第14話:ちくしょー、恋人の部屋に入りたいよ

 

 綺羅と付き合い始めて3日目。

 ゴールデンウィークに入って、休日モードになった身体がなまけ始めた頃。

 今日は綺羅が弘樹の家にやってくる。

 朝から適度な緊張を感じつつも、彼は部屋の掃除をしていた。

 

「姉ちゃん、今日は家にいるのか?」

「ん? おるよ、何かあるの?」

「その、今日は付き合い始めた恋人が家にくるんだけどさ」

 

 リビングのソファーで雑誌を読んでる姉に物申す。

 相変わらず夢見がちな男子を幻滅させてくれる、よれたジャージ姿だ。

 

「あー、綺羅ちゃんか。うちに紹介してくれるん?」

「その事でお話があります。今からお出かけでもしてくれたら俺、すごく嬉しい」

「嫌やで。何で、連休中で鬱陶しいほど、人がぎょうさんおる外に遊びにいかなあかんの。人ごみとか嫌いやねん。そんなん面倒くさいわぁ」

 

――アンタは大阪のおばちゃんか。進化前の蒲田くんか。

 

 つい、実姉にそう突っ込みたくなる。

 だらけモードの姉はこちらに視線を向けることなく雑誌を読みながら、

 

「しかも、ひとりで? そんなん嫌やわ。絶対、変な男にナンパされるんやで。うち、こう見えても美人やからモテるし。そんなん困るで」

「困る素振りを見せて言え。今の姿を見たら100%振られるのにな」

 

 腐女子向け雑誌を読んで、だらけるジャージ姿の姉に文句を垂れる。

 これでもきっちりと身なりを整えたら美人になるから、世の中って不思議だ。

 

「そこを何とかお願いします」

「まさか、家に連れ込んで怪しい事でもしようっての? 無謀や。アンタにはまだ早いで。男のレベルが低すぎるうちは女の子を満足させられるわけが――」

「待て、何の話をしようとしてる!?」

 

 変な方向に話が流れそうになり、慌てて姉の暴走を止める。

 恋人になり、たった数日でそこまで進展できるのは大人のゲームの世界だけだ。

 付き合い始めて、すぐに押し倒せるほど弘樹は勇気も根性も経験もない。

 

「そういう予定はないが。ほら、何となく、雰囲気的なもので。分かるだろ?」

「別に自分の部屋で遊んでたらいいやん。うちを巻き込まんといて欲しいわぁ」

「……ちぇ」

 

 姉を追い出す作戦、失敗である。

 別に家にいて困る事をしようと思ってるわけではない。

 ただ、口うるさい姉と物静かな綺羅を会わせたくなかっただけである。

 

「さぁて、綺羅ちゃんが来るんやったらお菓子でも作っておこう。綺羅ちゃんは甘いもの好き? 甘いものが嫌いな女の子なんておらんけど、一応聞いておくわ」

「好きだと思うけど。えっと、ホントに綺羅と会うつもり?」

「当然やん。せっかく、弟にできた初めての彼女なんやし。姉として挨拶するのが筋やろう。それに、からかいがいがありそうやわ」

 

 さらっと本音が出て、キッチンに向かう姉に弘樹はため息しか出なかった。

 

「せめて、綺羅の前でジャージ姿はやめてくれ。弟からのお願いだ」

「はいはい。そこまで言うなら着替えてあげるわ。面倒やな」

 

 その願いだけは聞いてくれた優しい姉である。

 

 

 

 

 綺羅の家まで迎えに行って、弘樹は我が家に案内する。


「綺羅ってそういう系の服を着るんだな。よく似合ってるよ」

「おとなしい私によく似あうでしょ」

「……そーですね」


 私服姿の綺羅はひらひらのフリルのついた可愛らしい服を着ている。

 少し子供らしさが残るが、とても可愛らしい。

 

