第5話意外な英雄
村の北側から聞こえる怒号に、緊張が走る。
魔王の次は魔物か!? 幾ら何でも襲われ過ぎだろっ!
やはり美人は美人でも魔王だという事か……返答の無い俺達に痺れを切らせて魔獣を寄越したって? そもそもあいつが来てくれん事には返答もクソも無いんだけど!!
まさかの襲撃に苛立ちを隠せない俺は、拳を強く握り締め二人を見る。
「これも魔王の仕業なのか……?」
「いや、それは無いのじゃ。この間も言うたが、あの魔王殿は嫌な気がせん。自らこんな小さな村にまで出向くのじゃぞ?」
「それは分かってるけどよ、それ以外に考えられねぇだろっ!」
「落ち着けファージっ!」
感情を露わにする俺をロワさんが止めてくれる。
俺自身、頭ではそうでない事くらい分かっている。だが、何故こうもうちの村が短期間で目をつけられるのか理解に苦しむ。
別に豊かな土地でも無ければ、奴隷に使えそうな若者も数えるくらいしかいない。
最近に至っては畑が死んだのだ。目標にする理由がない。
そんな苛立つ俺を村長は冷静に見つめ。
「ファージ、今考えても分からん事に苛つくでない。優先すべきは何なのか、もっとよく考えるのじゃ」
冷や水を頭からぶっかけられたようにハッとし、高まっていた感情が鎮火していく。
そうだ、今俺達がこうしている間にも、村の連中が襲われている。難しい事をとやかく考えている場合じゃない……!
頭で理解したときには既に身体が動いており、声のする方へと向かっていく。
村長とロワさんには悪いが、俺は先に行かせてもらう!!
背中に掛けられる二人の声に手を上げ答え、全神経を爪先に集中させ光になる。
俺のINTは極めて低い。それにイコールするかの如く、魔力も少ない。
魔力、体力などはステータスに表示されない為、絶対とは言い切れないがほぼ確実だろう。
事実、俺は簡単な初級魔法を数回使用しただけで魔力枯渇を起こしてしまう程だ。
だからこそ、だからこそ日々の畑仕事や鍛錬によって肉体的強さだけは並み以上であろうと心掛けた。特に理由は無かったが、本能が“そうしなければいけない”と訴えかけていた。
俺は声のする一点を見つめ、障害となっている住居に飛び乗り、屋根伝いで急行する。
「だずげでええええ!!」
「嫌あああああ!!」
「来るなっ! 来るなああ!!」
凡そ百五十メートル程進んだ場所。
徐々に近づいている声に、緊張の汗が風に吹き飛ぶ。
まだ襲われてから其処まで時間経ってないぞっ……!! 思ったよりも進行が早いのか、強敵揃いなのか。魔王の部下ならば両方考えられる。
火の手が上がる建物を避け、黒煙棚引く村入り口。
俺は数メートル離れた屋根の上でブレーキを掛ける。
「なっ……!!」
そこで目にした、蠢く黒い集合体に絶句する。
全身黒い霧に包まれるそれは、分裂と統合を繰り返し、裏も表も分からぬ身体をくねらせ周辺住居を薙ぎ倒していく。身体の触れた無機物、有機物全てを自身と同じ黒に染め上げ、灰の様になったそれらを喰らっていく。
全体がどれ程あるのかはイマイチ分かり辛いが、蛇の様に長く人を一瞬で飲み込んでしまう程のそれに、体温が奪われていく。
「な、何なんだよこいつはっ!!」
さっき見えていた黒煙は、こいつの胴体の一部だったのかよっ!!
本体が何なのかも分からねぇし、身体に纏っている霧に触れた時点で即お陀仏じゃんかよっ……!
