晩餐
その日から5日後、また死体が増えたという話で持ちきりになった。元より、最近の雑談といえば殺人犯はどんな人間なのか、もしも自分が殺されたらどうしようといった話題ばかり。尤も、殺人犯は可愛らしい女性ですよと言っても、信用してくれる人間はいないだろう。自分も、あまりの無害さに忘れかけている節がある。警察も来ない、身元も割れない。彼女は、本当に殺人犯なのだろうか。考えたところで、推測の域を出ることはない。考えるだけ徒労とも言える。
家に帰ると、いい匂いが漂っていた。これはシチューだろうか。彼女のお昼のために作り置きにしていたのは唐揚げであるし、夕飯を待ちきれなかった彼女が買ってきて食べているのだろうか。自らも食べたくなってきたが、シチュー粉が果たしてあったかが定かではない。扉を開ける。
「おかえりなさい、遅かったですね」
そこには、エプロンをつけてシチューを器に入れている彼女がいた。おまけに、テーブルの上には食卓というものが既に出来上がっている。思わず二度見してしまったが、その光景は変わらない。
「た、ただいま」
「ご飯、作っておきました。味は保障出来ませんが、今から作るのも大変でしょうから」
座ってくださいと促され、そのまま椅子へと座り、テーブルと向き合った。殺人犯の作った食卓は、普段自分が用意しているものよりもずっと良いものに見えた。疲れているからかもしれない。これが最後の晩餐になっても、別に良いような気がした。というより、彼女はその美学に基づいて殺人を犯しているのだ。こんな手口では殺さないだろう。私はいただきますと手を合わせ、シチューを口に運ぶ。美味しい。人が作った出来立ての料理は、自分が作ったものとはまた違う良さがある。そのまま食べ進め、ごちそうさまとまた手を合わせた。
「ありがとうございます。聞かなくても分かるような気はしますが、美味しかったですか?」
「ええ、とても」
「それなら良かった」
彼女は、嬉しそうに笑った。
「お風呂ももうすぐで沸きますから、ちょっと待っててくださいね」
至れり尽くせりである。さすがに怖くなって来た。
「殺してほしい人はいますか?」
片付けは自分がするよ。そう切り出そうとしていた時に、問いかけられた。思わず息を呑んだ。そうだ。もう1つ話題があった、自分の望む人を殺してもらえるのなら、殺してほしい相手はいるか。なんて邪に満ちた仮定なのだろうと思ったが、これは仮定ではない。名前さえ挙げてしまえば、本当に彼女は殺しに行ってしまうだろう。そんな予感がした。私は、いつも言っている答えを口にする。
「いないかな。そんなに強い憎しみを向けるような相手がいないから」
彼女は、意外そうな表情をした。憎しみを抱かないなんてありえない、そう言いたげな目をしている。抱かないなんてことはないけれど、それよりも私は自分の身が大事なのだ。
「人を呪わば穴2つっていうじゃない。要するに怖いんだよ」
そう言って笑えば、彼女の慈愛に満ちた笑みが返される。瞬間、お風呂が沸いたという機械音が響いたので、会話は中断した。
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