第7話:ゼロ距離恋愛のままじゃいられない
昼食は普段から食堂で食べることがほとんどである。
その日は珍しくパンを購入して屋上で食べていた。
「エビカツサンド、ハムカツサンド、トンカツサンド。見事に脂っこい3兄弟だな。この3つをまとめて買ってきてくれるとは……」
「人が買ってきてあげたのに文句言わない」
「優雨に任せたらチョイスが偏りすぎだ。お前は何にしたんだ?」
「メロンクリームサンドとクリームパン」
「甘そうなチョイスで」
「お昼ご飯をパンにしたいって言ったのは修斗でしょ」
「これだけお天気も良ければ外で食べたくもなるさ」
幸いにも今日は涼しく、気持ちがいい。
外で食事をするのも悪くない。
「……とはいえ、優雨よ。なにゆえにお前は俺の背中にもたれてくる」
背中同士をくっつけるような格好での食事には一言だけ言いたい。
「どうせ密着されるならもっと……いえ、何でもないっす」
「何かいけないわけ?」
「俺が食べにくいんだが?」
「それくらい、いいじゃない。別に問題ではないわ」
マイペースにパンを食べ始める優雨に「いいけどさ」と根負けする。
――今日の優雨は何だか、しおらしさを感じる。
いつものような勢いもなければ、強気さもない。
エビカツサンドをかじりながら彼は思案する。
――俺が何かしちゃったか? いや、覚えはないな。
特に思い当たる理由もなく、それを聞くのもためらわれる。
とりあえずは食事を続けることにした。
サクサクとした衣は脂っこさを感じさせない。
「エビカツ、うまい。タルタルソースがきいてる」
「そう。こっちも美味しい。たまにはパンも悪くないわね」
「美織さんも購買のパンを勧めてくれていたもんなぁ」
「……遠見さんの名前を口にするな」
不機嫌な彼女の声に「なんで?」と答えるしかない。
――前から思ってたけど、変な意識してないか?
遠見美織、という女の子の名前に優雨は過敏に反応しすぎる。
「あの子と最近、仲がいいわよね。今日も仲良くお手伝いしてたみたいだし」
「見てた? ちょっと頼まれごとをしちゃってさ」
「ほいほいとついて行って痛い目を見ればいいわ」
「ひでぇ。美織さんが悪い人みたいな言い方はやめなさい」
「修斗は知らないだけよ。きっとあの子には裏がある」
「根拠は?」
優雨は「女の勘よ」と背中越しに声をかける。
「それ根拠じゃないから。よく言うけど、女の勘って当たるのかねぇ?」
「直感っていうのは大事じゃない。私、あの子のことが好きじゃない」
「大して話したことがないのに、印象悪すぎ」
「話せばもっと深く相手を危険だと実感できそう」
「……優雨はもっと心を広く持とうぜ」
「嫌がらせでもなんでもなく、修斗にはあんまり近づいてほしくないのよ」
彼女の警告。
実際のところ、修斗としては美織とは別に何もない。
美人に頼られるのが悪い気はしない、それだけだ。
「何でもないよ。高嶺の花と俺がどうこうなるなんてのは夢物語だろうしな」
そんなに世の中、甘くない。
今後に夢も期待もしてはいけないものだ。
「とにかく、鼻の下を伸ばしてばかりいちゃダメよ」
「してないっての」
「そもそも、残念男子のアンタと相手じゃつりあわなさすぎ」
「分かってますけど、人から言われると傷つくぞ」
「……それなら、ちゃんと身の丈に合う程度の相手を選びなさい」
背中越しに伝わる体温。
こんな風に顔も見えずに接する機会はなくて。
「修斗とは、いつまでこんな感じでいられるのかな」
「……いつまでって、ずっとじゃないのか」
「何事にも終わりはいつかやってくるものじゃん」
「まぁ、永遠はないわな」
二つ目のハムカツサンドを食べながら優雨の言葉に耳を傾ける。
「終わるっていうより、人の関係なんて常に変わっていくものだろ」
「……そうかしら」
「変わるさ。変わらないものなんてない」
「私たちの関係も?」
優雨の言葉に修斗は言葉に詰まる。
――俺たちの関係が変わるなんて、ちゃんと考えたことがなかったな。
中学からの付き合いで、友人としては腐れ縁で。
――変わっていくのかな。俺たちも、いつかは……。
今とは違う関係になっているのかもしれない。
どう答えようか迷っていると、
「いいわ。今の質問はなしで。こんな話はやめましょ」
「優雨?」
「そんなことをアンタと話しても意味なんてないもの」
「えー。聞いておいてそれかよ」
答えを求めておきながら答えられることが怖くなった優雨である。
臆病がゆえに、望んだ答えでなかった時の方が怖い。
「……少し眠いわ。昼寝するから時間になったら起こしてちょうだい」
「お、おい、その体制で寝られると俺が動けんぞ」
「ジッとしておいて。悪戯したらひどいめに合わせるから」
「それはそれでひどいや」
