第8話 第一部 南方編 亶州 1891年11月5日-1

 ガス灯の明りが部屋の中央に色彩を残す空間を作っていた。

 それに照らされて幾つかのガラクタと俺の二つの鞄が存在を明らかにしていた。


 鞣し革の鞄は使い古されて表面が飴色に変わっていた。

 その中には俺の商売道具が色々と入っている。魔動機構用の工具に予備部品類、俺の個人兵装、参考書その他…俺の仕事を支えて来た戦友達だ。

 これを他人に預けた事は一度も無い。


 もう一つの鞄は全部が金属製で艶消しが塗られた表面は暗灰色に燻んで見えた。

 一応蝶番と蓋は付いているけどそこからは開かない。

 開け方は…


「扱い方は普通のオートマトンと同じ。つまり幽気連結(エーテルリンク)すれば声を出す必要は無い…だからここで俺が彼女に掛ける言葉は"解説"だ」

「うう…聞きたく無いでござる…」

 そう言いながらも羌民の娘は耳も覆わず目も瞑ったりしなかった。

 それなりに覚悟を決めたようだった…或いは好奇心か。


「立て…月鉄(つきかね)」

 俺が呟く様に彼女の名を言うと微かな駆動音がして鞄が"開いた"。

 渦巻き状に表面に亀裂が入ると金属の露出した断面が僅かに蛍光しながら捲れる様に開いて行く。

 ふぁさっと黒い髪の毛の様なものが開いたところから溢れ出る。

 その奥に青く光る瞳の様なものが見えて杏子が息を呑む。


 中から先端の尖がった三つ指の手、或いは黒々とした脚の様なものが二本突き出されてねじ曲がりながら床を突くとそれは立ち上がった。

 髪が流れ凹凸の無い頭部に見える部位と胴とも取れるフォルムの多関節の支柱が現れる。それに纏わりつく様に何枚かの板状のパネルが現れる。

 腕が一つ突き出されその先には先ほど瞳と見えたものが腕輪の装飾の貴石で有るかの様に備えられ輝いた。

 そしてケースだった金属板は巻いた包帯が解ける様に長く鋭く成形されて行き…立ち上がった人型全てに匹敵する様な長大な刀、或いは鎌の刃先と見えるものとなりもう一つ現れた腕と一体となる。


 ガス灯の明りに照らされて黒い女死神とでも言う姿が浮かび上がった。

 無貌の膝まである長い髪を垂らした頭の下には何処と無く女性的なフォルムの球状の関節を連ねた様な四肢があり、腰の周りは慣性遅延術式を仕込んだ安定化パネルがプリーツスカートの様に取り囲む。そして片腕には燻んだ偃月と言うべき刀、もう一つの腕には青く光る宝玉を持っている。


 それは面をこちらに向け命を待つ兵士の様に傅いた。

「さっき見た時と違う…さっきはもっと気持ちわる…いやいや、何でも無いでござる」

 杏子が感想を漏らす。

 たしかにその姿は凶々しくは有ったが悍ましさや嫌悪感を催させるものでは無かった。

「要素の組み合わせを変える事で様々な状況に対応出来る…地蟲(じむし)」


 俺の意味のない発声と共に大刀がササラに解ける様に幾本もの槍の穂先状のものに分かれる。

 そしてそれぞれがやはり変形を始めた四肢の関節と結びついてゆく。

 やがてそれは槍の穂先を脚とし、髪やパネルを触毛の様に様々な部位から生やしたムカデか毛虫の様な奇妙な形態となり床にとぐろを巻く。

「ああ…これでござった。頭部のヘラの様に変化した刃はやはり地面を掘り進む為のものでござろうか?」

 少女は既に恐怖の欠片も感じさせない声で疑問を口にした。

「…ああ、地中に突入させれば最先端を回転させる事によって掘削と推進力を得ることが出来る。…戻れ」

 実際にやって欲しそうな顔をする少女をよそに俺は形態を戻す。

 建物を壊す気か?

 それに見せるべきものはこれだけでは無い。


 再び人形となった月鉄を見ながら俺は杏子に声を掛けた。

「あの革の鞄を取って来てくれ」

 死神のすぐ脇にある鞄を一瞥して一瞬気後れした様だがすぐに頷く。

「分かったでござる…あれは少し触っても攻撃したりはしないでござろうか?」

「通常は接触に対しては即時に反撃するように命令しているが今は大丈夫だ」

「…今日触らないともう二度と触れないと?」

「どんな解釈だ?早く行け」


 少女は真っ直ぐに…月鉄に向かった。


 滑らかに連なる関節に触れ、パネルの接続を確かめる。

 髪を梳く様に触り何かに気が付いたのかじっと見つめた。

「気泡の様なものが…それに人の髪よりはだいぶ太いでござるな」

「ああ、数カ所にセンサーも付いている筈だ」

「…確かに。此方全体が感覚器なのでござるな」

 気泡の意味に付いては説明したく無かったので別方面に誘導する。


「しかし、こうして見ても普通のオートマトンとはだいぶ違うのでどうして動くのかまるで分かりませぬ」

「通常のオートマトンは須郷力筒(SPC)…人工筋肉で動く。しかし、これは霊動人形(マナドール)と呼ばれる種類で霊動器(マナモーター)で動く。力筒(パワーシリンダー)で動く魔動機は人工筋肉の活動で動力と魔力の双方を発生させるがこっちは霊力堆(マナストレージ)に溜めた魔力を消費するだけだ。その代わり…効率は格段に向上する」

