第3シリーズ:猫系女子のしつけ方

プロローグ:渡せなかったラブレター


 誰にでもある初めての恋をした時の記憶。

 それは時に甘く、時に切なくほろ苦い。

 双海優那|(ふたみ ゆな)の初恋は10歳だった。

 何も知らない無垢な想いを胸に秘めて。

 その頃の優那は大好きな姉を慕い、幼馴染に恋をしていた。


「ちーちゃん♪」


 幼馴染である男の子、城崎千秋|(しろさき ちあき)。

 優那は彼を“ちーちゃん”と呼んでいた。

 恋人になりたいと思い始めたのは姉に恋人ができた事がきっかけだった。

 

「江梨|(えり)お姉ちゃんは最近、楽しそうだけど何かあったの?」

「えぇ、楽しいわよ。だって、今の私は恋をしているもの」

 

 当時の姉はまだ高校生。

 初めての彼氏に浮かれながらも幸せそうな毎日を送っていた。

 恋愛をして姉はずいぶんと変わったと感じていた。


――お姉ちゃん、すごく綺麗になったよね。

 

 元々、美人ではあったものの、表情が明るくなり、素敵になった。

 幼心に恋は人を変えるのだと知る。

 だから、純粋な意味で優那は恋に憧れていた。

 恋をすれば幸せになれると本気で信じていた。

 

――私もお姉ちゃんのようになりたいな。


 彼女のように幸せになりたい、姉への憧れと羨望。

 心を突き動かされた優那は千秋への想いを強くする。


「私もちーちゃんに告白して、恋人になるんだ」


 その気持ちばかりが大きくなっていく日々。


「ねぇ、お姉ちゃん。ちーちゃんに告白するのってどうすればいいと思う?」


 江梨に相談してみると優しく、微笑みを浮かべながら、


「あら。優那も千秋君に想いを伝えたくなったの? 可愛いわね」


 妹の恋を応援する彼女は一緒に考えてくれる。

 普段から傍にいる幼馴染同士。

 子供とはいえ、照れくささもあり、素直に言葉にはしづらい。


「優那が好きって気持ちをラブレターにしてみればどうかしら?」

「ラブレター?」

「あー、今どきの子供はそんなの書いたりしないのかな。あのね、好きって気持ちを言葉にするのは恥ずかしいでしょ?」

「うん」


 優那は照れくさくなって、小さく頷く。

 顔を赤らめる純粋さを江梨は可愛らしく思う。


「ふふっ。そういう時は言葉を手紙に書いて伝える方法があるのよ」

「……何をどう書けばいいのか分からない」

「それも経験よ。優那、恋ってね。苦しい事もあるけども、それは幸せになるためのものだから。悩んで、苦しんで。でも、それはきっと貴方を成長させてくれるわ」

「悩んで、苦しんで……?」

「優那の心の中にある大事な想いを言葉にするの。好きです。たった一言でも思いは伝わる。でも、一言で収まらない思いを手紙に書くの」


 机の上に置いた便箋に彼女は綺麗な文字で文章を考える。

 

「こういうのは苦手だなぁ」

 

 少女漫画のようにうまく言葉にできない。

 優那が千秋を好きになったのは、面倒見の良さや、頼りがいのある所だ。

 彼女自身、気弱で人の背中に隠れるようなタイプである。

 そんな彼女をいつも背中で支えてくれる男の子。

 それが千秋であり、彼を好きになるのは当然の流れだった。


「ちーちゃんは私の大事な男の子だもの」

 

 鉛筆を走らせて、その想いを一つ一つ文字に込める。

 “好き”。

 その二文字を言うのにこれほど苦労するなんて。

 悪戦苦闘の末にようやく書き終えることができた。


「できたぁ」


 姉のアドバイスを受けながら、想いを込めたラブレターが完成する。


「お姉ちゃん、これでいいかな?」

「いいんじゃない。優那のちゃんとした気持ち、書けてるもの」

「よかったぁ。これでちーちゃんに告白できる」

「千秋君もきっと優那のことを受け入れてくれるよ」


 ぽんぽんと優那の髪を撫でながら姉は、


「優那の真っすぐな想いはちゃんと伝わる。言葉にすれば必ずね」


 好きな人に好きだと伝える事に勇気がいる。

 幸せになるためにそれは乗り越えるべきものだ。

 

「ちーちゃんが好き……大好き♪」


 手紙を胸元に抱き、恥ずかしがる優那。

 幼い少女が書いたラブレター。


 だけど。


 優那はそのラブレターを千秋に差し出すことはなかった。

 そのすぐ後に起きたある事件。

 優那にとっての恋愛観をぶち壊すことになってしまったから。

 彼女は初恋の気持ちをどこかに失ってしまった。

 渡せなかったラブレターと共に――。

 数年の時を経て、再びその手紙を手にする時まで。

 想いも一緒に忘れ去られることになる――。


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