第8話:あれこそ、猫かぶりな娘じゃない


 優雨がひとり、放課後に学校に残ったのには理由がある。

 彼女が気にしている遠見美織が告白されるという情報を入手したからだ。

 異性からの告白など珍しくもない、美織にしてみれば日常のひとつでしかない。

 軽く受け止めて約束の場所に向かったらしい。


「……何やってるんだろうな、私」


 中庭に向けて歩き出した足を止める。

 今、彼女がしなければいけないのは、美織の本性を知ることではない。

 好きな子に好きと言えない臆病な自分を直すことである。

 なのに。

 こんなにも美織が気になって仕方ない。

 

「嫌なんだもの。もしも、遠見さんなんかに興味を抱かれたら……」


 その不安が脳裏をよぎって離れて消えない。


――自分以外に興味を持たれるのは絶対に嫌だ。


 わずかな可能性も潰しておきたい。

 その気持ちが優雨にこの行動をさせている。


「告白なんて好きでもない相手からされても、断わる方が面倒くさいだけなのに」


 経験者としては、別段好きでもない相手の相手をするのが嫌になる。

 探していると、中庭の片隅で男の子に告白されている美織がいた。

 ちょうど話を始めたところらしく、物陰に隠れながら優雨はその様子を眺める。


――見せてもらいましょうか、アンタの本性。


 口説かれている美織は平然としており、相手の言葉を聞いていた。

 その辺は告白に慣れているというだけある。


「前から憧れてたんだ。美織さんが好きだ、付き合ってほしい」


 告白する男子に見覚えがある。


――あれは西松君だったかな。隣のクラスの子だよね。


 女子慣れしていて、軽薄なイメージを抱くタイプだ。


――面倒くさそう。私なら告白される前に逃げるけどな。相手にしたくない。


 告白される前からごめんなさい、と言いたい。

 そんな相手でも美織は穏やかに微笑みながら、


「西松君。私は貴方とは面識がほとんどないのだけど、好きになってくれたのは嬉しいわ。でも、ごめんなさい。私は誰かと付き合うつもりはないの」

「どうして?」

「……誰も好きになったことがないからよ。今は恋愛をするつもりもないの」


 恋愛未経験を理由に、彼女は男子にやんわりとした口調で断る。


「だから、気持ちだけ受け止めておくわ。ごめんなさいね」


 告白を断る流れは別段、変わった様子はない。


――これで終わりかな? だとしても普通すぎる。


 噂のように、男子から嫌われることもなく。


――やはり、フラれた子の負け惜しみか。


 優雨が様子を眺めていると、どうやら男子の方はまだ諦めきれないようだ。


「いいじゃないか。恋愛なんて俺が教えてあげられる。興味がないとか言わないでさ。美織さんみたいな美人がもったいないじゃないか」

「……」

「なぁ、いいだろ? 付き合おうぜ」


 彼は慣れなしく美織の肩に手を触れさせて、


「俺たちならうまくやれるって。ねぇ、美織さん? いいよね?」


――ゲスいなぁ。こういうナンパな奴は嫌い。


 どうしてここまでの自信が持てるのかが逆に知りたい。

 美織はどう乗り越えるのか見守っていた優雨だったが、


「え?」


 いつしか美織の瞳から笑みが消えている。


「西岡君。その手を離してくれないかな」

「付き合ってもらえるのなら。その場合はハグに変わるけどね」

「……ふぅ。少し言葉が足りてなかったみたい。はっきり言うわ」

「ん?」


 彼女はゆっくりと、その肩に触れた手に自分の手を伸ばす。

 そして――。


「――ウザいから、その汚い手を離せって言ってるのよ」


 彼女は手を払いのけると、相手を地面に突き飛ばした。

 突然のことに男子は「へ?」と情けない声をあげる。


「な、なに? い、いてぇ!?」

「汚らしい手で触れないでくれる?」


 男子相手にひるむことなく、尻もちをついた彼を見下ろす。

 転ばされた彼は目をぱちくりとさせて戸惑うことしかできない。


――な、なにが起きてるの?