「ここが先輩の家? ちゃんとした一軒家なんだね」

「中古物件だけどな。綺羅の家みたいに高級住宅地じゃないし」

「別にいいじゃない。マンションはマンションで大変だもん」

 

 築年数のわりには綺麗で立派な家ではある。


「高級マンションである綺羅の家に比べたら見劣りするけど。どうぞ」

 

 家に案内すると、綺羅は庭を見て「あっ」と小さく驚いた。

 庭には彩り豊かな花が所狭しと植えられている。

 季節毎に咲く花を植えていて、まるで洋風ガーデンだと感心する出来栄え。

 普通の家に似つかわしくない豪華な庭だとご近所でも噂である。

 

「とても綺麗なフラワーガーデンじゃない」

「俺の両親、駅前で花屋をしてるんだ。その関係もあって、花好きなんだよ」

 

 そのために家には花の本やら、山のようにあるわけで。

 親の趣味とは言え、友人を家に連れてくるのは少し恥ずかしい。

 

「お花屋さん。今度、そのお店に行ってもいい?」

「いいけど? 何だ、綺羅って花とか好きなのか?」

「……うん。好き」

 

 花好きな綺羅にとっては好印象だった。

 

「親に紹介するのはアレだが、綺羅が喜びそうならばお店にも連れて行こう」

「約束だよ」

「いいねぇ、そういう約束って言葉は好きだな」

 

 家の中へと入ると、まともな私服に着替えた凛花が出迎える。

 

「初めまして、綺羅ちゃん。弘樹の姉の凛花や。ヘタレな弟やけど、根は真面目やから愛想尽かさんようにしてやってな」

「……誰がヘタレだ」

「先輩がヘタレなのは知ってる」

「綺羅も納得しないでくれっ!?」

 

 弘樹だって恋人にヘタレって言われたら泣きそうになる。

 凛花と弘樹の顔を見比べた綺羅は不思議そうな顔をして、

 

「……義理の姉弟?」

「なんで血筋を否定するんだよ! 血のつながった実の姉弟だ」

「いや、だって、お姉さん美人だし。先輩と似てない」

「か、顔が似てるかどうかはいいだろう。男と女の違いって奴だ」

 

 確かに顔は似てないのは自覚しているが、弘樹も不細工なわけではない。

 父親に似すぎたせいで、少し彫は深いが十分にモテる方だ。

 

「こう見えて、それなりに女の子とお付き合い寸前まではいった経験があるのだぞ。……あらゆる悲しい事情で実現しなかったけど」

「経験だけで実績はゼロなの?」

「ははは……」

「現実って悲しいね」

「放っておいてください」

 

 痛い所をつかれて彼は黙り込むしかなかった。

 心に深い傷を負いました。

 

「うちらはあんまり似てない姉弟やなぁ。可哀想やけど、不出来な弟なもので」

「俺を出来そこないみたいに言うな。傷つくぜ」

「……打たれ弱い性格もほんま、うちと似てないわ」

「自分でもそう思うよ。ガサツながらも強い姉に憧れます」

「誰がガサツや。一言余計やで」

「はいはい、すみませんねぇ。綺羅、俺の部屋に案内するよ」


 凛花を適当にあしらうと、弘樹は自分の部屋へと案内する事にした。

 部屋には漫画の類が並んだ本棚とテレビ、ゲーム機にベッドがあるだけ。

 特別汚くもなければ、綺麗でもない、平凡な男の部屋である。

 昨夜までアイドルのポスター等を貼ってたのは全部、剥がしておいたが。

 

「……お兄ちゃんの部屋並に汚いと想像してたのに、全然違う」

「一応、掃除くらいはしたからな」

「ふーん。何か普通すぎて、つまらない」

「つまらなくて結構、突っ込まれて恥ずかしいものがあるよりマシだ」

 

 恋人を家に招くのに、いろいろとヤバいものがあるのはまずいだろう。

 それ系の奴は全部、押し入れに隠しておいた弘樹である。

 

