第33話:先輩、私のこと。好き?
意地悪な保奈美に対して綺羅は嫉妬した。
弘樹に抱きつきながら、彼女は拗ね続ける。
誤解も解けて破局危機は去ったようだが、これからが問題だ。
「大体、彼女がいるのに他の女の子に抱きつかれる先輩が悪い」
「そうだな。俺が悪かった」
「その言い方……反省が足りてない」
「どうしろっていうんだ。反省してますって」
綺羅のご機嫌をとろうにも、拗ねてしまった状態だと難しい。
「俺の事を嫌いになったのか?」
「好きだよ。好きだからこんなにムカつくんじゃないっ」
「ご、ごめん」
「先輩のバカ、バカ、バカっ」
弘樹の身体を小さな手で叩く。
拗ねた綺羅はこちらを睨みつけてくる。
その瞳は飼い主に遊んでもらえなかった子猫のものによく似ている。
「嫌いな相手なら興味もない。苦しむこともない。好きだから、嫉妬したり、嫌な気持ちにもなったりする乙女心を理解して」
「……それが理解できないから俺はモテないのかな」
同じことを凛花から言われたことを弘樹は思い出していた。
『弘樹は相手の気持ちをもうちょっと理解しようとしてやらなアカンよ。アンタは優しい子やけども、最後の最後で気配りが欠けるからなぁ。乙女心は男が想像するよりも、もっと奥深いんやから』
そこさえ、何とかなれば弘樹にも自然に彼女ができるとか、なんとか。
ようするに、弘樹は女の子に対しての気配りの詰めが甘い。
「先輩だって、私が知らない男の子といちゃついてたらムッてならない?」
「なるな。おいおい、人の彼女に手だしてんじゃねぇぞ、こら。って感じで」
「……その気持ちが分かるのなら、私にもっと優しくすること」
「努力します」
弘樹がそう言うと、ようやく許してくれたらしい。
体を離すと彼女は「……こっち」とリビングを出る。
扉に『KIRA』とプレートが貼ってある部屋。
綺羅は自室に彼を招き入れた。
「入って。恋人の部屋に入りたいっていう変態趣味な先輩の願いを叶えてあげる」
「それは嬉しい。俺の夢がまたひとつ叶った。でも、俺は変態ではありません」
「HERO先輩なのに」
「エッチでもエロでもないっすよ」
家族以外の女の子の部屋に入るのは何気に初めてのことだ。
期待にドキドキと心臓が高鳴る。
「うちの姉ちゃんの部屋みたいにBLの小説や漫画だらけな上に、下着やらジャージやらが散乱する整理整頓のできていない汚い部屋とは違うんだろう」
「……凛花さんの部屋、汚いの?」
「アレは自分のことをするのが面倒くさい人で女の子という存在に幻滅するぜ」
大いに期待と想像を膨らませながら部屋に入る。
「ここが私の部屋。あまりモノには触らないで」
「へぇ……。何て言うか、シンプルな部屋だな」
部屋の中には本棚ばかり、ぎっしりと小説が詰まっている。
全体的に白を基調にしたシンプルな内装。
カーテンも可愛らしいものではないし、フローラルな香りはしない。
これだと弘樹の部屋とたいして変わらない。
――何だろう、このがっかり感は。
女の子の部屋という興奮もなく残念な気分は否めない。
「女の子っぽくなくて幻滅した?」
「……い、いや、そんな事はないぞ」
雰囲気を察した綺羅は「嘘つき」と失笑めいた顔をする。
「フォローは良い。私もそう思うから。姉みたいに可愛い部屋じゃないし」
「これはこれでいいけどな。悪くはない」
ところどころにファンシーグッズがあったりして女の子っぽさはある。
異性の部屋と言う雰囲気は感じられるので弘樹もドキドキする。
「ここで綺羅が寝ているんだな」
「……ど変態。さっさと出ていけ」
「ひどっ!? 別に変な意味じゃないのに。このぬいぐるみ。猫が好きなのか?」
「それはこの前、姉からもらったもの。アレキに似てるからお気に入り」
「また家に来いよ。アレキサンダーと遊んでやってくれ」
「うん。あの子は素直で可愛いから大好き」
弘樹よりもアレキを好かれているようだ。
そこは残念だけども、猫を可愛がる綺羅は可愛らしいので許す。
辺りを見渡しながら綺羅の部屋を探索する。
「女の子の部屋をジロジロと見ないで。ヒロ先輩みたいな変な本は多分ない」
「……それは俺もこれから注意するからもう言わんといて」
恋人にその手の本が見つかる悲しみは男性諸君にしか理解してもらえない。
「あれ? これは……?」
弘樹が気づいたのは、本棚の横に置かれた女の子向けティーンズ雑誌だった。
そして、この手の雑誌にある見出しを見て驚愕する。
『彼氏との超体験談SP。私、こんなプレイをしました』
『初めてを失敗しないために知っておきたい3つのこと』
『お互い気持ちよくなるためのテクニック。今日からはじめよう』
