第34話:恋する乙女の顔をしてる
「キラ~。久し振りだね」
その日の休日、夕方になり綺羅は有希と駅前のカフェで待ち合わせていた。
久し振りに友人との対面だ。
「……有希、こんな時期に直接会えるなんて思ってなかった」
「私もだよ。でも、いい機会だったよね」
にっこりと笑う彼女に抱きしめられる。
寮暮らしをしている有希は普段は遠くに住んでおり、外出許可を取らないと外にも出られない生活をしている。
けれども、今日は親戚の結婚式があり、久しぶリにこの街に戻ってきていた。
夕方になり、寮へと帰る前に綺羅と会う時間を作ってくれたのだ。
駅近くのカフェに入り、綺羅達は窓辺の席に座りながら、
「キラぁ。注文、何しようか?」
「私はレモンスカッシュにする」
「キラって酸っぱい系好きだっけ?」
「んー。微炭酸系が欲しくなる時期」
「はっ、まさか……おめでた? 次の結婚式はキラだったりするとかぁ?」
「妄想でも、冗談でも、変なことを言わないで。ただレモンが好きなだけ」
「ただの冗談じゃない。ムキになっちゃって~。あははっ、キラは真面目だなぁ」
うりうりと彼女に指先で頬をつつかれる。
姉に同じ事をされたら本気で殴りたい気になるけど、有希にされても気にならないのは確実に信頼度の差だろう。
「有希は何にするの?」
「そうだなぁ。私はアイスカフェオレ。ケーキとか食べる?」
「……私もやめておく。夕飯食べられなくなるとママに怒られるから」
時計を見ると4時過ぎだった。
有希とは普段から電話で話してるけども、いろいろと話したい事はある。
「従姉妹さんの結婚式はどうだった?」
「とても綺麗だった。ああいうドレスとか女の子ならいつかは着てみたいよね」
「……そう。有希なら似合うんじゃない」
綺羅は別に結婚式に憧れがあるわけではない。
「女の子なら誰でも一度は憧れるものでしょ?」
「あまり派手な事は嫌いだから」
「あははっ。キラらしいなぁ。でも、そう言いながらも実際、ああいうドレスを着てはしゃいじゃうのがキラだもんね?」
「……分かってるなら言葉にしなくてもいい」
その通りかもしれないと、恥ずかしくなる。
有希は昔から綺羅と仲良くしてくれている。
人生でも数少ない友達の一人だ。
それゆえに心は許してるけども、からかわれてしまうことも多い。
「久し振りにキラにあったけど、思ってた通りに表情が明るくなったよね」
「え?」
「いつも電話だから、顔とか表情までは想像しかできなかったじゃん。けれども、こうして会って顔を見たら分かるよ。うん、すごく変わった」
「そうかな。自分ではさほど変わった気がしない」
「中学の時とはもう別人さんじゃない。恋する乙女の顔をしてる」
友人からそう言われて、綺羅は思わず顔を赤らめた。
恋をして人は変わると言う。
そんなベタな展開を綺羅は通っているので余計に恥ずかしい。
「照れちゃったキラも可愛い」
「や、やめてよ」
「ふふっ。ホント、良い顔するじゃない。もっとキラの傍でそれをみたかったな」
有希はこんな綺羅の数少ない友達。
自分から人と触れ合うことはほとんどなく、面倒くさい性格だと自覚している。
そんな綺羅相手でも嫌がることなく友人として接してくれるのは有難い。
――どうして自分なんかと付き合ってくれているのか、時々不思議になるくらい。
綺羅はウェイトレスが運んできてくれたレモンスカッシュをストローで飲む。
カランっとコップの中で氷がこすれ合う音がする。
「先輩とのお付き合いは順調?」
「よく喧嘩ばかりしてるけども、仲直りの度に関係は進展している気がする」
「キラってば素直じゃないから、先輩も大変だ」
「有希……本人の前でひどくない?」
彼女は笑いながら「私は陰口って嫌いだから」とはっきりと言ってしまう。
「でも、素直じゃないから可愛いって思える事もあるじゃない。私は好きよ」
「……ありがと」
有希のこういう所が綺羅は好きだ。
良い所も、悪い所も、誤解なく言葉にして伝えるのは難しい。
けれども、有希はそれを嫌味もなくしてしまう子だ。
そっと、アイスカフェオレをかき混ぜながら有希は言った。
「嫉妬の話を前にしたじゃん。あれからどうなった?」
「……先輩って、地味に人気あるから嫉妬しまくってる」
「おー。キラでも嫉妬するんだ?」
