第9話:想いごと、ひねり潰したくなるでしょ?


 猫かぶりのお姫様。

 遠見美織に見つかってしまった優雨は動揺を隠せない。


――ど、どうしよ。あんな子に見つかったら口封じされるかも。


 これまで彼女の正体がバレていないのは、その度に消してるからではないか。

 などと物騒なことを考えていると、ゆっくりと美織が近づいてくる。


「ねぇ、聞こえてるんでしょ?」


――もうダメだわ。ここは素直に、いえ、でも怖い。


 覗き見していた自分が悪いが、出ていかざるを得ない。

 怯える優雨が諦めかけていた、その時だった。


「――あらら、バレちゃってましたか。残念ねぇ?」


 明るい声と共に一人の少女が出てくる。


――え? だ、誰なの?


 自分以外の相手の登場に優雨は戸惑いつつも中庭をのぞき込む。

 そこにいたのは、淡い茶色の長髪が印象的な美少女。


「……淡雪」

「そうです、私よ。先に言っておくと覗き見は趣味じゃないわよ?」


 少女の名前は須藤淡雪|(すどう あわゆき)。

 同じクラスメイトで、実家はかなりのお金持ち。

 文句なしのお嬢様にして、美織と並んで美女ツートップのひとりである。


――須藤さん? なんであの子がこんなところに?