顔見知りの住人が見下ろす俺に助けを求めるが、あまりの光景に戦慄し身体が硬直する。
「――助けてっっ!! 助けてファージっ!!」
「えっ……!」
叫び声に紛れる聞きなれた声にハッとし、十数メートル先の瓦礫に視線をやる。
「っ!! レオナっ!!」
黒く染まった瓦礫を崩し、這い出てきた幼馴染に目を見開く。
あいつが何でこんな場所に居るのかは、何となく予想が付く。
恐らく、この光景を何処かで目の当たりにし、何も考えずに特攻したのだろう。
それを証拠付けるかのように、レオナの下から小さな子供が顔を出す。
「ファージっ!! 気をつけてっ!! こいつやばいよ!!」
「――――――!!!」
レオナの声を遮るように響き渡る黒いのの声に耳を塞ぐ。
なんちゅう悍ましい声を出しやがるんだっ!! 腹の底に響くような、それでいて形容し難い何とも言えない音。何でこんな化け物がうちの村に居るんだよっ!!
未だ響く雄叫びに眉根を寄せ、それを睨みつける。
今俺が出来ることは何だ……これに触れれば即終了。襲われる人を助けても、黒化してしまっていた場合本当に助かるのか……? そもそも、触れたら最後の相手に、どうやって立ち回ればっ……。
更に絶望を与えるかの如く、もう一度吠えたそれに、更に表情が険しくなる。
――その時。
白い閃光が俺の耳元を通過し、化け物が大きく仰け反る。遅れてやって来た音と爆風が俺の横顔を襲い、左頬に赤い線がジワリと刻まれた。
途轍もない風の暴走に思わず体勢を崩すが、屈んで耐え凌ぎ閃光の出元である後方に顔を向ける。
「っ!!」
「勝手に先走りおってからに」
十数メートル後方、衣服を風に靡かせ宙に留まる予想外の人物に口をあんぐりとさせる。
「――村長っ!!」
「儂も訛ってしまったようじゃな。あんな虫けら一匹瞬殺出来んとは」
未だ吹き荒れる暴風の最中、ニヤリと頼もしい笑みを浮かべる村長に俺は何も発する事が出来なかった。
だって、誰がこんな助けを予想しただろうか。あの特殊性癖糞爺が、ただの禿げ上がった村長が、あの化け物を視界に捉えてなお“虫けら”と言い放つ。
右手が前方に突き出されているという事は、先程の閃光を放ったのは村長で間違いないのだろう。
その事実を否定したいと頭が悲鳴を上げるが、更に村長が現実を叩きつける。
「少し本気を出そうかの」
言葉に続いて展開される空を埋め尽くす程の、白く輝きを放つ魔方陣たち。
それに又もや言葉を失う。其処から放たれる幾多もの閃光が音を置き去りに怪物に襲い掛かる。
「……まじ、かよ」
「驚いたか? あの爺さん、あんなんでも昔は有名な冒険者だったらしいぞ」
不意に掛けられた言葉に驚きつつも、前に戻していた顔を声のする方へと向ける。
「ロワさん。それ、どういう事です?」
「そのままの意味だよ。誰もが知る有名な冒険者、物語にもされ魔法学校の教科書にも載った人物」
「はあ!?」
あんな糞が!? 今だって子供の様に燥ぎながら魔法を撃ちまくっているあの変態が!? 確かにだいぶ前にそんな自慢話を飲み会でやっていたが、完全に酔っ払いの嘘話と適当に流していた……。
あまりの驚き様にロワさんは声を上げて笑うと、怪物の方を指差す。
「ほら、あれを見てみろよ。もう終わりだ」
「えっ……」
振り返った視線の先、その光景に本日何度目になるか分からない絶句。
先程の巨大な化け物は姿を消し、周囲に散る黒い霧が少しずつ上空へと昇っていく。
閃光の影響か、周囲には高温に熱した鉄を水に浸けたかの様な白い蒸気が音を立てており、太陽の光に照らされ幻想的に輝いている。
黒い巨体は何の痕跡も残すこと無く、文字通り“跡形も無く姿を消した”。
「あ、あ、あ」
「これが村長の本気。未だに衰えを知らないみたいだな」
ロワさんの言葉に返す力も無く、ストンと腰を落とす。
これじゃ、俺の出番なんかどう足掻いても無いな。この村は爺さんが生きてる限り安泰だ……ハハッ、心配して損したぜ。
瓦礫から顔を出す生き残りが大歓声を上げる中、俺は上空で変な舞を披露する村長を見て笑う事しか出来なかった。
女魔王と村人Fの成り上がり 飯田 @yamadasan251
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