第25話:忘れるな、この想い


「たまに早起きも悪くない。この時間帯の空は綺麗だな」


 優那達はベンチに座り、真夏の青い空を見上げた。

 雲ひとつのない快晴、今日は暑い1日になりそうだ。


「……優那ちゃんが自分の気持ちに素直になれてよかった」

「もっと早くしておけばよかったかな」

「人間ってそんなものだよ。優那ちゃんだけじゃない。ほら、子供の頃の夏休みの宿題とか、最後まで残して慌てるような。結局、人間っていうのは“危機感”を肌で感じられるようにならないと身動きできない生き物なんだもん」


 今回の事は非常に運が良かっただけだと思う。

 千秋が再び優那に興味を抱き恋をしてくれたこと。

 そうでなければ、優那は本当に千秋を失っていたに違いない。

 千秋の元恋人、亜沙美には悪い事をしたと思うが、これもひとつの結果だ。

 人の痛みを感じてあげるほどの余裕は今の優那にはまだない。

 自分の事で精一杯だった。


「私は最後になるまで気づけなかった。怖いと感じた時にはすでに遅い。難しいな、恋愛は……。だけど、恋愛は私を幸せにしてくれた」

「千秋君も念願が叶って喜んでるんでしょう。よかったじゃない」


 もちろん、優那は千秋にも感謝はしている。

 紆余曲折はあったものの、優那をずっと愛してくれていた。

 それがなければ、今の二人の関係はなかった。


「アイツをずいぶんと待たせてしまったよ」

「優那ちゃんが素直になるのに時間がかかったけど、結果オーライじゃない」

「……今回ばかりは千秋に感謝してるよ」

「まぁ、もう少し一途でもよかった気がするなぁ」

「他の女性と交際を勧めたのは私だ。アイツだけを責められない」


――嫉妬深いくせに。自分の気持ちと向き合えなかった。


 それは優那の責任だ。


――失う前に取り戻せてよかった。

 

 自分勝手なのは重々承知している。

 だが、人の気持ちとはそういうものなのだ。


――その気持ちに気づけなければ、想いは届かない。


 今回の件には優那なりの反省をしなければいけない。


「おや?」


キャンキャンっと足元の子犬が吼えていた。

どうやら散歩を続けたいらしい。


「ごめんね。この子が散歩したいって」

「いいよ。また今度、夏休み中にどこかへ遊びに行こう」

「うんっ。それじゃ、またね。優那ちゃん。バイバイ」


 元気よく手を振り、彩華は子犬と一緒に公園を去っていく。

 優那は一人になった公園でもう1度ベンチに座りなおした。


「好きだ、この一言を伝えるのに随分と時間がかかってしまったな」


 もうずいぶんと時間が経ってしまったけれど、優那はここで千秋に告白された。

 あの頃と何も変わらないその場所。

 

「私もちーちゃんが好き。誰よりも愛しているんだ」


 数年前の想いを優那は誰もいないその場所に告げた。

 

――その言葉を告げるのにどれだけ時間がかかってるんだか。


 自分のことながら苦笑してしまう。


――遅すぎだ。この鈍感なやつめ。


 心の中で自嘲していると、


「――ようやく俺の気持ちが理解してくれたか、優那?」


 ハッと振り向くと千秋が照れくさそうに立っている。

 どうやら、優那を探しに来てくれたらしい。


「優那がいなくてびっくりしたよ。まさか早起きして散歩なんて」

「そういう気分の時もあるさ。それよりも、あの時はすまない。私にはちーちゃんの想いを踏みにじった。辛かっただろう?」

「別にかまわない。俺は何年越しでも優那の気持ちが聞けて嬉しいんだ」

「……ちーちゃん」


 彼に向き合うと今度は目を逸らさずに想いを伝えた。


「こんな私を愛し続けてくれてありがとう」


 今の優那があるのは彼のおかげだ。


「諦めなければ、夢をかなえることができるって教えてくれた。それだけで、想い続けた時間は無駄にならない。ほら、しんみりとした顔を見せるなよ」


 千秋は優那の手をひいて立ち上がらせる。


「俺はお前の笑顔が好きだ」


 この男の子に優那は絶対に勝てる気がしない。


「あと、可愛く喘ぐ声も」

「お前はその余計なひと言を言うから嫌いだ」

「うぉ、好感度が下がった」

「それで上がると信じているのなら大馬鹿だ。まったく」


 優那は彼の腕にしがみつくように抱き付いた。


「……大人しくしておけ。何も言わなければ、お前への好感度は高いままなのに」

「ありがとな」

「ふんっ。それにしても暑いな」


 じんわりと額に汗がにじむ。

 気温が徐々にだがあがりはじめてきた。


「さっさとコンビニに行って帰ろう。暑くなってきた」

「はいはい。そうだ、近い内に海にでも行くか?」

「海はいい、私も好きだ。となると、新しい水着が必要だな」

「おー、いいね。水着だ、水着。今日にでも買いに行こうぜ」

「目当てはそちらか。お前らしい」


 海で遊ぶよりも、水着の方が興味津々と言った感じ。


「俺の好みで選んでもいいか?」

「……マイクロビキニとか選んだらその時点で別れるぞ」

「さすがの俺もそこまでの勇気はないや。でも、優那ならスタイルは良いんだから似合うかもな……って、冗談だから怒るな。恋人の水着選びなんて初めてだ」


 ふたりで海にいくなんて子供の頃以来だった。

 優那は思わず口元を緩ませて、


「まずは朝食だな。帰りにコンビニでプリンとティラミスを買おう」

「相変わらず、甘いものが好きだな」

「当然だ。朝を早起きしたせいで無駄にカロリーも消費してしまった」

「そこは普通に頑張ろうぜ。早起きくらいできるようになってくれ」


 千秋じゃなければ優那はきっとこんなに深く愛する事もなかった。

 今と言う時間をともに過ごしたい相手。


「行こう、ちーちゃん」


 優那は彼の手をしっかりと握る。

 何度も離しそうになったこの手。

 もう2度と離してあげないよ、と心の中で呟きながら――。

 

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