第32話:独占欲だよ。嫉妬してるの

  

 綺羅がいつものように弘樹と一緒に帰ろうと思っていたら、校門で見知らぬ女の人に抱きつかれていた。

 視線を交差した女性が去り際に綺羅に見せたのは笑顔。


――ただ、からかわれていただけ。


 それくらいは何も聞かなくても分かっている。


――ヒロ先輩が私に隠れて浮気をしてたなんて思わない。


 どうせ、つまらない事情があって。

 綺羅が面白くない展開でそうなっているだけ。


――先輩がそこまでモテるとも思えないし。 


 でも、嫉妬してしまう気持ちは止められない。

 胸に湧き上がる負の感情、どす黒い嫌な感情が渦巻いてる。

 

――私、心が狭いな。彼に近付く女の人がいるのを許せないみたい。


 弘樹を綺羅の家に連れて行き、彼女の事を問い詰めていた。

 すると彼はようやく、彼女についての話を始める。

 

「……松島さんは俺の好きだった人だ」

「先輩が昔、好きだった人?」

「あぁ。俺って年上好きだったから、あんなに綺麗な人なら好きになってもおかしくないだろ。それに、彼女もすごく俺の事を気に入ってる風に思えたし。結局、弄ばれてそれで終わり。年上の女性に昔から弱くてさ、騙されてばかりなんだ」

「……とりあえず、殴ってもいい? まずは一発目」

「ま、待て。暴力はやめよう、綺羅。落ち着いてまずは俺の話を聞いてくれ」

 

 弘樹に攻撃するのは全ての話を聞き終えてからにする。

 不愉快な気持ちを何とか引っ込めて我慢した。

 弘樹はソファーに座り、綺羅の方をジッと見つめてくる。

 

「それで、先輩と松島さんは恋人になったの?」

「なってないって。元恋人って関係じゃない」

「その前にフラれたんだ?」

「……はっきり言われると、古傷が痛むんだけどな。本当にあれは辛かった」

 

 苦笑いをする彼は「付き合ってたとかじゃないから」と言い訳する。

 失恋の過去が綺羅には経験がないから良く分からない痛みである。

 それでも、想像する事は出来る。

 

――もしも、ヒロ先輩に見捨てられたら?


 想像しただけで泣きそうになった。

 失恋したらきっと心の痛みに耐えきれない。

 だから、弘樹が失恋したのは不愉快でも、許す気持ちはある。

 

「……年上好きな先輩がどうして、私を好きになったのか不思議」

「綺羅を好きになったのは好みとか関係ない。好きなものは好きなのだ」

「先輩。私のどういうところが好きなの?」

 

 ぐいっと彼の服を掴みながら迫ってみる。

 困った顔をしながら、弘樹は綺羅から視線をそらす。

 

「……す、好きな理由とか今さら言うのも恥ずかしいよな?」

「先輩は私の抱き心地が良い所以外に好きなところがないの?」

 

 こんな事を言いたいわけじゃない。

 迫ってもしょうがない。

 けれども、綺羅はそれがやめられない。


――不安なんだ。こんなに胸が痛むほどに。


 綺羅はずっと弘樹から愛されている自信がなかった。

 

「……ヒロ先輩。はっきりと答えてよ」

「それは、その……可愛い所とか?」

「他には? 他にはないの?」

 

 そんなありきたりな事を聞きたいわけじゃない。

 さらに弘樹を問い詰めると考えに考えて言った。

 

「えー、あの……猫みたいなところか?」

「噛みついて欲しいと先輩は私に言った」

「言ってません!?」

 

 ホントに噛みついて、あげてもいい気がした。

 ちょっとイラッとしたので、綺羅は弘樹をソファーに突き飛ばす。

 

「いたっ。な、何をするんだ、綺羅?」

 

 綺羅は彼を押し倒すように上に乗りながら言った。

 

「……先輩は変だけども、私みたいな子に好きだって言ってくれた」

「綺羅?」

「素直じゃなくて、可愛げなんて全然ないのに。文句ばかり言ってる私に毎日、先輩は話しかけてきてくれた。最初は変な人だって思ってたのに」

 

 綺羅は弘樹の顔にそっと手で触れる。

 男の人を好きになるなんて綺羅は想像すらもした事がなかった。

  

「たった1ヶ月で私は先輩の事が好きになってた。こんな私を好きだって言ってくれる、先輩を好きだって思えるようになっていた」

 

 綺羅が弘樹の好きな所。

 それは、綺羅を好きだって言ってくれること。

 自分をちゃんと見てくれるところ。

 

「先輩に昔、好きな人がいたって言うのは分かった。でも、私以外の女の子に好意の視線を向けるのが嫌なの」

「それは……」

「そうだよ。独占欲だよ。嫉妬してるの」


 この胸の中でモヤモヤする気持ちは独占欲。

 彼は綺羅だけのものなのに、他の女に手を出されると許せなくなる。


「ヒロ先輩の気持ちはもう私だけのものだって思っていいんだよね?」

「え?」

「私は自信ない。先輩にずっと好きでいてもらえる自信がないから。……私の事が好きって言ってくれないと、安心できない」

 

 だから、弘樹の心をつかまえておかないと不安なのである。

 不安げな顔をする綺羅は彼の身体に抱きつく。

 

――離したくない、離したらヒロ先輩に捨てられちゃうかもしれない。

 

 愛するものを失うかもしれない不安からか、胸がしめつけられる。

 綺羅は嫉妬する気持ちを抑えられそうにない。

 

「……どうすれば先輩にずっと好きでいてもらえる?」

「俺は、綺羅の事が好きだよ。その気持ちだけは偽りとかない」

「好きな所も可愛い所しかないくせに。可愛くなくなったら、私のこと、捨てるんだ。ポイ捨てされたら私はどうすればいいの?」

「い、いや、それはない。それは絶対にない」

 

 慌てて否定する彼だった。

 

「あー、あのさ。綺羅、俺が年上好きなのはホントの事だけども、だから綺羅がダメだってことじゃないからさ。年下だって可愛い子は好きだ」

「ホントに?」

「綺羅のこと、本当に俺は可愛いってる。だから、自信を持ってくれてもいいよ」

「自信なんてない。可愛いしか取り柄がないのならいつか捨てられる」

 

 他にもっと好きなところがあるって言ってくれたらもっと安心できた。

 けれども、可愛いだけじゃ綺羅は嫌だ。

 

「ヒロ先輩……私を捨てたら許さない」

「捨てないっての。……綺羅の好きな所ねぇ。綺羅って、素直じゃないじゃん」

「私、捨てられる寸前? 泣く準備してもいい?」

「ここで泣かれたら俺が悪い奴みたいになるからやめて」

  

 本当に泣きそうな気持ちを我慢する。

 

「素直じゃないけど、そういう所も好きだぞ。花の話をする時だけ、饒舌になるのもいいよな。ギャップっていうか、そういう綺羅も見てて楽しい」

「……それ、褒められても嬉しくないんだけども」

「猫を可愛がってる姿とかもいいよね」

「ひとつだけ分かった事がある」

「なんだ?」

「ヒロ先輩は女の子を褒めるのが下手すぎる。だからフラれてきたんじゃない?」

 

 綺羅の一言がとどめとなって、弘樹は「すみません」とうなだれてしまった。

 

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