俺の彼女は猫系女子

南条仁

第1シリーズ:俺の彼女は猫系女子

プロローグ:まるで子猫みたいな子だったな

 

 猫系女子と言う言葉をご存じだろうか。

 人の性格を動物で例えると、犬系や猫系、うさぎ系など、いろんな動物系のタイプで表現することができる。

 動物でイメージすれば、一言でその相手の性格がよく分かる。

 岡部弘樹(おかべ ひろき)には見た目が可愛い恋人がいる。

 彼女を動物系に例えると猫系女子だろう。

 まるで猫のように気分屋で飽きっぽくて懐かない。

 でも、どこか放っておけない雰囲気があって。

 気がつけば傍にいて甘えてくるような可愛い彼女。

 これは猫系女子の彼女との恋のお話――。

 

 

 

 

 弘樹が初めて少女に出会ったのは春の季節だった。

 高校2年の春。

 新学期に入り、放課後の校内には運動系の元気のいい声が響く。

 入学式を数日前に終え、新しい学生たちが期待に胸を膨らませている。

 

「……眠くなりそうな、いい天気だな。昼寝してぇ」

 

 春の陽気が心地よく、綺麗な桜の花が散っていく桜並木。

 こんな日に芝生の上で昼寝でもすれば最高だと思いながら中庭を歩いていた。

 

「実際に寝たら置いて行くぞ、岡部」

「つれないこと言うなよ」

「野郎の寝顔なんて見たくもない。朝までぐっすりと寝てればいいさ」

 

 一緒に帰っていた松坂(まつざか)が後ろから弘樹に呆れ気味にそう呟いた。

 

「それは困る。せめて起こしてくれ」

「面倒だからパス。ていうか、寝てる女の子ならともかく野郎は知らん」

「確かに。美少女の寝顔なら見つめていたい」

「そーいう発言は女の子の前するとドン引きされるからやめろよ」

「しないっての。ふわぁ、ホントに眠い」

 

 あくびを噛み殺しながら、弘樹は周囲を見渡した。

 足の踏み場もないほど桜の花びらが中庭の地面に落ちている。

 散る様は綺麗だが、散った後は無残なものだ。

 少し気が引けつつも桜の花びらを踏みながら歩く。

 

「昼寝なんてどうでもいいが、さっさと彼女でも作りたい」

「いきなり話が飛んだな。松坂って彼女いなかったっけ?」

「……失恋した。つい1週間ほど前に春休み中にフラれたんだよ」

 

 肩をすくめながら松坂は淡々と答えた。

 

「それはご愁傷様。また次の恋を頑張ってくれ」

「頑張りますよ。男の子だもの」

「お前の彼女、確か、けっこうな美人さんだった記憶があるが……」

「まぁな。俺に不相応な美人さんだったよ」

「付き合い始めた頃はウザいくらいに自慢していたのに。どうしたんだ?」

「色々と性格が合わなくてさ。弘樹も猫系タイプはやめておいた方が良いぞ」

「猫系タイプ?」


 松坂は弘樹の問いをため息交じりに返す。


「そう。猫みたいな性格の女の子。こっちの都合なんておかまいなし。こちらに合わせる事もしない気分屋だったんだよ」

「あー、そういうタイプのことか」

「容姿は良いから我慢してた所もあったが。いきなり向こうからフリやがって。こっちだってごめんだ。ああいうタイプはもうやだね」

「なるほど。猫系女子っているよな」

 

 人の性格が合う合わないは仕方がない。

 特に恋人ならば、相性の良し悪しが致命的とも言える。

 

「恋人って自分に合うタイプじゃなければ長続きしないよなぁ」


 彼女いない歴=人生の弘樹が想像で言ってみる。

 

「振り回されっぱなしの猫系女子より俺は犬系女子の方が良いぜ」

「犬系だとどう違うんだ?」

「いわゆる、犬系の女の子は……すまん、ちょっと話を止めてもいいか」

 

 松坂がふと自分のポケットを触り、何かを探し始める。

 

「どうした? 忘れ物か?」

「教室に財布を忘れてきた。やばい、机の中だ」

「おいおい、さっさと取ってこいよ」

「悪いな、ちょっと待っててくれ。すぐに取ってくるから」

 