 その様子を目撃していた優雨も唖然としてしまう。

 普段の彼女はもうどこにもいない。

 まるで別人に変わってしまったようだった。


「み、美織さん?」


 その瞳は先ほどの穏やかで優しい少女の顔ではない。

 まるで、ゴミ屑を見下す冷たい視線。


「まったく、素直にフラれてくれれば、こんな態度にでることもなかったのに」


 しつこい相手にはそれ相当の対応にでるとばかりに、


「どうして私の周囲にはこんなおバカな男子しか近づかないのかしらね。吐き気がするわ。この手のやり取りも、やり飽きたもの」


 肩をすくめながら言葉を吐き捨てる。

 彼女は指を3本立てながら、面倒くさそうに言う。


「私が貴方の告白を断った3つの理由を教えてあげる」

「3つ?」

「まず、ひとつ。たった数回しか会ったこともない女の子に好きだと告白できる、その単細胞の脳みそが腹立たしいわ。頭の中が腐ってるんじゃないの」


 人は見た目が100%とばかりに、世の中は美人がモテてイケメンが持てはやされる。

 だが、美人なら誰でもいいという理由で選ばれたことが彼女は気に入らない。


「私が美人なのは当然。でも、貴方は美人と付き合えるのなら誰でもいい。そんな誰でもいい相手に選ばれたのが不愉快よ。そこらの相手と一緒にされてもね」

「そ、それは……」

「そもそも外見しか見てない相手なんて恋愛じゃない。お断りよ。逆にアンタの外見で言うなら、私から見れば下の下ね。生まれ変わって出直してきなさい」

「ひぐっ!?」

「ふたつめ。さっき言ったわよね。私に恋愛を教えてあげる? ふざけるないでくれるかしら。貴方ごときがこの私に教えられるものがひとつでもあるとでも?」


 マシンガンのように連続して放たれる、辛らつな言葉の暴力。

 立つこともできない男子に彼女は憤慨する想いをぶつける。


「その上から目線が気に入らない。何様なのかしら?」

「今のアンタの方が上から目線だがけどな」

「黙りなさい。発言を許可した覚えはないわよ」

「ぎゃっ!?」


 彼女は地面に転がる男子の手を踏みつける。


「最後に3つめ。もし、私が好きになるとしたら、きっとそれは貴方のようなダメ人間ではない。私ね、運命って信じてるの。素敵な相手とは運命的に出会えるものだって」

「運命? そんなものあるものか」

「私はあるって信じているもの。だけど」


 乙女チックな一面も見せつつ、相手の矜持を踏みにじる。

 

「貴方に運命など微塵も感じないわ」


 安易に告白した人間をひねりつぶす。

 心臓殺しの一撃|(ハートブレイクショット)。

 言葉の暴力でボコボコにされた男子は、


「な、なんなんだよ、アンタ。そっちが本性か」

「……本性? そんなものは貴方たちの思い込みに過ぎない。清楚な外見をしてればビッチではないと? 純真無垢な顔をしていれば幼い思考だとでも?」

「ぅっ……」

「外面ばかりしか見ていないから人間の中身を見極められないのよ」

「見た目を裏切ったのか。俺の憧れを打ち砕きやがって」

「裏切る? この私が貴方たちの思う通りの中身でなくちゃいけない理由なんてないでしょう? 人を見る目のない哀れな貴方に素敵な言葉をプレゼントするわ」


 美織は心底、見下す視線と共に呟いた。


「私に二度と話しかけないでくれるかしら? 視界からさっさと消えなさい」


 囁かれた相手の心を凍り付けにするほどの冷たい言葉。


「ひっ……う、うわあああ」


 怯えすくんだ男子はそのまま慌てて逃げ去ってしまった。

 動揺しているせいか何度か転んで、逃げ惑う。

 その情けない後姿を見つめながら美織は口元に笑みを浮かべる。


「あははっ、無様な姿。ホントに男の子ってダサくて気持ち悪いわぁ」


 人を傷つけたことを楽しんでいるかのような恍惚な微笑。


「ああいう男子ばかりしかいないのかな。私の運命の相手はどこかしら?」


 遠見美織という少女の隠された一面。

 人の性格はサイコロのように見えてる一面だけとは限らない。

 表があれば裏もある。

 それは分かっていたけども……。


――嘘でしょう? これが現実なの?


 目の前の光景を何一つ信じられずにいた。

 優雨はずっと隠れてみていたが、心臓がドキドキとしている。


――何なの? あれこそ、猫かぶりな娘じゃない。


 ある意味で、猫系少女である。

 猫かぶりにもほどがある。

 普段の印象を覆す、その本性に優雨は軽く震えながら、


――なるほど。フラれた子が悪口を言うのはあのせいね。


 しつこくつきまとった男子にのみ見せる本性。

 普段の彼女からすれば、こんな光景を見なければ誰も信じない。

 自分が予想していた以上に、裏表の激しさを見せつけられた。


――とんでもない女の子もいたものね。修斗も騙されてるんだわ。


 恐ろしいものを見たとばかりに、彼女は一歩後ずさる。


「……?」


 かすかな物音に気付いたのか、美織は視線を壁際に向ける。

 とっさとに隠れたが、すでに気づかれてしまったようだ。


――やばい、気づかれちゃった?


 ここでのぞき見していたとバレるのはよろしくない。


「なんだ、見てたんだ。覗き見なんて趣味がよくないわよ?」


 美織に声をかけられてしまい、優雨は息をひそめる。


――まずい、バレた!?


 ドキドキと高鳴る心臓の鼓動。


「――隠れてないで出てきなさいよ、子猫ちゃん」


 優雨はもう逃げられない――。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る