「…この刀もそうでござるか?動くと言うより変形していた様に思えるのでござるが」

「それがこのマナドールの秘密だ。ヒヒロカネと言う魔力を通す事によって可塑性となる錬成金属で出来ている…これであんたは後戻り出来なくなった」

「ええ!とんでも無い事になったでござる…でも」

 それを聞いてうっとりとした様に刀の表面を調べる彼女は全く後悔している様には見えなかった。


 錬金術の伝統的な目標である賢者の石を探求する過程で生まれた各種の錬成金属は貴重と言う言葉では言い表せないほど高価でレアで怖るべき特性を持つ。

 月鉄はもう一種類錬成金属を装備しているが、それを含めて一介の冒険者がこれだけ大量に所持している事が広まれば非常に厄介な事になるだろう。


 …でも、それが秘密と言うのは嘘だ。

 月鉄はもっと大きな秘密を持つ。

 しかしそれを彼女に話す事は出来ない。

 本当に後戻りが出来なくなってしまうから…


「幾らあんたに天分が有るからと言っても触るだけでは全てが分かる訳じゃない…鞄を取ってこっちに戻れ」

「て、天分!?…ふえ」

 何だか泣き笑いの様な表情を見せた杏子が慌ててもう一つの鞄を持って戻る。


 俺は鞄の中からリローダーを取り出すと拳銃のグリップに当てる。小さな通気擦過音がして圧搾機関の各気房の気圧が限界に戻る。

 気密の都合上どうしても使用する20分前には圧の回復をしなければ殺傷力を維持できない。ただ他の術者ではそもそも実用に足る性能を実現出来ないだろう。機構の気密保持に関しては世界でも一二を争う俺だから辛うじて実用レベルを確保出来るのだ。

 もし他の術者が射出武器を使うなら大きさを問わなければ弾性射出機構(弓やクロスボウ)の世界が広がるが、連射能力と小型化を追求するなら通常の拳銃を扱える魔力を持って生まれ変わるしか無い。


 俺は使った弾も補充すると俺は拳銃を構えた。

「この射出機構は秒速280メートルで13グラムの弾体を射出出来る。射出体防御では最も対応しづらいレンジの攻撃だ…構えろ月鉄」

 俺は眼鏡を調整すると月鉄の頭部に弾を打ち込む。

 圧搾空気が破裂する発射音とほぼ同時にガンと言う金属音が響き窓枠の木組が弾ける。

 続いて弾倉が空になるまでの連射。

 同様の音が響き或いは背後の壁が弾け、ガラクタが幾つか吹き飛び、パラパラと天井から木屑が落ちてくる。


 耳を抑えた杏子が叫ぶ。

「ひ、人が来るでござるよ!」

「音源が特定出来る範囲に人は居ない。心配するな」

「へ?…い、いつ…」

 調べたのかと問う彼女を無視して俺は続ける。

「月鉄は射出点を観測出来るなら秒速340メートルまでの射出体を連続で60%の確率で回避或いは刀身で撃墜出来る。それ以下で大型の射出体ならほぼ100%だ。硬化帯を使わない射出体防御にはある利点がある」

「はあ…」

 流石にその辺りは前提となる知識が無いらしく曖昧な返事となった。

「それがどう…あ!硬化帯に矢が当たるとマズい事が起こるのではござらんか?」


 予想以上だった。


「最近の高機能化した射出体は対象の硬化帯に反応して魔法が発動する様に設定されている事がほとんどだ。しかし発動前に刻印を破壊出来ればそれはただの木の棒となる」

「なるほど!ところで対応出来ない速さで撃たれたらどうなるでござる?…て、はは…硬化帯に頼るしか無いでござるな」

「自分で解答を用意してるなら質問をする必要は無いな…だが今回は良い質問だ」

「…園の教科のシスターみたいでござる」

 調子に乗り過ぎた。

 反省はしないけど…俺も久し振りに気持ちが浮き立っていたのだ。


「現在の技術で秒速300メートルを超える攻撃は魔法効果によるものしか存在しない…対魔法防御に移ろう」

 俺は鞄から先端が広がり一面に刻印が施された突針を取り出した。

 杏子がキラキラした目でそれを眺める。

 すでに彼女はこのと途轍もなく高価で危険な秘密が満載のエンターテイメントに夢中になっていた。


「魔法効果には固有の制限がある」

 突針を腕のケースに収納すると月鉄に先端を向ける。

「盾を構えろ月鉄」

 月鉄があの青白く薄っすらと輝く宝玉の付いた腕輪を掲げる。

「この突針には大気を分解して対加速中性粒子流束にして射出する術式が刻印されている…電磁魔法の一種だ。発生した粒子流束が対象をローストにする過程は物理現象そのものだが…」