 焦った松坂が駆け足で再び校舎に戻るのを見届ける。

 無事に財布が教室にある事を祈っておく。

 

「さて、待ってる間にお花見でもしますかね」

 

 弘樹は桜でも眺めていようと目の前の大木を見上げた。

 桜の花が咲いている時期は短い。

 この綺麗な花も今週末には散ってしまう運命だろう。

 中庭の中でもひと際大きい桜の木。

 そこで弘樹は自分の目を疑う光景を目の当たりにする。

 

「……え?」

 

 淡いピンク色の桜の花びらが舞う中で、人影を見た気がした。


「マジかよ」


 もう一度、目を凝らして見てみるとそれは女の子だった。

 

「なんで、あんなところに?」

 

 なんと、桜の木の枝に登り、ちょこんと座る女の子がひとりいた。

 

「女の子。なぜ、どうして、そこにいる?」


 ありえない光景に弘樹は思わずびくっとする。

 あれは幽霊か目の錯覚か。

 女の子の横顔はとても可憐で、長い黒髪が風になびく。

 

「えっと、自分で木に登ったんだよな?」

 

 そうでなければ、あんな場所にはいないわけで。

 しかし、今時の女の子が木に登る状況と言うのがよく分からない。


「……どうしよ」


 そう小さく呟いて、困り果てた顔をする彼女。

 地面に降りたいのか、足をぶらつかせている。


「頑張れ、なんとか降りれそうだぞ。あー、ダメか」


 あの高さでは飛び降りるのは難しい様子。

 彼女は躊躇い、足を引っ込めてしまった。

 その姿に思わず弘樹は顔をにやけてしまう。


「何か可愛いぞ。見てると楽しいが、放っておくわけにもいかないか」


 落ちて怪我でもされたら可哀想だ。

 弘樹は彼女に近づくと、女子は気付いて視線をこちらに向けた。

 黒髪美人の少女は容姿のレベルが高くて可愛いらしい。

 アイドルが顔負けの可愛らしい整った容姿。

 

――マジかよ。すごく可愛いじゃん。


 それが初対面で抱いた印象だった。

 彼女は桜の木の枝に腰掛けながら、弘樹に小さな声で言った。

 

「――そこの男の人、私を助けてくれない?」

 

 まさかのヘルプミー宣言だった。

 弘樹は女子から助けを求められて、さよならと去りゆく男ではない。

 可愛い女の子に助けを求められれば助けるのが男である。

 桜の木の下に近付くと、彼女に尋ねる。

 

「大丈夫か? まさか、自分で登っておりられなくなったとか?」

「……違うわ。これはいじめよ」

「い、いじめ問題?」

 

 何だか一気にディープな問題になった。

 どういう事情が背後にあって、こんな展開になったのか全く想像できないが。

 

「どーいう意味だ?」

「私のお気に入りのハンカチをこの木の枝に引っ掛けたやつがいたの。ひどい事をする。仕方なく登ってはみたけども……下を見たら、もうダメ」

「なんとか登れたのはいいが、下を見て怖くて動けなくなった、と。それを世間では自分で降りられなくなったと言うのです」

「うるさいなぁ、怖いものはしょうがないじゃない」


 こんな場面を見られて気恥ずかしいのか、少女はそっぽを向く。

 誰もいない場所で転んだと思ったら、実は誰かに見られてたような。

 その類の気恥ずかしさだろう。

 

「えっと、聞いてもいいか? それの犯人は?」

「……春のそよ風」

「それはただの風の悪戯だ!?」

 

 イジメでも何でもない、ただのハプニングだった。

 よく見れば、中庭の手洗い場には彼女のモノと思われる鞄が置かれていた。

 手を洗ってる最中に不幸な風に飛ばされてハンカチが木に引っ掛かった。

 話の流れから言うと、そういうことだろう。

 だが、地面から数メートルの場所から飛び降りるのは女の子には勇気がいる。


「ホウキでつつくとか、他にも方法はあっただろうに」

「子供の頃、木を登るくらい簡単だったもの。その勢いでつい」

「キミは猫か!?」


 そういう勢いは高校生になったら封印しておくべきであろう。

 あと、スカート姿の少女があまりするべき行動でもない。

 

