第1話:HEROはHとEROでできてるって言うでしょ

  

 偶然とは重なるものである。

 弘樹が猫のような美少女に再会したのは3日後の事であった。

 昼休憩はいつものように姉が作ってくれた弁当を片手に屋上へと向かう。

 この学校の屋上は解放されており、昼休憩にのんびりとしてる事が多い。

 何気なくお弁当を食べている生徒を見渡していたら、

 

「あれ、キミは……?」

「んっ?」

 

 そこで弘樹と目があったのは先日の美少女だった。

 ベンチに座り、サンドイッチを美味しそうに小さな口で食べている。

 綺麗な黒い長髪似合う新入生。

 名前はまだ知らない。

 

「えっと、木に登っておりられなくなった子だ」

「人を痛い子みたいに言わないでくれます?」

「真実だろうに」

「時に真実をそのまま告げると言葉の暴力になるのよ。覚えておいて」

「なるほど。傷つけてしまったようだ」

 

 彼女は軽く頬を膨らませて拗ねた。

 事実を述べたが、改めて言われたら誰でも恥ずかしい。

 

「あれから怪我はなかったか?」

「まぁね。もう忘れて。あと他言無用」

 

 彼女にとっても忘れて欲しい、想定外の恥ずかしい事故ということだろう。

 少女は「お昼?」と弘樹の弁当箱を指さした。

 

「あぁ。俺もお昼だ。昼はいつもここで食べてるんだ」

「……そう。初めて来たけど、いい場所だと思う」

「夏になるまでは利用しやすくて良いよ。冬は遠慮したい場所だがな」

 

 今日みたいな心地よい季節だと、ひなたぼっこできていい場所なのだ。

 辺りを見渡すと、今日は新入生の子が多いのか、ベンチにもそれほど余裕はない。

 まだ自分の居場所を見つけられない人間が多いのだろう。

 いずれ、この人気も落ち着くはずだ。

 

「今日は人が多いな。……隣いいか?」

「どうぞ。公共の場だから」

「公共の場でも女の子の隣に座るのには許可を求めるのがマナーだろ」

「“下心”に“マナー”というルビを振ってない? 言葉は便利よね」

 

 厳しい突っ込みに弘樹は苦笑いするしかない。


「そりゃ、下心アリな軟派な野郎もいますけどね。俺は違うよ」

「どう違うわけ?」

「警戒されるほどに勇気のある男ではない」


 女の子を軽くナンパできる勇気があれば彼女の一人でもできている。


「あー、分かる」

「分からないでくれ。自分で言うのもなんだが、女の子からよく言われる」

「草食系と見せかけた肉食恐竜? 顔に似合わず鬼畜趣味? それともロリコン?」

「どれも違うわ。あと、ロリはやめて」

「小さい子が好きそうねって言われた経験が?」

「……こほんっ。それはいい。俺って女子からすれば惜しい奴なんだとさ」


 友人としては心地よくても、彼氏にするには物足りなく。

 何かが足りていないと言われて、フラれた経験がある。


「あー。なんかわかる気がする」

「どの辺が? どこを直せば彼女ができると思う?」

「……さぁ、全部直したら? むしろ、生まれ変わった方が早い気もする」

「ほぼ初対面の相手にひどくないっすか」


 身も蓋もない言い方だった。

 恋人ができるか、できないかの一線は一体どこにあるというのか。

 

「ちぇっ。もういいよ。あー、腹っへた。さっさと弁当にするか」

 

 ベンチに座ると、少女は弘樹に「先輩?」とようやく気付いた。

 この学校の制服には学年を区別する特徴がある。

 今の世代では赤が1年、2年は青、3年は緑色のラインが制服の襟首にある。

 少女の制服の襟首の色は1年生の赤色であり、弘樹は青色だ。


「そういや、名前もまだ聞いていなかったな。俺は2年の岡部弘樹。キミは?」

「私は……名前はまだない」

「どこぞの猫か!?」

 

 彼女は「冗談」と微笑するとようやく名前を名乗ってくれる。

 

「冗談よ。私の名前は綾辻綺羅(あやつじ きら)」

「きら……?」

「綺羅星の如くの綺羅よ」

「星の王子様だっけ。なるほど、綺麗な名前だな」

「キラキラとでも好きに呼んで」

 

 良い名前じゃないか、と試しに呼んでみる事にする。

 