「自分はそこまで人に対して執着心とかないと思ってた。でも、嫌なんだ。彼が私以外の女の子とベタベタしてたり、笑顔を見せるの嫌。心の狭い女だと言われてもいい。先輩は私だけのものだって独占欲が収まらない」
それは直すべきだと自覚してるのに。
彼のすべてを独占したいなんて。
おこがましくて、面倒くさくて、嫌われるかも知れなくて。
それでも、この想いは止めれない。
「嫉妬して、喧嘩して、それでも仲良くいられるのは、ヒロ先輩のおかげ」
「キラの全部受け止めてくれるんだね?」
「……うん。だから、私も甘えられる。私が大好きなままでいられるんだ」
「うわぁ。キラに惚気られた」
惚気(のろけ)なんて自分がするなんて思わなかった。
人生ってホントに不思議で、面白い。
「……私もさ、学校に気になる人ができたんだ」
「え? 女の子? 百合展開?」
「なんで!? 私の学校、共学で女子高じゃないからっ!?」
からかわれたお返しとばかりに有希に突っ込む。
「そうだっけ。他の男子の話が出てこないからてっきり、そう思ってた」
「男の子とあんまり縁がなくてさ」
「全寮制だもんね。男子寮と女子寮に分かれてるんだ」
「当然でしょ。でも、それゆえにあんまり仲良くできるチャンスも少なくて」
進学校ゆえに学力のレベルも高く、ついていくのも大変だ。
自分の選択肢を少し間違えたと後悔する有希である。
「ちなみに気になるお相手は?」
「同じクラスの男の子。席が少しだけ離れてるんだけどね。視線がよく合うんだ」
「それが気になってる?」
「きっかけみたいなものかな。人を意識する事ってきっかけが大事じゃない。そこから恋に発展するかはまた別のきっかけが必要だと思うけども」
綺羅がヒロ先輩と出会って恋をしたのも、些細なきっかけだった。
クラスメイトを避けて昼食を取るために屋上に行ったのが始まり。
きっかけひとつで人生って分からなくなる。
「時々視線が合うと、お互いに恥ずかしそうに目をそらすの。だから、最近は目があったら微笑み返すようにしてるんだ。えへへ」
「それ、ただの有希の近くにいる子を見てるだけだったりして」
「い、一番、リアルな答えはやめてぇ」
「ごめん、ごめん。つい意地悪を言いたくなって」
「そうやって妙な勘違いして、失敗したのが前の失恋だし。でも、今回は何となくだけども上手くいけそうな気がする」
微笑する有希はどことなく楽しそうだった。
純粋に青春を楽しんでいる。
今の綺羅も同じように、青春という時間を過ごしている。
「……頑張って。うまくいったらいいね」
「そうね。何でも、やってみないと分からないし。うまくいえば、ついに私にも初彼氏ができちゃうかもしれない」
「有希ならもっと早くいてもおかしくないのに」
「そう? そうなればキラにだって、逆に惚気てあげるから。覚悟してね、ふふっ」
「そうね。有希の惚気が聞けるのを楽しみにしてる」
有希はそう言いながら、メニューを見つめて、
「やっぱり、ちょっとだけお腹すいたかも。キラ、このマンゴータルトを頼んでみない? 半分こしようよ」
「いいね。美味しそう」
綺羅は有希とはずっと友人でいたいと感じていた。
友人はいらない、彼氏も必要ない。
そう過去の綺羅は思っていたけども、今の綺羅には両方が必要だ。
信頼して、心を許せて何でも話せる親友の有希。
愛して、愛されて、かけがえのない恋人の弘樹。
どちらがいなくなっても、綺羅には寂しい。
「ねぇ、有希。私とずっと友達でいてくれる?」
「なぁに、いきなりどうしたの? あっ、この子、また変なことを言い出すつもり? 友達の絆の強さをなめちゃいけない。簡単には終わらないよ」
弘樹が以前に『甘えるのが下手な寂しがり屋』だと言った事を思い出す。
他人に甘える、それはそれだけ相手を信頼すると言う事。
「うん。ありがと」
「そんな心配しなくても、私は綺羅の友達だもの。でも、ちょっと嬉しいなぁ。綺羅がそうやって言葉にしてくれるなんて」
「そう?」
「やっぱり、言葉にされると嬉しいことってあるじゃない。私の方こそ、これからも仲良くしてね。綺羅は私の大事な親友の一人なんだからさ」
自分が甘えるほどに信頼できる人は大切にしていきたい。
綺羅は彼と付き合い始めて、自分が劇的に変わり始めてるのを実感したんだ。
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