「分かった。俺が受け止めてやるから飛んでくれ」

「……スカートの中をのぞかない?」

「覗かないっての。初対面でもそこは信用してもらいたいものだ」


 少女はあからさまな疑惑の目を向けて、スカートを隠す。

 その中身に興味はあるが、いつまでもあんな場所にいたら危ない。

 バランスでも崩したら大けがをするのは避けてやりたい。

 

「ほら、ちゃんと受け止めてやるから」

「……やっぱり、怖いから無理」


 腰が引ける少女。

 何だかんだいいながらも怖いらしい。

 その辺は普通の女の子らしい反応だ。

 

「目をつぶっておりればいい。なんとかする」

「ホントに?」

「下を見るから余計に恐怖心が高まるんだよ。俺を信じろ。初対面だが、女の子に怪我をさせる真似はしないさ。ほら、ジャンプ」

「……ぅっ」

「大丈夫だって。ほら、カウントダウンいくぞ。1、2」

「ま、待って。自分のタイミングで飛ぶから」

 

 受け止める体勢を整えるために、弘樹も自分の鞄を地面に置いた。

 小柄とはいえ、女の子を抱えるのは大変だ。

 手を広げて、少女を受け止める準備をする。


「いつでもどうぞ」 

「1、2、3……」

「さぁ、こいっ」

「4、5、6」

「……10カウントかよ。さっさと飛び降りてくれ」

「え、えいっ」

 

 彼女は小さく呟きながら、目をつぶりながらようやく木から飛び降りた。

 少女がジャンプした衝撃で枝が揺れて桜の花びらが大きく舞う。


「ここだっ」


 弘樹は腕を伸ばし、その身体を受け止める。

 思ったよりも女の子の身体は軽くて、とても柔らかな感触だった。

 弘樹の腕におさまる形で、彼女を抱きとめる。

 

「ナイスキャッチ」


 抱きとめられた少女はホッとした顔をする。


「まぁな。怪我もなくて、何よりだ。あんなに高い所だと怖かっただろ?」

「うん、怖かった……もう無茶なことはしない」

「そりゃ、いい教訓だ。人間は猫じゃないからな」

「そうね。子供の頃と違うのを思い知らされた」

 

 ふと間近で目が合うと、あまりにも美少女なので見惚れてしまった。

 可愛い女子と近くで見つめ合う事など人生でなかったのでドキッとする。

 ふわっと香るのは甘いイチゴの香り。

 

――甘ったるい良い匂い。香水なんだろうか?

 

 気になりながらも、弘樹は少女を腕から解放する。

 ゆっくりと地面に降りた彼女は、靴で地面の感触を確かめる。


「ありがとう。助かったわ」

「無事ならいいが。友人にでも助けを求めたらよかったのに」

「……携帯もあっち。高校に入って早々、大変な目にあった」

 

 荷物はすべてバックの中。

 ただ手を洗ったせいで、ずいぶんと大変な目にあったものだ。

 

「私はもう帰るから。じゃぁね」

「気をつけてな。今度は風の悪戯にあってもハンカチを諦めることを推奨する」

「……もう怖いのは嫌だし、そうする」

 

 名残惜しいがお別れのようだ。

 もう一度だけ、小さく頭を下げた少女が視界から消えていく。


「まるで子猫みたいな子だったな」


 少女がその場を立ち去ったのとタイミングを同じくして、松坂が戻ってくる。

 

「いやぁ、財布が見つかってよかった」

「よかったな。こっちも待ってる間に面白いことがあったぞ」

「何だ、岡部? 口元がにやけてるが?」

「ちょっとした風の悪戯だよ」

「なんのことやら? さっさと帰るか」

 

 風が桜の花びらを舞いあがらせる。

 この腕に抱きしめた感触と異性の香り。

 まだ制服にかすかに残る彼女の匂いが気になっていた。


「春っていいよなぁ」

「あん? いきなりどうした。眠いって話じゃないのか?」

「春って言うのは出逢いの季節さ」

「……お前らしくないことを言うな」

「新しい季節、どんな出会いが待ってるか。期待くらいは誰でもするよ」


 河合らしい子猫のような少女の顔を思い出す。

 些細な事件を解決した春の放課後。

 これが岡部弘樹と“猫系女子”との初めての出会いとなる――。

 

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