「逆に綺羅の部屋はどういう部屋なのか、とても気になる」

「先に言っておくけど、私は家に招いても部屋には連れて行かないから」

「……なぜ? なぜ? なぜなんだ、綺羅?」

 

 恋人の無慈悲すぎる発言に弘樹は大いにショックを受けた。

 

「女の子の部屋に入りたいっていう先輩の欲望を叶えないために決まってる」

「な、なんてことだ……神は死んだ」

 

 綺羅らしい答えに弘樹はうなだれるしかなかった。

 

「ちくしょー、恋人の部屋に入りたいよ」


 男なら誰だって女子の部屋に憧れを抱くはずだ。

 

「我が姉のように、入れば帰って来れないような魔の巣窟ではない事を切に望む。あんな男の幻想を2秒でぶち壊す部屋なんて俺は認めんぞ」

「そう言われても私の部屋なんて普通すぎてつまらないだけだから気にしないで」

 

 軽く弘樹の肩を叩いて慰めてくれる。

 恋人になってほんの少しだけ優しくなった気がするのは気のせいだろうか。

 

「……私の部屋はこれよりもっと普通。テレビもない。本好きだからほとんど、本棚に囲まれてると言ってもいい。あとはぬいぐるみ多数。そのくらいかな」

「意外とシンプルなんだな」

「お姉ちゃんの部屋はもっと華美で、先輩が期待するような女子らしい部屋だよ」

 

 姉妹でも性格が違えば当然、部屋の中身も違うようだ。

 

――綺羅の姉にも興味はあるのだ。どんな人なんだろう?


 綺羅がこれだけ可愛いのならば、きっと素敵な美人さんに違いない。

 

「一度くらい、綺羅の部屋に入ってみたいものだ」

「……そして、私の部屋の匂いをクンクン嗅ぐ変態の先輩が容易に想像できるわ」

「おいっ。俺の匂いフェチ疑惑はやめてくれ」

「先輩にそんな性癖があったらドン引きして別れる」

「ないっての。信じないさい。俺は普通の趣味しかないからな?」

  

しばらく、弘樹の部屋の観察をしていた綺羅はある事に気付く。

 

「……先輩は巨乳のお姉さんが好きなのね」

「は?」

「その手の本がここに。体型が小柄な私への当てつけ?」

 

 こちらに向けられる冷たい眼差し。

 拗ねる綺羅の視線の先には、隠し忘れたこっそり買ってる雑誌が並ぶ。

 

『ぜんぶ脱いじゃぉ。溢れそうな巨乳特集』

『妖艶ブロンド。異国の魅力の虜に』

『真夏の解放感。もう我慢できないでしょ?』

『Hなアルバイト。今日、貴方についていっていい?』

 

 並ぶ煽り文句、綺麗なお姉さんが表紙の雑誌の数々。

 コンビニで定期的に購入しているエロ雑誌。

 年上&巨乳好きの疑惑を否定できない材料が山積みだった。


――や、やってもた。あれだけ整理したのに、まだどれだけ本を持ってたんだよ。


 すべてを隠すにはあまりにも本の数が多かったようだ。

 隠しそこねた本に弘樹は顔を青ざめさせながら、


「何か言い残すことがあるのなら、どうぞ。HERO先輩?」

「……い、言い訳をさせてもらえないだろうか?」

「聞いてあげてもいいわ」

「綺羅。俺は例え、恋人の胸が平たくたって気にしない男だぜ」

「――っ!」

 

 言い訳にすらなっておらず、問答無用で綺羅に頬をグーで殴られた。


「ホント、最低。エッチでエロなHERO先輩なんて嫌い」


 全然痛くなかったけども、心には響く一撃でした。

 綺羅を初めて招いたその日、弘樹への好感度は急降下した。

 しばらく口をきいてもらえなかったのは言うまでもない。

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