第26話:我が心のままに
夏休みと言えば、宿題と言う名の試練が与えられる。
それに苦しめられるのが夏休み後半。
最後まで放置したことを後悔しながら嘆くことを何度繰り返しただろうか。
「やらなければいけないことは、さっさと済ませるしかない」
「そうすっね」
今日は千秋の家でふたりで宿題をこなしてた。
麦茶を入れたコップの中でカランっと氷が音を立てる。
まじめに勉強を続けて数日間。
千秋の方はもう限界の様子だが、ここを乗り越えれば楽しい夏休みになる。
「優那、これならどうだ?」
「正解だ。やればできるじゃないか。次はこちらだ」
「うげっ。少しは休憩くらいさせてくれ」
クーラーのきいた部屋。
夏休みを有意義に過ごすために集中的に宿題を終わらせていく。
「ちーちゃんは昔から最後の方まで宿題をしなかったからな」
「が、頑張りますよ。今年は優那と過ごす時間を増やしたいんだから。数学の宿題が終われば全てクリアだろ。これで自由に過ごせるんだ」
「そうだ、せっかくの夏だもの。私だって毎日を楽しく過ごしたいと望んでいる」
「優那からそんな言葉を聞けるなんて」
その言葉を励みに千秋もやる気に燃える。
「うぉーっ、やってやるぜ。夏が俺を呼んでいるのだ」
「その意気で頑張り続けてくれ。私はもう終わった」
「嘘っ!? それなら、それを写させて……」
「ダメだ。自分でしてこその宿題だろう。分からない所があれば教える、それ以外は自分でする。これは最初に決めた約束だ。最後まで貫け」
「優那さん、厳しいっす。恋人はもっと甘やかせていいんですよ」
「そうして堕落させてしまうのはよろしくない」
宿題を終えたノートを鞄の中に入れてしまう。
「ちっ、楽ができると思ったのに。お願い、優那。彼氏の言う事を聞いてくれ」
「……そんな甘い誘いに3度も乗らない。昨日までの私は少し甘すぎた」
ちょっとだけ揺れた心を隠すように優那はぷいっと視線をそらす。
こうして千秋に甘えられると、つい甘やかせてしまう。
――ちーちゃんに甘いのは私の弱点だ。
それでは意味がないので、これ以上の援護はしないと決めた。
「教えてやるから自分で頑張れ。今のうちに私は調べモノをする。パソコンを借りるぞ」
「どうぞ。変なところは見るなよ?」
「例えばこの履歴を調べても?」
「やめてください。お願いします」
「……男の子だな」
検索しようと優那がパソコンをいじると、すぐにその手の画像が出てきた。
シチュ別にフォルダ分けまでされているようだ。
予想していただけに言葉に出すのも情けない。
「おい、エロ猿」
「無慈悲すぎる暴言っすよ!?」
「フォルダの中に裸のお姉さんたちの写真が山ほどある件についての説明は?」
「そ、それは男の子の宿命なんです!」
「……消すか」
「俺の趣味を消さないで!? やーめーてー」
そんな意味不明の攻防を繰り返し、時間が流れていく。
優那は千秋と温泉旅行に行こうと計画していた。
いろいろと調べて、旅館の手配をしたのが数分前のこと。
幸いにもこの時期で格安プランを予約する事ができた。
「お盆に近いが問題はないだろう?」
「俺は別に行けど。優那はいいのか?」
「私? どういう意味だ?」
「せっかく、家族が揃うチャンスじゃないのか?」
「残念。お盆休みは私ではなく、お姉ちゃんと話し合うらしい」
「え?」
千秋が驚いた顔をするのは当然だろう。
優那の両親はあの事件以来、姉と顔を合わすことをしていない。
「姉夫婦も覚悟を決めたようだ。孫娘を初めて祖父母に顔合わせする。その機会をようやく作ってやった。互いに渋々ではあったけども」
「優那がきっかけを作ったのか?」
「そうだ。仲良くできるとは限らない。でも、進展だとは思わないか?」
「あぁ。元通りになればいいな。せっかくの家族なんだからさ」
千秋の言葉にうなずく。
彼女が作ったのはあくまでもきっかけに過ぎない。
これまでのことで、家族はどうしようもなく壊れてしまっている。
今さらとはいえ、お互いの中にある消えない気持ちもあるだろう。
「すぐには無理だけど、時が経てば前進することもある。私がそうであったように、向き合うことから逃げなければ、解決できるかもしれない」
「優那は強くなった」
「ちーちゃんが強くしてくれたんだよ」
優那ができたように、姉たちにも両親と和解してもらいたい。
壊れた絆が修復できるかもしれない。
それは甘い考えの希望なのかもしれないけど。
――私は家族をもう一度だけ信じたいんだ。
その想いが届くのかどうか。
少しだけ期待してしまう優那であった。
「さぁて、旅行の予定も立ったし、新しい優那の水着でも買いに行くか?」
「ちょっと待て、ちーちゃん。宿題はどうした?」
「終わりましたよ。ついさっき」
「あっ。こいつ、私のノートを写したな!?」
優那が見せた隙を逃さず、こっそりと書き写した千秋である。
これで宿題はすべて終了になった。
ずるい男め、と彼女から非難される。
「いいじゃん。これで晴れて俺たちの夏休みは自由だ」
「はぁ。まったく、油断も隙もない奴だ」
「だからさ、思う存分に楽しもうぜ」
「な、何を……んむっ……」
いきなり、キスをされて押し倒されそうになるのを止める。
「こ、こらっ。いきなり盛るな」
「照れてる優那が可愛いんだ」
「くっ。そうやって人が赤くなってるのを楽しんでるし」
頬を赤くしてると、千秋に唇を何度も奪われる。
普段の主導権は優那が握っているが、恋愛においては千秋に主導権がある。
つい受け身になってしまう彼女は攻めやすい。
「なぁ、水着を買いに行くか、このまま俺に襲われるかどちらがいい?」
「……譲歩するよ。水着を買いに行く。せめて、露出の少ない奴を選んでくれ」
「後者を中々選んでくれないのは男として残念だが」
「お前は節操なしなんだ。もう少し雰囲気を考えてくれれば、私だって……」
――千秋に求められるのは嫌じゃないのだから。
あえて口には出さないのは彼女の小さなプライドか。
「ほら、さっさと出かける準備をしてくれ」
「水着のことなら気にするな。俺が買ってあげましょう」
「……怪しい。何を企んでいる?」
「そうやって彼氏を疑うのはやめような」
優那の白い目を向けられて、わざと視線を逸らしながら、
「俺が優那に何をしたというのかね?」
「前科があるからな。何度かしたデートの度に私にお前は何をした? ん?」
「こほんっ。今回は優那のためにプレゼントをしたいだけさ」
「その甘い誘いに乗せられて、痛い目を見てきたのは誰だった?」
「痛い目じゃなくて甘い目だけどね。お前の可愛い姿を見たいんだ」
欲望を隠さない千秋に優那は呆れつつも口には笑みがこぼれる。
そんな感じでふたりは夏を楽しみながら過ごしていた。
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