 思わぬ相手の登場に、優雨は場を伺う。


――あのふたりって中学からの友達だっけ。


 いつだったか、そんな話を聞いたのを思い出した。


「たまたま通りがかかったら、修羅場っていてびっくり。また告白クラッシャーを楽しんでるの? 悪趣味じゃない?」

「相手の態度が悪い上に、しつこくてさ。ついやっちゃった」

「貴方を好きだって言う人の想いを踏みつけなくてもいいのに」

「いいじゃない。くだらない想いごと、ひねり潰したくなるでしょ?」

「はぁ。美織の本性を知らないで、告白した子も可哀想。でもさぁ、もう少し断り方もあるんじゃないの? 少なくとも、私はされても丁寧にお断りしてるわ」


 淡雪もかなり男子にモテる。

 同級生よりも年上から告白されることも多かった。


――どちらも私と違って桁違いにモテるからなぁ。


 優雨はモテる方だが、告白される経験は限られている。

 彼女たちのように日常の中にあるわけではない。

 人気のツートップと呼ばれる美少女たちは伊達ではないのだ。


「丁寧ね? ああいう風に告白してくる連中ってホントにウザい」

「そう?」

「私の事を何も知らないで告白してくるんだもの。私と親しくなってから告白してきた子が皆無という時点でどれだけ自分に自信があるのよ、と失笑したくなるわ」


 苦笑気味に美織は「みんな、本気じゃないもの」と言い放つ。


「本気で好きならば自分との関係を構築してから告白してよね。それすらせずに告白してオッケーをもらえるなんて、どんな自信家なのかな。男の子たちってバカなの?」

「憧れるのは自由でいいけど、憧れられる方は迷惑なことも多いのは確かね」

「でしょう? まったくもってバカばかりで嫌にならない?」

「んー、私はそこまでモテませんから」

「どの口がそれを言うの?」


 男子から人気という意味では淡雪も同じくらいだ。

 ただ、彼女の場合は告白するよりも憧れの存在でいてもらいたい男子も多い。

 高嶺の花に挑戦するチャレンジャーは少ない。

 告白率という意味では、美織の方がされている。


「こっちは下心に溢れたバカばかりで恋愛に幻滅してるのよ」

「だから、誰とも付き合わない?」

「付き合ってもしょうがないって思うわ」

「でも、運命はまだ信じてるんだ?」


 いつか運命の相手が現れるかもしれない。

 運命という名の出会い。

 意外にもそんな乙女心は美織の中にわずかに残り続けている。


「それ、中学の時からの美織の口癖よね?」

「信じてますよ。いいじゃない、それくらい。自分で言うのも何だけど、私みたいにこじれた恋愛観を持つ人間は、きっと運命の相手と出会わなきゃ改善できないもの」

「美織の乙女心は純粋で好きよ。下手に誰とでも付き合うくらいよりはマシね」

「自分の価値を自分で下げたくないだけ。そこまで恋愛に依存していないわ」


 欲望まみれの男子たちに告白され続け、恋愛に幻滅しているからこそだ。

 自分から誰かを好きになるくらいの相手と出会いたい。


「そーいえば、彼氏作らない同盟の淡雪がここにきて裏切ったわよね」

「……彼氏作らない同盟にまず参加した覚えがないのだけど?」

「周囲が彼氏ができた、フラれたと浮ついてた頃に、私たちは恋愛に流されないようにしましょうと同盟を組んだのを覚えてない? 中学の3年の春の事だったわ」

「ネガティブ同盟じゃない。そんな寂しい同盟はすぐ破棄しちゃいたい」

「まぁ、今じゃ学年でも人気の高いイケメンとくっついちゃったものね?」


 淡雪が交際していると噂されている男子。

 告白されても誰も落とせないと噂の不沈艦。


「あのイケメン男子の大和猛。彼と付き合えるのもまた淡雪くらいでしょ」


 ここ最近ではもっぱらの噂のネタだ。

 お嬢様の須藤淡雪と大和猛の交際しているらしい。

 そんな噂が流れて、彼のファンの多くが、ショックを受けた事件である。


「猛クンは人気者ではあるけど、案外と普通の子よ」

「どこが? 家柄優秀、性格も優しくて頼りがいのある男の子として人気者。あれだけの優良物件を手に入れたら、淡雪も同盟破棄もしたくなるわよね」

「……その同盟、最初から入ってませんからね? 美織も恋をしてみなさい」

「やだやだ。恋なんてしません。でもね、貴方が誰かを好きになるなんて意外だった」

「そうかな?」

「男子に心を開いているように見せかけて、見えない壁を作ってるのが淡雪への印象だったもの。それがここにきて、いちゃラブしまくってるし」

「……恋する気持ちがどんなものか知りたくなった。それが理由よ」

「ふーん。その相手にちょうどよかったのが彼なんだ。本気で彼が好きなのね。淡雪が恋をするなんて……。でも、私は無理そう」


 美織は恋愛することを諦めている。

 これまで、男子に対してろくな経験がないためだ。


「美織も仲のいい男子は何人かいるじゃない。最近じゃ、月城君とか」

「修斗クン?」

「この前も一緒にいたでしょ。クラスで話題程度になってるわよ」


 修斗の名前が出て、ようやく優雨はハッとする。


――そうだ、話に聞き入ってる場合じゃなかった。


 人様の会話を立ち聞きしていたが、本題は修斗の事でもある。


――遠見さんが修斗をどう思ってるのか、聞けるチャンスかも。


 ここまでの話で恋愛感情を抱いているようではなさそうだ。

 しかし、思わぬ話を聞いてしまう。


「あー、彼か。うん、修斗クンはいい子だよね。下手にがっついてない、話していても楽しい子。ああいう子ばかりならいいんだけど」

「気に入っているの?」

「それなりに。ああいうタイプってさ、私の好みなんだよね」


――え? それって恋愛的な意味で?


 思わずドキっとする優雨だが、それは裏切られる。


「修斗クンみたいな真っすぐな子って、弄(もてあそ)んであげたくない?」

「……すでにその時点で悪い女の印象しか浮かばないわ」

「何ていうのかな、男の子の純情って踏みにじると楽しいじゃない。修斗クンみたいな子はついつい男心を遊んであげたくなるなぁ」


――はぁ!? 何言ってるの、この女?