 莫大な魔力を消費して魔法効果も大規模な粒子加速系術式は通常大型収束機レベルのレバレッジと補助術式サポートが無いと不可能だがこの刻印は一回きりだが携帯武器で使用できる規模で術を行使できる。

霊力堆の消費が半端無いので俺も数本しか作っていないがそれを惜しげも無く披露する事にした。


「…さっぱり分からないのでござるが、こんな部屋の中で使っても良いものなのでござるか?」

「周りのどこに当たっても一気に部屋ごと炎上だな」

「な!!」

 瞬時に逃げ出そうとする杏子の首根っ子を捕まえて耳元で囁く。

「せっかく面白いものを見れるんだ…消し炭になるくらいなんだ?」

「な…け、消し炭は勘弁でござるが、麟太郎様が落ち着いてられるところを見ると成算はあると…」


「当たり前だ」

 きょどった目で突針を見詰めながらも逃げ出す様子が無いのを見ると俺は無造作に錬金術式を発動した。

「粒子射出」


「…どうなったでござるか?」

 若干オゾン臭が漂っている事を除くと辺りに何の変化も無い事に戸惑った彼女が口を開く。

「見ての通りだ」

 俺は熱で捻じ曲がった突針の先端を指し示した。


「…さっぱり分からんでござる」

 杏子はさすがにちょっと怒った様子だった。

 散々口で脅しておいてこれか?と言う気持ちがひしひしと伝わって来たが減点1だ。考えるヒントは与えたつもりだ。


「魔法効果による物理過程には重要な特性がある。それは制御する魔法構造体が効果確定前に消えると制御下の物理過程も消えてしまうという事だ。自律的に進行を始めるのではなくまるで無かったかのように消え失せてしまう…まあ、収束刻印は魔力の反動で壊れたがな」

「まるで無かったかのよう…」

 段々と思考の焦点が合って来るかのように呟く杏子を見ながら俺は続ける。

「魔法効果そのものを消すのは余程の強度差が無い限り困難だ。だから対抗魔法は物理過程を無効化するものである事が多い。だが…」


「あの宝石は魔法効果を消す力があると?」

「宝石で無く練成金属だが…アダマンタイト、それに触れたあらゆる魔法場を不活性化する権能を持つ。まあ、固さ自体も恐るべきものなので普通に盾にも使えるが」

「…分かり申した。恐ろしい秘密でござる…こんな秘密を知ってしまった以上生きて帰る事など不可能…拙者覚悟を決めたでござる」

 何故か棒読み調だった。

 しかも微妙に誤解している。

 …あまりお気に召さなかったようだ。


「…次に行こう」

 若干の焦りを感じながら俺は続けた。

「お、おう」

「機動力だ。これは説明するより身体で感じて貰う…爪龍(そうりゅう)」

 俺はポケットから小箱を取り出すとそこから三本の透明な楊枝の様なスティックを取り出す。


 その間、月鉄は再び姿を変え始めていた。

 刀身は枝分かれして捻じ曲がり六つの鉤爪の様な形状に変化し脚に移動する。

 胴から尻尾状に関節の幾つかが移動してそこにパネルが扇状に移る。

 上半身は腕が伸展し髪が互いに編まれた様に連なり翼の様に見えた。

「この形態は魔力を食うからな…」

 俺はパネルの根本のスロットの幾つかにスティックを挿入してゆく。


「それが霊力堆でござるか?」

 興味を惹かれた様に杏子が質問をする。

「まあ、そんなもんだ…さあ、乗れ」

「は?」

「どこでも良い。月鉄のどこかに掴まれ」

「いやいやいやいや!ちょっと待つでござるよ?これは明らかに鳥か飛龍に似た形態…という事は空を飛ぶ訳でござるよな?」

「一々煩いな…月鉄、遊覧飛行をしてやれ」

「だから!…はひっ!?」


 それからは一瞬だった。

 月鉄は翼の表面に魔法場を形成するとその場で羽ばたいた。

 浮き上がると同時に室内を突風が吹き荒れた。

 予測していた俺は風に煽られただけだったが、杏子はそのまま吹き飛ばされる様に転倒する。

 そこをマナドールの飛龍は鉤爪で捕え、そのまま窓の一つを吹き飛ばして夜空に消えていった。


 それを目線だけで見送った俺は部屋の中に向き直る。

「さてじゃあ最後の見世物の準備をするか…」


 そして俺は鞄の中から道具を一つ取り出した。




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オートマタ使いの狂想曲〜剣と魔法と魔動機(マギナリー) お茶うけ @deusexmachina1968

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