時すでに遅し

彼女が去って、早くも一週間が過ぎた。帰った部屋に誰の気配もしないことが切なくもあり、ようやく現実に戻って来たようにも思える。あれは長い夢だったのだと言われても、疑いようが無い。それくらい、彼女の存在は異質だった。だというのに、脅迫されたとはいえ1ヶ月も受け入れて生活をしていた自分も、異質に分類されるのだろう。

彼女が消えてから、新しい殺人が起きたというニュースを聞かない。しかし、ワイドショーでは毎日のように専門家たちが殺人事件の犯人像についての話しをしている。その口調は、まるで未知の生命体について語るみたいで、なんだかおかしかった。おかしく思ってはいけないのだろうけれど、きっと自らは異質なので開き直ることにする。

人のために料理を作ったり、ファッション誌を見て購入する洋服を決めたりする一般的な女性の仕業だとは、誰も思いつかないだろう。

速報が入り、テレビの画面がニュースへと変わった。床式神社という文字が見え、また殺人が起きたのかと意外に思いながらトーストを齧る。

「床式神社にて行われて来た殺人事件の犯人が出頭しました」

へぇ、花子ちゃん、出頭したんだ。トーストを置き、テレビを見る。そこにいたのは、知らない女の顔だった。フラッシュが目に痛い。全身の毛が逆立つ。血の気が引いていく。ニュースの内容が頭に入ってこない。テレビのチャンネルを変えてみる。どれもこれも、同じ女の顔を映している。気分が悪くなり、吐き気を催すのでテレビを消した。私は水でも買いに行こうと、コンビニへと急いだ。足がもつれそうになりながらも、いつもの徒歩より速い速度で歩いていく。往来で、殺人鬼という単語を何度も聞いた。人が話しているのかテレビから聞こえているのかを注意して聞けるほど、私は理性的でなかった。

コンビニの自動ドアを抜け、飲料の棚へと向かう。ふと、目にファッション雑誌が映った。花子が、自分の選んだ服を着て、本の表紙をしている。いつの間にか手に取っており、彼女に関してのプロフィールが載っていないか探した。手が震えて、上手くページをめくることが出来ない。ようやく見つけたプロフィールには、体操服に書かれていたものと同じ名前が記されていた。

彼女は、犯人じゃなかった?

じゃあ、彼女は、一体全体なんのために、俺の部屋へと転がり込んできたんだ?

いや、そもそも、彼女は一体何者なんだ。

目の前が真っ暗になるような気がしたが、すべては過ぎ去った後。私は気を持ち直し、水と菓子パンを購入して帰宅した。家には誰もいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一寸先の闇 城崎 @kaito8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説