく、は消えかかっている。

 そんな弱々しいキャスリーンの声とは対極的に、声をあららげたのはアルベルト。今までこのやりとりを静かに聞いていた彼だが、今の言葉は聞き流せないと言いたげに割って入ってきた。

「キャス、居なくなるってどういうことだ!?」

「それは……儀式を終えたら、騎士として居られなくなるから……」

「だから居なくなるのか? 俺に……俺達に何も説明せずに?」

 アルベルトの問いかけに、キャスリーンが小さく肩をふるわせた。

 約束だの条件だのと言えば聞こえはいいが、実際にはだまし続けた挙げ句のくもがくれだ。第四騎士隊の仲間達は今まで共に過ごしたキャスの正体を知ることもなく、ましてやすぐ近くの王宮に居るなどとつゆほども思わずこれから先過ごしていく。

 さびしいと思ってくれるかもしれない、また会いたいと思ってくれるかもしれない。だが彼等のおくにいるキャスはすべて偽りで、彼等は居もしない仲間をおもい続けるのだ。

 それを考えればキャスリーンの胸に言いようのない感情が湧く。こうかいと寂しさと罪悪感、それらがい交ぜになったなんとも言えない感情。

 そんな感情の中に疑問が湧いたのは、ナタリアが楽しそうなみをかべているからだ。ニンマリと彼女のくちびるえがいている。

「お母様どうしたの? ……いったい何をたくらんでるの?」

「あら企むなんて失礼ね、キャスリーン。ただ大変なことになったと思っただけよ。アルベルトには正体がばれて、そのうえキャスとして同行しなければならない。おまけに双子付き。これはひとすじなわじゃいかないわね」

「お母様がそうしたんじゃない。もう、どうすれば良いのか……」

「どうにかしなきゃいけないんだから、なんとかしなさいキャスリーン。もしかしたら何か変わるかもしれないんだから」

 そう告げてくるナタリアの声はやさしさを感じさせ、そのうえそっと手を伸ばすとキャスリーンのほおでてきた。くすぐるようなそのれ方にキャスリーンが瞳を細める。

「人生を切り開くための手助けはしてあげたから、ここからは貴女ががんりなさい」

「手助け?」

「えぇ、切り開きやすくするためにちょっとだけ切れ目を入れてあげたのよ。その切れ目を修復するもそこから切り開くも貴女次だいよ」

 クスクスと悪戯いたずらっぽく笑い、最後にナタリアの手がキャスリーンの金のかみを撫でた。三つ編みを手に取り、まるでいとおしむように撫でる。

 その手の動きに、そして告げられた言葉に、キャスリーンが考えをめぐらせた。

(キャスとして同行なんて無理に決まってる。みんなにバレたら大変だわ。そもそも正体をばらさないことも条件の一つだったのに。……でも、もしかしたら何か変えられるかもしれない)

 何かとは何なのか、明確な答えはいだせない。そもそも『変わるかもしれない』という確証の無い話だ。望みはだいぶうすい。

 だが可能性はゼロではない。キャスだって、このまま大人しく田舎に帰るのはいやなはずだ。

「そうね、私やるわ! お母様、私なんとかしてみせる!」

「えぇ、その意気よキャスリーン。……それで」

 キャスリーンの意気込みをうれしそうに聞き、次いでナタリアがチラリと視線を他所よそに向けた。

 そこに居たのはアルベルト。彼はナタリアの視線がおのれに向いていることに気付くと、まるで「俺が何か?」と言いたげな表情を浮かべた。

「アルベルト、もちろん貴方あなたも協力してくれるわよね?」

 ナタリアがやんわりと微笑ほほえみながらアルベルトにたずねる。

 それに対し、アルベルトは迷う様子もなくうなずいて返した。さきほどまでこんわくの色を浮かべていたが、今は確固たる意志を見せている。

「もちろんです。聖女様のため、なによりキャスのため」

 はっきりと告げるアルベルトに、キャスリーンが小さく彼の名を口にした。

 第四騎隊の彼は聖女の儀式に同行する義務はなく、せんばつされても断ることが出来る。キャスの正体についてだって、見なかったことにして無関係をつらぬく事も、それどころかこの事実を周囲に言いふらす事だって出来るのだ。

 だというのにアルベルトはキャスリーンに協力すると答えてくれた。キャスリーンのため、キャスのため、そのどちらも自分の事なのだと考えればキャスリーンの胸が高鳴る。

 先程までいだいていた不安もいつしゆんにして消え去るのだから、なんとも単純なものではないか。

 だが一度胸の内にいたあんは増すばかりで、消えたくないとうつたえていたキャスリーンの中のキャスすらも安堵しているかのようだ。

(アルベルト隊長がいつしよならきっとだいじよう

 そんな思いのままキャスリーンがアルベルトに感謝の言葉を口にしようとするも、それより先にナタリアが口を開いた。

「そうよね、それにアルベルトはえつけんの間に飛び込んできたものね。協力してくれないなら不敬罪で訴えるところだったわ」

「……そ、それは、あまりの事にあわてておりまして」

「そうでなくとも、としごろ乙女おとめえている部屋にノック無しで飛び込んでくるなんて」

「は、はい……もちろん重々承知しておりますが、その、事態が事態でしたので……」

「もしも貴方が協力してくれなかったら、その時は……。あら、青ざめちゃってどうしたの?」

 ゆうに笑うナタリアに対し、アルベルトはずいぶんと青ざめている。

 それを見て、キャスリーンが慌てて彼のうでさすってなだめた。

「アルベルト隊長、気にしないでください。お母様は遊んでるだけです」

「遊ぶ……? そうか、揶揄からかわれてるだけか」

おもしろい反応をすると玩具おもちやにんていされますよ。お母様、その楽しそうな顔をやめて!」

 キャスリーンが割って入ってアルベルトをかばえば、それがより面白かったのだろう、ナタリアの笑みが強まる。先代聖女としてのげんを感じさせる顔付きとも、母親としての包容力を見せる微笑みともちがう、玩具を前にした子供の表情だ。

 この表情の母に今まで何度揶揄われたことか。そうキャスリーンが記憶をり返りつつにらめば、ナタリアが満足そうに笑って「大人になったわねキャスリーン」とめてきた。

 先程までのやりとりがうそのように、一瞬にして優しい母親に切りわっている。だがその表情は時折繕つくろい切れぬと楽しそうな色を浮かべ、チラチラとアルベルトに視線をやっている。どうやらろうばいする彼の態度が相当気に入ったようだ。

「アルベルト隊長、こんな事になってしまって申し訳ありません。ですがアルベルト隊長が協力してくれるなら、私きっと頑張れます……!」

「あ、あぁ、そうだな。聖女も騎士も関係ない、今まで通り俺をたよってくれ」

「はい! でも、お母様からは私が守りますから!」

 そこは任せてください! とキャスリーンが力強く訴えて庇うようにアルベルトの前に出れば、彼がしようを浮かべつつ頭を撫でてきた。

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お飾り聖女は前線で戦いたい/さき 角川ビーンズ文庫 @beans

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