外出
「新しい服が欲しいのですが、近くにこの店はありますか?」
彼女が部屋に滞在し始めて一か月が経過し、遺体が8体に増えた折、彼女はそう言った。
「いくら顔が割れてないと言っても、そんなに堂々と行動していいものなの?」
「はい、問題はありません」
「なんてお店?」
「これです」
いつの間に買ったのか、ファッション雑誌に書かれている店名を読み上げられた。全く分からないので、スマートフォンを取り出して検索する。
「ここから3つ先の駅周辺にあるらしいよ。これ持って行く?」
殺人犯に通信機器を渡すなんて、気を許しているにもほどがある。そう思うのも当然であったが、彼女が持っていくと言ったところで、止めはしなかっただろう。しかし、彼女は首を横に振った。
「行きましょう」
腕を掴まれる。見かけに反して、力が強い。
「どうして」
「どうしても」
意思の強い目に、逆らうことが出来なかった。降伏の意図を告げ、掴んでいた手を放してもらう。鞄を手に取り、彼女の後を追って外へと出た。殺人犯と外出である。大丈夫だろうか。不安は確かにあったが、足早に前を歩く彼女を見ていると、目を離した方が危ないようにも思えた。楽しそうに歩みを進める彼女は、ただの可愛らしい女の子だ。
○
連れてこられたのは、いかにも若者向けらしいきらびやかな装飾のなされた店舗だった。彼女の存在がなければ、近寄ることなど一生無かっただろう雰囲気である。思わず店の前で立ち尽くそうとした私を、彼女は先ほどと同様に引っ張っていく。
「いらっしゃいませー!」
内装と同じくらい、明るい声が響いた。一息。彼女が足を止める。
「ずっと思ってたんだけど、お金は?」
「あります」
「……どうやって工面してるの?」
今のところ、殺害された人たちの持ち物は無事だったはずだ。もちろん、彼女に働いているような様子が見られたことはない。もしかしたら、殺人をすることで給金を得ているのかも。っていうか、それ以外に無い気がする。
「秘密です」
彼女はよく出来た上目遣いで、私の思想を見透かしているかのごとく挑発的に笑った。殺人犯ということを知らなければ、危うく恋に落ちていたところだろう。知っている私は、思わず恐怖を抱いた。そんな私の気分など知らず、彼女はそのまま奥の方へと足を進める。入ってしまったのに1人でいるわけにもいかないので、自分は彼女の後を再び追いかけた。
「これとこれ、どちらの方が似合うと思いますか?」
本当にこんな台詞を聞くとは思わなかった。どう答えるのが最適解なのだろう。素直に言っても嘘をついても、あまり変わらない気もした。
「左はかわいい、右はきれい。私はかわいい方が好き」
「ですよね。じゃあ右にします」
彼女は即座に左側の商品を元に戻し、会計を済ませると店を出た。
「早い……」
声に出ていたらしい。
「意外でしたか?」
意外と言われれば意外である。偏見に等しいが、女性の買い物はもっと長いものだと思っていた。
「こんなにすぐ終わるものなの?」
「女性の買い物の長さは、相手と一緒にいる時間を少しでも増やしたいからですよ。まあ冗談ですけど」
「一息でネタバラシまで済ませるのは良くないよ」
「今回は、最初から購入するものを決めてましたからね」
それもそうだった。しかし気になる。
「私にされた二択は」
「あれは私の質問を受けて、取り乱すあなたが見てみたかっただけです」
彼女は、楽しそうに笑った。彼女につられて、自らも笑ってしまう。
「酷い人間だ」
「当たり前のことを言わないでください」
世間を騒がせている殺人犯であった彼女は、その後姿を消した。
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