第13話:綺羅と付き合い始める事になりました
生まれて初めて恋をした。
綺羅にとっての初めての恋人ができた夜のこと。
夕食を食べていると、母の七海がさらっと問題発言をした。
「明日からGWね。綺羅は弘樹君とどこかにデートでもするの?」
「……は?」
「だって、昨日から妙に落ち着かないし。ついに付き合う事になったんじゃないかなって思ったんだけど、違うのかしら?」
見抜かれていた事にびっくりして、食事の手が止まる。
勘のいい人なので、綺羅の些細な行動から気づいたのかもしれない。
「……そんな話はしていない」
「あら、付き合ってる事は否定しないだぁ?」
「ち、ちがっ……わなくもない」
「そうなんだ。ようやく付き合い始めたのね?」
気恥ずかしいので綺羅は夕食のドリアを黙々と食べ続ける。
熱いものは苦手なのでゆっくりと口にいれていく。
ドリアの焼けて溶けたチーズが美味しい。
「と言うのは冗談で綺羅をからかってみただけ。ちゃんと話は聞いてるのよ」
「何を?」
「実はさっき、弘樹君に会ったの」
「え? 先輩に、どこで?」
「夕方、買い物の途中ですれ違ったの。彼、近くの家に住んでいるのね。聞けば、意外と近いじゃない。その時、『綺羅と付き合い始める事になりました』って、挨拶されちゃった。ホントにいい子よね、弘樹君って」
どこか微笑ましそうに笑いながら七海は言った。
どうやら、家に帰る途中で偶然にあったらしい。
そのどこか照れくさそうな顔に綺羅は唖然としつつ、
「何で、ママが照れるのよ」
「だって、そういう挨拶がこんなにも早いなんて驚いのたよ。綺羅の性格だと恋人なんて遠い未来だと思ってたのに」
「それは……」
「娘をちゃんと想ってくれる男の子がいるんだって思うと嬉しいじゃない」
「……そういうものなの?」
「そういうものよ。綺羅もいつか子供ができたらこの気持ち、分かると思うわ。自分の大事な子供が成長してるんだなぁって実感は本当に嬉しいものよ」
笑顔を浮かべている七海に「そう」と短く答える。
「弘樹君、綺羅の事をちゃんと大事にしますって言ってくれたわよ」
「……」
「将来的にも、長い付き合いにしたいと思うのでよろしくお願いしますって」
「……っ……」
「あら、だんまり? それとも恥ずかしいだけ?」
「う、うるさいなぁ。娘をからかわないでよ。もうっ」
ホント、他人をからかうのが好きな人だ。
つけ入る隙を与えたらこのありさま。
「照れちゃって可愛いわね。綺羅らしいわ」
綺羅はドリアを食べ終わるとすぐに席を立つ。
洗い物をしていた七海はリビングを出ていこうとした綺羅に言った。
「ねぇ、綺羅。これだけは覚えておいて」
「なに?」
「せっかく、貴方を理解してくれる相手と巡り合えたんだから、その縁を大事にしなさい。貴方が初めて好きになった男の子なんだもの。いつもみたいに自分勝手でわがままだとすぐに嫌われちゃうわよ」
「余計なお世話。そんなの言われなくても……」
「分かってるならいいの。弘樹君は優しい子だから甘えたいのならもっと甘えてもいいと思う。彼は綺羅をちゃんと受け止めてくれる子だって思うもの」
綺羅は普通の女の子みたいに純粋に可愛くはない。
素直じゃないし、可愛げもなく、生意気な方だという自覚がある。
――でも、私は私のままでいい。
弘樹ならきっとそんな風に言ってくれる気がして。
綺羅は自分で思っている以上に彼を信頼しているんだって気がついた。
部屋に戻ると、携帯電話の着信音に気付く。
「また有希から?」
と、思ったけどもディスプレイに表示されていた名前は……。
『HERO先輩』
ついさっき、恋人になったばかりの弘樹からだった。
ちなみ登録名称は嫌がらせで呼ぶときの名前である。
「……ヒロ先輩からだ?」
すぐに電話に出ると、弘樹が「こんばんは、綺羅」と名前を呼んだ。
電話越しに聞く彼の声はいつもと違って、何だか不思議な感覚になる。
「どうしたの? 何か用事?」