「おーい、キラキラ」

「……ちっ。人を名前でイジメるのはよくない。ぶしつけで失礼な人ね」

「自分で言ったのに!?」

 

――ぐぬぬ。ホントに呼んだら舌打ちまでされて怒られたぞ。


 何とも掴みどころのない女の子である。

 

「そりゃ、キラキラなんて頭の痛い子みたいで誰も呼ばれたくないけどさ」

「二度と呼ばないで」

「……自分でネタにしてるくせに」

「私にそんなあだ名をつけようとした生徒が昔いたのよ」


 綺羅はサンドイッチに再び手を伸ばす。

 その横で弘樹も弁当を開いて食べ始める。

 弁当の中身はよくある定番、手作りハンバーグとスパゲティー、卵焼きにほうれん草の炒めもの。

 見た目やメニューこそ普通だが、味はかなりおいしい。

 毎朝、一つ年上の姉が早起きして作ってくれるものだ。


「先輩はママの手作りお弁当なんだ?」

「そこは彼女の手作り? とか聞いてみるものだ」

「どうせありえないし。会話の無駄は省いてもいいでしょ」

「……解せぬ」

 

 言葉の節約とかで男の尊厳をさらっと傷つけるのはやめてもらいたい。

 ほぼ初対面の女の子に見抜かれる弘樹も恥ずかしい。

 

「そーですけどね」

「美味しそうじゃない」

「ちなみに作ってくれたのは母親じゃなくて姉ちゃんだ」

「お姉さんが?」

「うちは共働きでね。料理好きの姉が毎日、お弁当を作ってくれてるのさ」


 毎度、美味しい食事を作ってくれることに関しては姉に感謝している。

 それ以外はとても感謝なんて言葉のない姉弟関係だが。


「ふーん。彼女の一人もいないんだ?」

「一人もいないですよ。あとさらっとタメ口するな」

「いいじゃない。ヒーロー先輩」

 

 弘樹→ひろき→ひろ→ヒーロー。

 

――やべぇ、超昔の小学生時代のあだ名だ。


 今さら言われると恥ずかしいのにも程がある。

 残念ながら弘樹は英雄になれるほどの器をもった男ではない。

 身分不相応なあだ名で呼ばれるのはもう人生でありたくない。

 さらっと過去の傷をえぐられた弘樹はうなだれながら、

 

「……その呼び名はやめてくれ。お願いします」

「なんで? 先輩にぴったりそうじゃない」

「ぴったり? 俺、そこまでヒーローっぽい?」


 薄桃色の唇を軽く尖らせて綺羅は艶っぽい口調で、


「HEROはHとEROでできてるって言うでしょ」

「だ、誰がHでEROだ! エッチ、エロって普通にひどくない?」

「HERO先輩。女の子をいやらしい目でなめまわしてそうな勝手なイメージです」

「ホントに勝手なイメージだ。女子から言われてショックなんだがっ!」


 彼女はレタスを口に挟みながら、


「変態そうな先輩によく似合いそうなあだ名じゃない。エッチではないと?」

「男ですから性的なことに興味がないとは言いませんが。そこまで露骨でもない」

「歩くエロ本って顔に書いてる」

「書いてませんっ」


 さすがに歩くエロ本扱いされるのは不服である。

 初対面なのに、フルボッコされてしまう。

 この悲しい気持ちをどこにぶつければいいのだ。


「ふーん。それじゃ、ヒロ先輩でよろしい?」

「それでよし。普通が一番だね」

「彼女の一人もいない、ヒロ先輩」

「そこに話を戻さないでくれ。悲しくなるから」

「ふふっ。青春の来ないヒロ先輩。可哀想なひと」

「うるせっ。あと、タメ口なのは直す気がないのか」


 何とも自由な子である。

 それが彼女の魅力にも思える。


「もういいけどさ。適当に好きに呼んでくれ」

「HERO先輩」

「それはやめてください」


 食事を終えると、のんびりとした時間を2人とも過ごす。

 なんとなく、会話にも行き詰まり、話題を探す。

 話題に困れば天気の話題を切り出せというのが王道だ。

 

「今日はいい天気だな。桜も綺麗に咲いてるし、お花見も楽しめそうだ」

「明日からの週末は春の嵐。暴風により桜の花は無残にも散る運命、バイバイ」

「ちくしょう、話が終わった!」

 

 話題の方向性を間違えたようだ。

 特に話が膨らむこともなく終了。

 スマホを取りだした綺羅は手慣れた動作で何かを見始める。

 