話を強引にやめてしまい、優雨は修斗にもたれる形で昼寝をはじめる。
「まぁ、眠くなるほどのいいお天気ではあるけどさ」
やがて本当に寝てしまったようで静かな寝息が聞こえてくる。
「ホントに寝たし。やれやれ、自由な猫ちゃんですな」
翻弄されるだけされて、放置なのはいつものことか。
「俺と優雨の関係。変わる可能性なんてあるのかね」
もしも、自分たちの関係に友人以上の関係があるのだとすれば。
「……想像できっこねぇや」
口とは裏腹にうっかりと想像してしまった。
そんな未来があったとしても案外悪くない気がする。
「なぁ、優雨? お前はどう思うんだよ」
寝てしまって返事のない背中に静かに声をかけた。
修斗は最後のトンカツサンドに手を伸ばし、
「変わるのかねぇ、俺たちも?」
そう呟いて一口食べ、「揚げ物系ばかりはキツイ」と愚痴る。
見上げた快晴の空と背中にもたれる子猫。
初夏の季節はふたりに少しずつ変化をもたらせつつあった。
「修斗、今日の放課後はひとりで帰りなさい」
放課後になって優雨からそう告げられた。
「なんで?」
「私、少し気になることがあるから残るわ。たまには友達と遊びに行ったら?」
「そういうことなら了解だ。自転車は置いていくから乗って帰れよ」
「いいの? それじゃ遠慮なく借りていくわ」
自転車で二人乗りできているのでこういう時が少し困る。
歩いて帰れない距離ではないし、遊んで帰る修斗の方が自由がきく。
優雨のいない放課後。
それはある意味で新鮮なことでもある。
あまり優雨は女友達と遊んで帰るようなことはしない。
人付き合い的なものを含めて、優雨なりの友人関係の距離感があるせいだ。
修斗も優雨を連れて寄り道がてらに遊んで帰る程度。
なんだかんだでふたりっきりでいることが多い。
「……それを世間では付き合ってると呼ぶのでは?」
遊びに誘った友人からそう告げられてしまい、返す言葉がない。
ファーストフード店でたむろしながら雑談していた。
「いや、だから、俺たちは付き合ってるとかじゃなくてだな」
「あれで付き合ってないなら何なんだよ」
「ハーレム漫画のバカ主人公じゃあるまいし、他人の好意に鈍感すぎやしないか」
「これだからリア充は……。あーあ、世界が滅べばいいのに」
軽く相談してみればこの答えだ。
「毎夜、部屋に年頃の女の子を連れ込んで何してやがる?」
「俺たち、恋人がいない男が嫉妬するような真似ばかりしてるんだろ」
「連れ込んでないから。漫画を読んでのんびりとくつろいでるだけだ」
「なんでだよ。普通は押し倒してえっちぃことをしてみたくなるだろ」
「そんなことをしてみろ。優雨に半殺しにされるっての」
「ホントかぁ? むしろ、相手だってそれくらい望んでるんじゃないの?」
妄想たくましい男子の言い分に修斗は呆れつつも、
「あのね、俺と優雨はただのお友達です。その友情関係に恋愛的なものはない」
「一度も甘い雰囲気になったことはないと?」
「……それは、まぁ。流れ的に微妙なことはあったりするけどさ」
「ほら、それで何もないとかありえねぇ。修斗、恋愛とかしたことないのか」
恋愛をしたことがないとまで言われて、彼はたじろぐ。
「な、なんだよ。俺と優雨だぞ?」
「この残念野郎。自分がどれだけ恵まれた立場にいるのか、わかってない」
「なんてやつだ。こりゃ、伊瀬さんの方が可哀想だな」
「あっちがあれだけ好き好きアピールしてるのに気づかないって最悪じゃん」
「いや、だから、俺たちは別にそういう関係では……」
修斗に対して友人たちが「いい加減に気づけ」と諭す。
「ゼロ距離恋愛のままじゃいられない。お前ら、今のままでいいわけ?」
「失ってから気づくとか、別れの王道パータンになる前に自分で気づけ」
「お前、ちゃんと優雨ちゃんの事を考えてやれよ。このヘタレ!」
友人たちからの罵詈雑言に修斗は困るしかなかった。
――俺だって何も考えてないわけじゃないさ。
積極的に考えて行動する気もないわけだが。
そういう優柔不断な態度は周囲にも中途半端にしか映らない。
「恋人が欲しくないわけじゃないんだろ? いい加減、お前も考えろよ」
「俺たちだって、いつまでも子供じゃないんだぞ」
「言われたい放題だな」
「……けどよ、そんな風に諭す僕らに女子の縁は一つもないんだぜ」
「余計なことを言うな。悲しくなるじゃないか」
「ちくしょう。神様はどーしてこうも不平等なんだか」
負け犬男子の遠吠えは寂しい。
――優雨は俺のこと、どう思ってるんだろうか。
彼女はこれからの関係を変えたいと思っているのか、どうか――。
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