最終話:俺の嫁は猫系女子


 亜衣と伊月が付き合いだしてから一週間が経過した。


「お前の嫁さんの人気が急上昇中だな」


 友人からそうからかわれる。

 伊月はクラスメイトに囲まれている亜衣の方へと視線を向ける。


「うわぁ、可愛い。この猫たち、亜衣さんの飼ってる猫? 小さくて可愛い」

「寝顔とかめっちゃ天使じゃん」

「いいなぁ、猫飼いたい。マンションじゃなければ飼えるのに」


 亜衣の携帯で撮られた写真を眺める彼女達。


「黒の子がシュバルツ、白の子がヴァイスって名前なの」

「名前カッコいいね。亜衣ちゃんがつけたの?」

「お母さんがつけた。昔から我が家は猫を飼っていて……」


 淡々としながらも、彼女なりに答える。

 元々、亜衣は美人だが人前では大人しい性格だ。

 そのため、クラスでも目立たなかったのだが、例の件で一躍、目立つ存在となった。


――悪目立ちだと思ってたのだが。


 伊月の思いとは裏腹に、男女ともに人気が出始めている。


「子猫の寝顔写真とか可愛すぎ。私に送ってくれない?」

「いいよ。この写真とかも可愛くてね」


 子猫の話題に盛り上がる女子。

 特に女子は以前から興味を抱いたこともあり、友人と呼べる子たちも増えた。

 亜衣も最初は戸惑っていたが、次第に慣れていっている。


――亜衣が楽しそうならいいか。


 どんなきっかけであれ、孤立しがちの亜衣がクラスに馴染めた。

 そのことを喜ぶ伊月だった。

 

「あれぇ、旦那から熱心線を向けられてるよ、亜衣ちゃん」

「ホントだ。見つめられてる。愛だねぇ」


 その視線を気づいた女子達があからさまに騒ぐ。

 すっかりとこのクラスでは夫婦扱いもお馴染になっていた。

 

「……伊月のあの視線は熱心線とかじゃない。あれは『亜衣もクラスに馴染んできたなぁ』という幼馴染的な上から目線。ムカつく」

「なんで分かった!?」


 意思疎通はしっかりできてる夫婦だった。

 

「幼馴染歴が長いだけあって、互いの事がよく分かってるんだね」

「伊月は単純だもの。人畜無害そうな顔をしてエロい事ばかり考えてる」

「そっちの意味でかよ。ひでぇ」


 相変わらずの評価の低さに嘆くしかない。

 男子たちからは「エロいのは正義だ」と擁護の意見。

 その微妙な援護射撃を打ち砕く、亜衣の一言。

 

「自分の彼氏がエロい方がいいと言う女子はごく少数だと思うわ。違う?」

「「そーですね」」


 正論で論破され、沈黙するしかない哀れな男子陣だった。

 あっさり一撃で彼らを葬ると伊月に向けて亜衣は、


「……伊月は優しいけど、エロいから困るわ」

「おおっ、夜には人に言えないプレイを強いられたり?」

「とりあえず、キスばかりしてくるのはさすがに困るわよね?」

「それはお前だ! 何、しれっと自分からじゃないよ的な顔で言ってるんだよ。隙あらばキスしてくるくせに。かといって、俺からすると怒られる理不尽さ」


 思わぬ伊月の反論に顔を赤らめる。

 その初々しさが男子から見ても可愛らしい。

 