「何だ、ゲームか?」

「違う。電子書籍の閲覧」

「電子書籍? あぁ、携帯で読める本の奴だろ、知ってるよ」

 

 タブレット端末で本を読む、今の時代らしい本の読み方だ。

 紙媒体の時代はもう終わろうとしているのだろう。

 

「へぇ、綺羅は本が好きなのか?」

「うん。好き」

「どんな本が好きなんだ?」

「……乙女の秘密」

 

 その言葉の響きには甘美な魅力が溢れてそうだ。

 

「乙女の秘密ね。つまりはあれか。ボーイズラブだな」

「本を読む女の子が全員、腐女子とか思ってるとか最低」

「……そう思ってましたが、何か?」

「BLもイケるけど、私はノーマルカプが好き。恋愛は常に男と女であるべきね」

「やっぱり、BLもイケるんじゃん。うちの実姉もそういうのが好物なので……部屋にその手の本がどっさりと。あれは弟の立場からすればかなり迷惑な趣味だ」

「お姉さんは乙女なだけ。趣味の否定はダメ。趣味は人それぞれ」


 意外にも趣味には理解がある様子である。


「ヒロ先輩がエッチな本にしか興味がないのと同じでしょ」

「勝手な思い込みで言うのはやめてもらおうか」

「違うとでも?」

「……こほんっ。話は変えるが綺羅は恋愛小説モノが好きなのか?」

「誤魔化したし。純文学とか読むように見える?」

「難しい本を読むようには見えん。恋愛だとどういうジャンルが好きだ?」

 

 綺羅は女子高生らしく人気の恋愛小説を読んでるようだ。

 挿絵も健全なレベルのラブシーンだった。


「好きなのは王道の純愛もの。ただし、逆ハーレム物は苦手。私が好みのタイプはサブキャラ扱いされてポイ捨てされる運命が多くて、可哀想だもの」

「なるほどなぁ。意外だ。恋愛とか興味なさそうなのに」

「……漫画は漫画。恋愛に興味はなくても、恋物語は好き」

「ふむふむ。俺がハマってるのは……」

「……先輩、うるさい。黙っていて」

 

 集中できないから邪魔だと怒られる。

 それでもめげずに弘樹は話題を変えて話しかけ続ける。

 

「なぁ、綺羅……お前、どの辺に住んでるの?」

「――お巡りさん。この人、ストーカーです」

「俺、まさかの逮捕寸前!?」


 沈黙に耐えられず選んだ話題は警察沙汰になりそうな事態を招いた。

 何という選択ミスであろうか。

 

「ち、違うって。ナンパでもなく、ただの話題だ、話題」

「言葉巧みにJKの情報を聞き出し、ストーカーをするヒロ容疑者(16)」

「俺に容疑者の肩書きがついた!?」

「判決、懲役5年の実刑判決。執行猶予はつきませんでした」

「初犯ですから執行猶予くらいつけてよ、裁判長! 不服なので控訴します」

「控訴棄却。どうせ最高裁まで争っても勝ち目ないよ? 無理無理」


 鼻で笑いながら、淡々と言葉のナイフで弘樹を傷つける。

 綺羅は毒舌というか、言葉に常にトゲがある。

 もう少し彼自身に興味を持っていただけると嬉しい。


「こっちは初めて親しくなれそうな女子に出会えたと思ってるのにな」


 何とか住んでいる場所を聞き出すと、弘樹の住む家から近かった。

 弘樹の家からだと徒歩10分くらいの場所だった。

 

「あの辺って高級住宅街じゃん。良いところに住んでるなぁ」

「……教えるんじゃなかった。ストーカーされそうで怖い。身の危険を感じるわ」

「しないって。変な警戒するんじゃない、身構えるな。他の生徒に怪しまれる」

 

 綺羅はぷいっと弘樹にそっぽを向いてスマホの電子書籍を読み始めた。

 その後は再び話しかけても無言状態。


「隣にいるのに無視されるのは寂しい。気まぐれというか、ホントに猫系だな」


 無反応を貫かれてしまい、弘樹は春の陽気と戯れながらひなたぼっこをする。

 

「もうすっかりと春だな。今年もまた一年、か」

 

 携帯で本を読む彼女の隣でまったりとした、いつもと違う時間を過ごしていた。

 今年の春は何だか期待を持てそうな気がした。

 

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