「えっと、これは……どうみてもアレですね」
思わず顔を強張らせて言葉がでなくなる。
弘樹も何となくは理解できなくもない。
中高生の女の子だってこう言う雑誌を見たりするものだ。
凛花も似たような雑誌を見てた記憶がある。
「ほぅ。綺羅もこう言うのに興味があるんだな」
「ち、ちが、違うからっ!?」
「この手の本を読んでるのに?」
「そ、それは夢逢お姉ちゃんの部屋から適当に持ってきただけ。私のじゃないっ」
「そう言いながらも、それなりに興味があるんだろ? 興味深々なんだろう?」
「ち、違うっ……違うって言ってる!」
顔を真っ赤にさせて弘樹に枕を放り投げてくる。
「い、いてっ」
「ヒロ先輩の変態っ。恥ずかしい事を平然と彼女に言うなんて、最低!」
「なっ。自分の時は俺にお仕置きしておいて、よく言う」
「私のこれと先輩のアレは違うじゃないっ」
「違わんだろう」
慌てふためく彼女は弘樹から雑誌を奪ってしまう。
彼女は自分の黒い髪を指でいじりながら、
「ホント、最悪……バカ、エッチ」
「気になるものを目のつく所に置いてた綺羅が悪いんだい」
「うっさい。先輩のバカ、バカ!」
「い、痛いから殴るな。少しは加減してくれ」
弘樹の背中に攻撃を加えてくる彼女に微笑する。
「……でも、意外だった。俺の彼女も皆と変わらず、お年頃なんだと改めて思いなおしました。むしろ、安心した感じ?」
「き、気にするくらいいいじゃない」
「悪いとは言ってない」
「……か、彼氏ができたら、いろいろと考えるものでしょ。ふんっ」
「開き直ったし……気持ちは分かるぞ。俺もいろいろと考えたりするけどな」
「私と先輩を一緒にしないで。先輩なんて欲望の固まりのくせに」
フォローしたのに反撃された。
なので、弘樹も綺羅を攻めることにした。
「そう言う綺羅こそ、キスだけじゃ物足りないとか。一線を越えてみたいとか」
「――なっ!?」
「あ、いや、その……うん、言った俺がなんだけども照れるな」
お互いに見つめ合ったまま、フリーズ状態に。
互いに赤くなってしまう辺りが恋愛初心者同士である。
ただいま、綺羅の親がいない家の部屋でふたりっきり。
この状況で、男として何か行動しない理由はどこにある?
「……綺羅のお母さん、いつ頃帰ってくるんだ?」
「友達と遊びに行ったから、夜9時ごろだって聞いてる、けど……」
「そうなんだ。ふーん。ま、まだ帰って来ないんだな」
「う、うん……まだ全然帰って来ない」
見つめ合ったまま、身動きができない状態が続く。
高まる心臓の鼓動、次の行動をどうするべきか悩んでいると、
「……ヒロ先輩、傍に行ってもいい?」
綺羅の方から弘樹に距離を詰めてくる。
イチゴの香水は綺羅のお気に入りの香りだ。
最初は甘ったるい感じがしたが、今は綺羅の匂いとして弘樹も好きだ。
「あのさ、綺羅。俺にも理性と言うものがあってだな」
わざとらしく、最後の確認をしてみたり。
「……先輩、私のこと。好き?」
「好きだ。俺が本気で好きになったのは綺羅だけだ」
「何か目線がいやらしい」
「ははは……自分、男の子ですから」
弘樹はそっと綺羅を自分の方へと抱き寄せる。
すると、綺羅の方から「んっ」と唇を尖らせてキスをしてきた。
弘樹の腕の中で彼女は身動きせずに緊張した面持ちでジッとしている。
「どう、すればいいの?」
窓辺から差し込む夕焼けの橙色のグラデーション。
見つめる綺羅が甘く囁いた。
そして、弘樹達は――。
「――んっ。ヒロ先輩……好きだよ」
……。
その夜、家に帰ると姉ちゃんがリビングでアレキサンダーのエサを与えていた。
「おー、おかえり。弘樹、遅かったな」
「……まぁな」
「ん? なんや、香水の匂い……はっ、綺羅ちゃんの匂い?」
「――っ!?」
――ば、バレたか?
「……まさか、綺羅ちゃんと、ちゅっちゅしておったな。こいつ、リア充やわ」
「ちゅっちゅって表現が古いわっ!?」
ただの姉のやっかみだった。
足元にすり寄る子猫が「にゃー」と鳴いてエサのお代わりを要求する。
「ほら、アレキサンダーも『女の匂いを身体にしみこませて、このリア充めっ』と不満気味な顔をしてるやんかぁ。ひどいわなぁ」
「してないっての」
「ホント、彼女ができた弟は節操無くて困る。家に甘ったるい空気を持ってこんといてくれるか。自覚のないリア充はこれやから嫌やわぁ」
「……えらい言われようですな」
姉に説教されながらも、弘樹は綺羅の事を考えて、思わずにやけてしまう。
少しずつ恋人としての関係を進展させつつあった。
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