「なっ。そういうことを堂々という所も嫌い。デリカシーがないわ」

「俺にいらぬ疑いをかけられるよりマシだ。エロいのはどっちだ」

「私はエロくありません。伊月と一緒にしないで。大体、キスしないと拗ねるのはそっちのくせに。人に言える立場じゃないでしょ」


 どちらも周囲などおかまいなしにプライベートを暴露しあう。

 言い合いながら、自分たちが何を暴露しあっていたのかを冷静になって思い知る。


「あの、これは、その……」

「……ふたりともラブラブって言うのはよく分かったよ」


 痴話喧嘩を微笑ましく見守るクラスメイト達だった。






「クラスに馴染めてよかったな」


 学校の帰り道を歩きながら伊月は亜衣に笑いかける。


「……伊月も早く馴染めるといいわね? お友達、ひとりくらいできた?」

「上から目線やめて!? 俺にもちゃんと友達がいますから」

「何だかんだで、伊月の評価もあがってるわよ。よかったね」

「そうなのか? うーむ、自覚がないです」


 実際の所、亜衣は幼馴染の関係から抜け出せた事に安堵している。


――伊月があんなに女の子の間で地味に興味のある存在だったなんて。


 クラスメイトと親しくなって聞かされたのは伊月の女子の評価だ。

 何だかんだいいながらも、伊月は容姿は良い方だし、エロい方面がどうにもならないのが悲しくても、性格は優しく素直に甘えられるタイプだ。

 一般的に亜衣と交際していると見られていたため、具体的に行動した子はいないらしいが、面倒見が良い所は女子からも評価されていた。


『小倉さんと付き合ってなければ、アタックしてたかも?』


 なんてて言う話を聞かされたら亜衣としても気が気ではない。


――恋愛なんて所詮は運だもの。私、伊月と結ばれて良かった。


 そんな亜衣の気持ちを知らず、伊月は不思議そうな顔をしながら、


「どうした、亜衣?」

「……なんでもないっ」

「それにしても亜衣はモテるよな。よくあんな可愛い彼女がいて羨ましいと言われる」


 亜衣も男子からの人気があがり、地味系女子の不名誉な扱いから脱却している。

 彼女は気恥ずかしさを感じながら、


「そう。自分の幸運に感謝しなさい。可愛くて素敵なお嫁さんでしょ」

「……うわぁ、自分で言っちゃうのか」

「うるさいっ」


 照れながら亜衣は伊月の腕に抱きついた。

 付き合い始めてから、こんな風に密着する事も多くなった。

 素直ではない彼女がここまで来るのには時間がかかったけども。


「亜衣……もう少し胸を当ててくれたらお兄さんが喜びます」

「別に伊月を喜ばせたくてくっついてるわけじゃないから」

「ひどっ。もっと、おっぱいの感触を楽しみたくて……いたっ」


 思いっきり足を踏みつけられて伊月が痛みに叫ぶ。


「あ、あの、亜衣さん。マジで痛いっす」

「伊月はエロいのを禁止して欲しいわ。なんで、関係が変わってもなおらないの?」


 すると、伊月は真面目な顔をして、亜衣に詰め寄る。


「な、なに?」

「……人間、簡単に本質は変わらないものさ。それが人ってものだろう?」

「なんでその顔をして言ったの!? 全然、良い台詞じゃないから!」


 亜衣からお叱りを受ける彼は悪びれもせず、


「だってなぁ、エロいことをしても許してくれる可愛い彼女がいれば、エロさもエスカレートするってものですよ。自然の摂理だな」

「エロいことは許してません。ねつ造するな」

「いやいや、以前と比べて亜衣もずいぶんとエロくなって。胸とか揉ませててくれるようになったら俺も嬉しい」


 キッと睨みけられると「すみませんでした」と謝る伊月だった。

 どんなに不満そうでも、亜衣は伊月から距離を取ろうとはしない。

 ずっと腕に抱き付いたままだった。


「ちょっと素直になったよな?」

「……素直になりたい年頃だもの」

「年頃万歳。何だかんだで、俺もお前を大事にしたい気持ちは変わらんのよ」


 亜衣は独占欲が強い。

 付き合い始めてから伊月はそのことに気づき始めていた。


「他の子に振り向いたら、慰謝料をふんだくる」

「やめれ。そんなことはないって断言できる。本命は亜衣だけだ」

「嘘ついたら? 私を裏切ったらひどいめにあうからね。物理的にも精神的にも」

「……なんで、俺は信頼がないんだろう? 浮気みたいなことしました?」


 普通にショックな伊月だった。


――信じていても、口に出すのは恥ずかしい。


 逆に亜衣が他の誰かになびくこともありえない。


――私みたいな面倒くさい性格に付き合えるのは伊月だけだもの。


 伊月だけが亜衣にとって本当の自分をさらけ出す事の出来る相手。

 他の誰かにその代りなんてできない。


「もうすぐ、夏だよな。夏になったら遊びまくれるぞ」

「……勉強しなさい。ただでさえ、私達は遅れ気味でしょ」

「亜衣が不登校だったせいで、俺まで巻き添えを……いてっ」


 お腹を肘で小突かれる伊月。

 あの件も冗談として言い合えるくらいにはなった。


「人のせいにしない。大体、伊月は授業に出てたのに何で遅れ気味なのよ」

「人には持っているスペックがある。スペック以上の活躍はできんのだ」

「ドヤ顔して言うセリフじゃないから。赤点取ったら補習だからね」


 夏の気配を肌で感じながら、まもなく7月を迎える。

 今までとは違う特別な夏が訪れようとしているのを亜衣は待ち望んでいる。


――伊月じゃないけど、楽しい夏にはなりそうだわ。


 期待を胸に抱きながら彼女は笑う。


「どうした、亜衣? 今、笑った?」


 そっと背伸びをして、亜衣は潤う唇を近づける。


「私も笑う事はあるわ。伊月と一緒にいるとき、限定だけどね。……ちゅっ」


 もはや慣れた行為とばかりに伊月の唇に自分の唇を重ねる。

 

「やっぱり、亜衣はキス好きじゃん。俺も好きだけどさ」

「私は私の好きなようにするだけ。伊月はそれを受け止めてくれるだけでいいの。分かった? 文句なんて言わせない」

「はいはい、俺の可愛い彼女の仰せのままに」


 優しく身体を抱きしめてくれる伊月に亜衣はそう甘く囁いた。

 素直になれない猫系女子の恋はまだまだ続く――。


【THE END】



************************************************

第3シリーズ:予告編


優那は初恋相手の千秋に告白されるが、ある理由から断ってしまう。

それから数年後、彼には新しい恋人ができていた。

どうしてあの時、優那は彼の告白を受け入れなかったのか。

それは、癒えぬ心の深い傷が原因であった。

恋する気持ちはまだ心の中に。

猫系女子は再び恋心を取り戻すことができるのか?


『猫系女子のしつけ方』


――ラブレター・フロム・猫系女子。信じていれば想いは届く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る