第3話:言い訳してでも、傍にいたい


 愛する人の告白を断った。

 だが、千秋は優那にフラれてからも幼馴染の関係を続けてくれている。

 高校に入り、何度も彼は告白されていたが、誰とも付き合わなかった。

 それが優那に対して想いを引きずっている証拠だと彼女は感じた。

 彼の心の重荷を解き放つために。


『千秋、お前は自分の恋愛を優先するべきだ』

『……だけど、俺は』

『やめておけってば。こんな女への想い何て捨てて前へ進め』


 優那が強引に後押しをしたこともあり、彼は恋人を作り始めた。

 元々、容姿がいいこともあり、すぐに恋人はできた。

 しかし、本当に心の底から相手を愛することもできず。

 結果、破局を迎えてしまうパターンが何度もあった。

 優那を忘れられない彼に新しい恋など初めから無理なのだ。


――私のせいで千秋を苦しめている。


 本当に好きな人への想いを消せない。

 それを傍で見続けているからこそ、優那自身も辛く想える。

 想いに答えられない自分の情けなさ。

 顔に出すことはなくとも、いつも胸の中に申し訳なさがあった。


「千秋。私が言うのも変だが、恋人は大切にした方がいいぞ」


 学校への登校途中に優那はそう言葉をかけた。


「心配しなくてもしてるって。今度は大丈夫」


 その“大丈夫”を優那はもう何回も聞いている。

 そして、その数日後には破局と言う流れもよく知っている。

 結局、彼自身もうまく行かない自分の恋愛に悩んでいるのだ。

 その原因も、解決策も、一つしかないというのに。


「なぁ、千秋。お前は優しい奴だ。いい加減に……」

「優那。それ以上は言わないでくれ」


 千秋自身も自分が未練を残し続けてることを理解している。


「俺たちは幼馴染なんだ。今までもこれからも、ずっとな」

「……そうだな」


 お互いに、幼馴染としての関係を利用している。

 優那は恋人になれないと拒否しつつも、千秋を切り捨てられない。

 完全に拒絶することはできないでいる。

 千秋も同じだ。

 面倒くさがりな優那を世話してあげなきゃいけない。

 そう言い訳して、何よりも傍にいたいのは千秋自身なのだから。


「おはようっ」


 校門前で女子生徒に声をかけられて優那は振り向く。


「あぁ、彩華。おはよう」


 彼女は優那の親友である西条彩華|(さいじょう あやか)。

 愛らしいルックスと明るい性格をしている人気者だ。

 

「千秋君、優那ちゃんといつも一緒に登校してくるよね」

「俺の朝は優那を起こす所から始まっている」

「……優那ちゃんはもっと自分で早起きを頑張るべきじゃない?」

「それができたら苦労はしないぞ」

「胸を張って言わない。ダメダメな子ですからね」

「幼馴染に頼りっぱなしなのは自覚しているよ」


 朝だけは苦手なのだから仕方ない。

 低血圧に寝起きが悪い優那には千秋に甘えている。

 

「これは俺の優那への愛ゆえの行動なのさ」

「あははっ。それも見事に一方通行だけど? 優那ちゃんもそろそろ、幼馴染以上に想ってあげなよ。これだけ尽くしてくれるのに」

「それとこれとは話が別だよ。私は誰も好きになるつもりはない」


 千秋は「つれないからなぁ」と校門に視線を向けると、


「……あっ。悪いな、優那。ここから先は別行動させてもらうよ」


 彼の視線の先には後輩っぽい少女の姿があった。

 千秋に気づいて手を振って応える。


「あれ、千秋君の恋人? 前の子と違う」

「2週間くらい前から付き合ってる子だよ」

「また新しい恋人? しかも、後輩? 相変わらず人気者だね、千秋君」

「そりゃ、俺は学年きってのイケメンでモテますから?」


 自分で言うな。

 と、言ってやりたいところだが、千秋は普通にモテるから困る。


「でも、彼女さん。どこか怒ってない?」

「不機嫌そうな顔をしてるな。千秋、彼女を怒らせたのは朝の件だな?」

「さぁ、何のことやら」

「誤魔化すな。ちゃんと、しっかりと話し合うように」

「はいはい。関係修復に善処してくるよ。じゃぁ、またあとで」


 彼女に近づくと何か小言を言われて、千秋はなだめていた。

 そのまま校舎に消えていく二人を眺めていた優那達は、


「千秋君はモテますなぁ。複雑な乙女心はどうですの?」

「ふっ、千秋はルックスがいい方だし、女に好かれる努力もしているからな」

「それ、誰のためにしてる努力か分かって言ってる?」


 彩華の意地悪な言葉に優那は「さぁね」と知らんぷり。


「あんまり、意地悪ばかりしてちゃ、千秋君が目の前からいなくなっちゃうよ?」

「……私もそろそろ、幼馴染離れする時期に来てるのかもしれないな」

「えー。そっちの意味で? なんで、素直になれないのかな」


 彼女はどうやら優那が千秋を好きなくせに素直じゃないと勘違いしている。

 ただ、それは事実ではない。


「私には千秋に好かれる資格がない」

「え? 何か言った?」

「何も言ってないよ」


 優那は自らその幸せになる権利を手放した。

 千秋の想いをないがしろにしたのは優那なのだ。

 

「幼馴染離れか。本格的に考えた方がいいかもな」

「朝はどうするの? 千秋君が食事の世話からいろいろとしてくれてるんでしょ?」

「それは……お姉ちゃんの所で一緒に暮らそう。うん、それなら大丈夫だ」

「姉夫婦にお世話になるって選択肢の時点で自分で頑張る気ないじゃんっ!?」


 彩華の言葉に返す言葉はない。

 朝が弱いのだけは本当に自分ではどうしようもないのだ。


「“幼馴染”と書いて“朝のお世話係”と読ませる」

「ひどすぎるから!? 千秋君が報われなさすぎ」

「……私はひどい女だよ。その自覚くらいはあるさ」


 思わせぶりな態度で今もこうして、千秋を翻弄してしまう。


「ぐぬぬ。どうして素直になれません?」

「私は猫系女子ですから」

「その環境なら、猫系女子でも素直になれるわ!」

「……かもね。そう怒らないでくれよ、彩華」


 ふてくされる友人をなだめる。

 千秋が傍にいてくれる事に安堵している自分もいる。

 つかず離れず、その微妙な関係を続けて欲しい。


――これは我が儘だな。私の悪い癖だ。


「どうしようもなく、面倒くさい女だという自覚はあるんだけどな」


 今までと変わらず、千秋には自分の傍にずっといて欲しいと願ってしまうのだ。

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