 思いもしない美織の本音に優雨は驚き戸惑う。

 淡雪も軽く呆れつつ、友人の悪癖に困る。


「ほら、美織の悪い癖が出た。貴方が恋愛できないのは、その悪癖のせいね」

「悪癖? その自覚はないわ」

「ひどい。これまで何人の子を弄んで捨ててきたのかしら。中学時代に逆戻り?」

「別にいいでしょ。向けられた好意をどう扱おうが、私の自由じゃない?」

「それで恋愛にトラウマができる程度に追い込だりするのは重罪でしょ」

「そうかしら。彼らが私を純情娘だと勘違いしたのが悪いのよ。人は見かけで判断しない。これからの人生のいい教訓になったと思う。私、とてもいいことをした気がする」


 悪びれる様子もなく言い放つ。


「してません。はぁ、男の子を弄ぶとか、普通に悪女がすることです。美織は悪女に向いてないからやめなさい。親しくなると情を持ちやすいんだから」

「……そんなことはないわよ?」

「それに、確か彼には本命がいるのだからちょっかいを出すのはやめてあげれば?」


 どうやら淡雪は優雨と修斗の関係を知っているようだ。

 美織も優雨と修斗の関係を当然ながら知っている。


「優雨さんのことか。そこがいいんじゃない。今の彼らって中途半端でしょ」

「中途半端?」

「くっつくか、くっつかないかの瀬戸際。微妙な関係だからこそ、不安定じゃない。この際、私になびかせておいて、フっちゃうとか、どうかしら?」

「人の恋路を邪魔するといつか、刺されるわよ?」

「冗談よ、冗談。取るつもりはないけど、遊ぶくらいならいいでしょ。恋に浮かれてる彼らの関係、ちょっとウザい。関係をぐちゃぐちゃにしたくない?」

「思いません」

「淡雪は私とよく似てると思うけど、真面目なところだけが違うわ」

「貴方と一緒にされると困るのだけど。こんな悪女と同類じゃない」

「えー。似てるでしょ?」


 他人の恋愛を壊してしまうのも遊びのひとつだと嘲笑う。

 

――こういう女なんだ、遠見美織って。


 平然と他人の気持ちを裏切り、弄んで楽しんでいる。

 その極悪非道っぷりには心の底からイラっとくる。

 勢いでこの場に飛び出したくなった。

 だが、嫌悪感を抱きながらも優雨はぎゅっと手を握り締めて制止する。


――ダメ。今は出ていけない。あの子に怒りをぶつけてもしょうがないもの。


 まだ実害がないのだから、何もするわけにもいかない。

 そのもどかしさが余計に腹立たしい。


――修斗と私の邪魔なんてさせない。したら、絶対に許さん。


 ただ、怒りが抑えられず、地団駄を踏む。

 その際、スカートからハンカチが地面に落ちた。

 優雨はそれに気づかないまま、やり場のない怒りに震えるのである。


――ぐぬぬ。実力行使で倒しちゃいたくなるんだけど!


 それができるはずもなく。

 憤りを隠せず、むっとした顔で相手をこっそりと睨みつけるのだった。


「はぁ、ホントに美織は一度まともな恋愛をした方がいいと思うの」

「恋愛ねぇ?」

「そのひねくれちゃった恋愛観を何とかしなさい。最重要の課題だわ」

「無理じゃない? この私、長年、男子という生き物に失望しきってるわよ」

「無理じゃない。貴方の信じる運命の人が現れたら、きっと変われる」

「……淡雪、なんか変わった? 前と違って、ずいぶんと恋愛脳になってるじゃない。恋をすると女子って変わるのかしら」

「そ、そこに突っ込むのはなしで」

「聞きたいわ。ねぇ、なんで彼と付き合い始めたの? どこを好きになったの?」

「まるで芸能リポーター並みの食いつき方ね」

「いいじゃない。たまには友達の恋愛事情もゆっくりと聞いてみたいわ」


 美織の興味は淡雪の恋愛話に移ったようだ。


――これ以上、このままここにいてもしょうがないや。


 その隙に優雨はそっとその場を離れることにした。

 

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