『ん? 別に用があるってわけじゃないけどさ。綺羅の声が聞きたくなったから電話してみたんだけど。今、忙しいか?』
「そういうわけじゃないけど、意味もない電話なんて私はしないから」
用もないのに電話なんてかけてこないで。
とはさすがに彼には言わないけども、綺羅の考えはそういうものだ。
基本的に無駄なおしゃべりをするタイプではない。
『電話ってそんなものじゃないか。綺羅も友達とそういう会話くらいするだろ?』
「……たまにはね」
『顔を見合わせないから本音も言いやすいからな』
綺羅はベッドに座りなおすと、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめながら、
「私は一人の時間が好きだから、自分から電話することも少ない」
『せっかく、恋人になれたんだ。こういう機会も増やしたい。ダメか?』
「ダメじゃないけど、よく分からない」
『付き合い初めなんてそんなものだと思うよ。俺も経験ないからよく分からないけどさ。綺羅の性格は知ってるし、束縛する気はないよ」
「首輪をつけたがっても無駄。私は束縛なんてされません」
『そうだな。それこそ、綺羅だよ。まぁ、会いたい時にあって、話したい時に話す。俺たちなりのスタイルで付き合っていけたらいいさ』
弘樹の優しさは素直に嬉しかった。
面倒くさい綺羅とちゃんと向き合ってくれる。
そういう気遣いのできる所が綺羅は好きになったんだと思う。
『……うん。そうだね』
彼の事が好きだから恋人になりたい。
その気持ちは嘘じゃない。
綺羅に誰かと付き合いたいと思える気持ちが芽生えるなんて。
心をくすぐるこの気持ちがどこかくぐったい。
「そう言えば、ママに会ったの?」
『ちょうど綺羅と別れてすぐくらいに。買い物帰りだったんだと思うけど、会ったよ。一応、挨拶しておいたぞ。これからもお世話になるだろうしな』
「先輩のせいでママにからかわれたじゃない」
『七海さんからは「素直じゃなくて生意気だけども、娘をよろしくお願いします」って頼まれた。いいお母さんじゃないか』
「素直じゃなくて生意気で悪かったわね」
――誰が素直じゃなくて生意気なのよ……私か。
思わず、母の本音に納得してしまう。
『そう拗ねるな。俺は綺羅の事、理解してるつもりだぜ』
「……うん」
『実は俺のことを好きすぎて、眠れずにいたことも』
「完全な誤解です。全然理解してないよ」
自分の不覚をつかれたので誤魔化す。
『綺羅の性格が素直ではないことはよく知ってる。お前がもっと好きと言われたがってるのならば俺はいくらでも愛を叫ぼうじゃないか』
「叫ばなくていいから大人しくして。耳元で叫ばれるとウザい」
『恋人相手にそういう事を言うのはよろしくないと思うのだが』
拗ねた彼は「愛してるぞ、綺羅」とわざとらしく囁きまくる。
ウザったらしく感じつつも、それがどこか心地よくて。
「ふふっ」
小さく笑ってしまった。
電話越しでよかった。
こんなにも、自分がにやけてしまった顔を見せたくない。
『んー? 綺羅、今笑った?』
「……別に。気のせいじゃないの」
『そうか。話を変えるけど、GWの予定とか考えないか? 確か、綺羅は七海さんと一緒にクラシックを聴きに行くんだったよな?』
「それはGWの最終日の予定なの。それ以外は私は空いてる」
『そっか。それじゃ、デートとか遊びに行く予定を立てても大丈夫だな』
「これだけは絶対条件。私としては静かな場所がいい。騒がしいのは苦手なの」
『そうなると、どこがいいかな。落ち着いた場所ねぇ?』
弘樹とGW中の予定について話をしていたらすっかりと深夜になっていた。
話に夢中になっていた自分に綺羅自身が驚く。
何気ない会話でも、中身のない言葉のやり取りでも。
好きな人と話す時間は楽しくて。
電話越しで繋がりあう想いを感じていた――。
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